十二
朝のうちは役所で常のごとく事務を執っていたが、おりおり
電車の中では、お米の目がいつごろさめたろう、さめたあとは心持ちがだいぶよくなったろう、発作ももう起こる気づかいなかろうと、すべて悪くない想像ばかり思い浮かべた。いつもと違って、乗客の非常に少ない時間に乗り合わせたので、宗助は周囲の刺激に気を使う必要がほとんどなかった。それで自由に頭の中へ現われる画を何枚となくながめた。そのうちに、電車は終点に来た。
宗助は蒲団に手をかけて二、三度軽くお米をゆすぶった。お米の髪がくくり枕の上で、波を打つように動いたが、お米は依然としてすうすう寝ていた。宗助はお米を置いて、茶の間から台所へ出た。流し元の
宗助は
「医者へ行ってね、
「はあ」
小六は簡単な返事をして出ていった。宗助はまた座敷へ来て、お米の顔を熟視した。起こしてやらなくっては悪いような、また起こしてはからだへさわるような、分別のつかない惑いをいだいて腕組みをした。
まもなく小六が帰ってきて、医者はちょうど往診に出かけるところであった、訳を話したら、では今から一、二軒寄ってすぐ行こうと答えた、と告げた。宗助は医者が見えるまで、こうしてほうっておいてかまわないのかと小六に問い返したが、小六は医者が以上よりほかになんにも語らなかったというだけなので、やむをえず元のごとく枕辺にじっとすわっていた。そうして心のうちで、医者も小六も不親切すぎるように感じた。彼はそのうえ昨夕お米を介抱している時に帰ってきた小六の顔を思い出して、なお不愉快になった。小六が酒をのむことは、お米の注意ではじめて知ったのであるが、その後気をつけて弟の様子をよく見ていると、なるほどなんだかまじめでないところもあるようなので、いつかみっちり意見でもしなければなるまいくらいに考えてはいたが、おもしろくもない二人の顔をお米に見せるのが、気の毒なので、
「言いだすならお米の寝ている今である。今ならどんな気まずいことを双方で言いつのったって、お米の神経にさわる気づかいはない」
ここまで考えついたけれども、知覚のないお米の顔を見ると、またそのほうが気がかりになって、すぐにでも起こしたい心持ちがするので、つい決しかねてぐずぐずしていた。そこへようやく医者が来てくれた。
昨夕の折り鞄をまた丁寧にわきへ引きつけて、ゆっくり
「少し薬がききすぎましたね」と言って宗助の方へ向き直ったが、宗助の目の色を見るやいなや、すぐ、
「しかし御心配になることはありません。こういう場合に、もし悪い結果が起こるとすると、きっと心臓か脳を冒すものですが、今拝見したところでは双方とも異状は認められませんから」と説明してくれた。宗助はそれでようやく安心した。医者はまた自分の用いた眠り薬が比較的新しいもので、学理上、他の睡眠剤のように有害でないことや、またそのきき目が患者の体質によって、程度にたいへんな相違があることなどを語って帰った。帰るとき宗助は、
「では寝られるだけ寝かしておいてもさしつかえありませんか」と聞いたら、医者は用さえなければべつに起こす必要もあるまいと答えた。
医者が帰ったあとで、宗助は急に空腹になった。茶の間へ出ると、さっきかけておいた
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