十八
宗助は一封の紹介状を懐にして山門をはいった。彼はこれを同僚の知人の
紹介状をもらう
その日帰りがけに、彼らはまた同じ電車に乗り合わした。さっき宗助の様子を、気の毒に観察した同僚は、彼の質問の奥に雑談以上のある意味を認めたものとみえて、まえよりはもっと親切にその方面の話をして聞かした。しかし自分はいまだかつて参禅ということをした経験がないと自白した。もし詳しい話が聞きたければ、さいわい自分の知り合いに、よく鎌倉へ行く男があるから紹介してやろうと言った。宗助は車の中でその人の名前と番地を手帳に書きとめた。そうして次の日、同僚の手紙を持ってわざわざ回り道をして訪問に出かけた。宗助の懐にした書状は、そのおり席上でしたためてもらったものであった。
役所は病気になって十日ばかり休むことにした。お米の手前もやはり病気だととりつくろった。
「少し脳が悪いから、一週間ほど役所を休んで
「遊びに行くって、どこへいらっしゃるの」と目を丸くしないばかりに聞いた。
「やっぱり鎌倉辺がよかろうと思ってる」と宗助は落ち付いて答えた。地味な宗助とハイカラな鎌倉とは、ほとんど縁の遠いものであった。突然二つのものを結びつけるのは
「まあお金持ちね。
「そんな
「そりゃ違いますわ。だから行っていらっしゃいとも。今のはほんとうの冗談よ」
お米は善良な夫にからかったのを、多少すまないように感じた。宗助はそのあくる日すぐもらっておいた紹介状を懐にして、新橋から汽車に乗ったのである。
その紹介状の表には
「このあいだまで
山門をはいると、左右には大きな杉があって、高く空をさえぎっているために、
彼はまずまっすぐに歩きだした。左右にも
山の
宗助は
「宜道さんとおっしゃるかたはこちらにおいででしょうか」と聞いた。
「
「ようこそ」と言って、丁寧に会釈したなり、先に立って宗助を導いた。二人は庫裡に下駄を脱いで、障子をあけて内へはいった。そこには大きな
「お寒うございましょう」と言って、囲炉裏の中に深くいけてあった炭を灰の下から掘り出した。
この僧は若いに似合わずはなはだ落ち付いた話しぶりをする男であった。低い声でなにか受け答えをしたあとで、にやりと笑うぐあいなどは、まるで女のような感じを宗助に与えた。宗助は心のうちに、この青年がどういう機縁のもとに、思いきって頭をそったものだろうかと考えて、その様子のしとやかなところを、なんとなく哀れに思った。
「たいへんお静かなようですが、
「いえ、今日に限らず、いつも私一人です。だから用のあるときは、かまわず明け放しにして出ます。今もちょっと下まで行って用を足してまいりました。それがためせっかくおいでのところを失礼いたしました」
宜道はこの時改めて遠来の人に対して自分の不在をわびた。この大きな庵を、たった一人で預かっているのさえ、相応に骨が折れるのに、そのうえに厄介が増したらさぞ迷惑だろうと、宗助は少し気の毒な色をほかに動かした。すると宜道は、
「いえ、ちっとも御遠慮には及びません。道のためでございますから」とゆかしいことを言った。そうして、目下自分のところに、宗助のほかに、まだ一人世話になっている
そのほか俗人で山へ修業に来ている人の話もいろいろ聞いた。なかに
宗助は一見こだわりのなさそうなこれらの人の月日と、自分の内面にある今の生活とを比べて、その懸隔のはなはだしいのに驚いた。そんな気楽な身分だから座禅ができるのか、あるいは座禅をした結果そういう気楽な心になれるのか迷った。
「気楽ではいけません。道楽にできるものなら、二十年も三十年も
彼は座禅をするときの一般の心得や、
「お
囲炉裏の切ってある所を出て、本堂を横に抜けて、そのはずれにある六畳の座敷の障子を縁からあけて、中へ案内された時、宗助ははじめて一人遠くに来た心持ちがした。けれども頭の中は、周囲の幽静な趣と反照するためか、かえって町にいるときよりも動揺した。
約一時間もしたと思うころ、宜道の足音がまた本堂の方から響いた。
「老師が
二人はまた寺をからにして連れ立って出た。山門の通りをほぼ一丁ほど奥へ来ると、左がわに
「あすこが老師の住んでいられる所です」と宜道は比較的新しいその建物を指さした。
二人は蓮池の前を通り越して、五、六級の石段をのぼって、その正面にある大きな
「ちょっと失礼します」と言って、自分だけ裏口の方へ回ったが、やがて奥から出てきて、
「さあどうぞ」と案内をして、老師のいる所へつれていった。
老師というのは五十がっこうに見えた。
「まあなにからはいっても同じであるが」と老師は宗助に向かって言った。「
宗助には父母未生以前という意味がよくわからなかったが、なにしろ自分というものはひっきょう何物だか、その本体をつらまえてみろという意味だろうと判断した。それより以上口をきくには、あまり禅というものの知識に乏しかったので、黙ってまた宜道につれられて一窓庵へ帰ってきた。
「今夜はまだ
宗助は線香を持って、本堂の前を通って自分の
同時に彼は勤めを休んで、わざわざここまで来た男であった。紹介状を書いてくれた人、万事に気をつけてくれる宜道に対しても、あまりに軽卒なふるまいはできなかった。彼はまず現在の自分が許すかぎりの勇気にひっさげて、公案に向かおうと決心した。それがいずれのところに彼を導いて、どんな結果を彼の心にもちきたすかは、彼自身といえどもまったく知らなかった。彼は悟りという美名に欺かれて、彼の平生に似合わぬ冒険を試みようと企てたのである。そうして、もしこの冒険に成功すれば、今の不安な不定な弱々しい自分を救うことができはしまいかと、はかない望みをいだいたのである。
彼は冷たい火鉢の灰の中に細い線香をくゆらして、教えられたとおり座蒲団の上に
彼は考えた。けれども考える方向も、考える問題の実質も、ほとんどつらまえようのない
彼の頭の中をいろいろなものが流れた。そのあるものは明らかに目に見えた。あるものは
宗助はこわくなって、急に日常の我を呼び起こして、
宗助はまた考えはじめた。すると、すぐ色のあるもの、形のあるものが頭の中を通りだした。ぞろぞろと群がる
そのうちじっとしているからだも、
彼は思いきってまた新しい線香を立てた。そうしてまたほぼ
目がさめると枕元の障子がいつのまにか明るくなって、白い紙にやがて日のせまるべき色が動いた。昼も留守を置かずにすむ山寺は、夜に入っても戸を
「おはよう」といんぎんに礼をした。「さっきお誘い申そうと思いましたが、よくおやすみのようでしたから、失礼して一人参りました」
宗助はこの若い僧が、
見ると彼は左の手でしきりに
「書物を読むのはごく悪うございます。ありていに言うと、読書ほど修業の妨げになるものはないようです。私どもでも、こうして碧巌などを読みますが、自分の程度以上のところになると、まるで見当がつきません。それをいいかげんに
宗助には宜道の意味がよくわからなかった。彼はこの生若い青い頭をした坊さんの前に立って、あたかも一個の低能児であるかのごとき心持ちを起こした。彼の慢心は京都以来すでに
宜道が
「手がないものだから、ついおそくなりましてお気の毒です。すぐ
やがて食事をおえて、わが
食後三人は囲炉裏のはたでしばらく話した。その時居士は、自分が座禅をしながら、いつか気がつかずにうとうとと眠ってしまっていて、はっと正気に帰る間ぎわに、おや悟ったなと喜ぶことがあるが、さていよいよ目を開いてみると、やっぱり
「今夜はお誘い申しますから、これから夕方までしっかりおすわりなさいまし」とまじめに勧めたとき、宗助はまた一種の責任を感じた。こなれない堅い
日は
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