第10話:アイドル、女優、YouTuber in 遊園地
「か! し! き! り! サイコーだわ!!」
ここが世界の中心だと言わんばかりに、インフルエンサー・
「ご機嫌だなあ、渋谷は」
「無駄なカロリー使ってるねぇ? お腹空いちゃうよぉ?」
恋愛留学用の制服を着た女優・
「そういうスカした態度がかっこいいと思ってるなら、今すぐ改めるコトね。この留学はこういう普通じゃない経験がたくさん待っているのよ! 楽しまなきゃ損じゃないっ! ねえ、シン?」
「お、おう……」
カメラを向けられた俺は、よそへ視線を逃がした。
「って、あんた、汗だくじゃない。どうしたの?」
「ああ、気にするな。暑いだけだ」
……もちろん、暑いだけではない。
この汗は極度の緊張がもたらしている冷や汗だった。
まず、男子校在学中の俺としては、女子3人とデートというだけでも荷が重い。
その上、ここはディアスリーランド。
東京ドーム約11個分の広さを誇る日本最大級の遊園地でもあるこの場所は、デートの登竜門であり鬼門でもある魔のテーマパークだ。
初デートしたカップルは別れるという都市伝説もある、女性とのコミュニケーション能力や相性が最も試されるスポットなのだ。
だからこそ十条さんが選んだのもここなんだろうけど……。
もちろん、俺がここですべきことは、能天気にデートを楽しむことではない。
ヴェリテの社長、ひいてはヒラカワグループのトップになるべく、離婚せずに生涯を共に出来る相手を見つけるために、俺はここにいる。
つまり、デートをしながらも、彼女たちの中から生涯のパートナー、つまり『利害関係が一致する相手』を見極めないといけないのだ。
「真一くん、タオル使うー?♡」
だらだらと汗をかく俺の前に、純白のタオルハンカチが差し出される。
差し出し主を見ると、にこーっと、莉亜が百万点の微笑みを浮かべて俺を見上げていた。さすが1億人を虜にしたアイドル……!
「あ、ありがとう……!」
「あれ、顔赤いよぉ? 熱あるのかなぁ?♡」
「うおっ!?」
ごくごく自然な仕草でこっちのおでこに自分のおでこをくっつけてくるので仰天するものの、当の莉亜自身はそんなことも気にしていない様子で、
「りぃも同じくらいの熱さだからよく分かんないやぁ。えへへ」
と笑う。元々沸騰しかけている頭がやかんみたいに音を立てそうだ。
これ以上攻撃されたら熱中症になる……! と脳がアラートを鳴らしたその時。
「あ、ジュウジョーさん!」
救いの女神、
一通り挨拶を終えてから、こほんと咳払いをする。
「さて、それでは早速、こちら、ディアスリーランドでの勝負内容を発表します」
「待ってました! さぞかし面白い勝負なんでしょうねっ?」
「ご期待に添えるといいのですが」
十条さんが少しだけ微笑む。
「なんだろぉ? 『一番可愛い人が勝ち』とかだといいんだけどなぁ」
「あはは。さすがの自信だ。でも、それだとディアスリーに来た意味が無いかな」
十条さんは、こほん、と軽く咳払いをして、勝負の内容を発表する。
「本日18時までに、どなたが一番、真一様のハッピーホルモンを分泌できるかを勝負していただきます」
「ハッピーホルモン……?」
神田が顔をしかめ、首をかしげる。
「人体に幸福感を与えるホルモンのことです。安心・安定感を感じた時に分泌される『セロトニン』、何かを達成した時に分泌される『ドーパミン』、そして、人とのつながりがもたらす『オキシトシン』の3つと言われています」
「せろとにん、どーぱみん、おきしとしん……。何回聞いても覚えられないやぁ」
莉亜が眉間にしわを寄せて指を折っている。
「とにかく、真一様が幸福を感じる状態にすればいい、とだけ覚えていただければ。皆様にお渡ししているスマートウォッチは弊社の試作品で、ハッピーホルモンの分泌量が測れるものとなっています」
「へえ、試作品! どうりで見たことない形してると思ったわ!」
ユウが声をあげて自分の右腕にしたスマートウォッチにカメラを向ける。
「真一様に渡したスマートウォッチがハッピーホルモンの分泌を検出した時に、一番近くにいる人にその分泌量の分だけポイントが加算されていきます。18時の時点で最も多いポイントを持っている人……つまり最も多くのハッピーホルモンを分泌出来た方の勝利となり、その方が、
「一番近くにいる人っているのは、このスマートウォッチ同士の距離ってことですよね?」
神田が聞くと、「その通りです」と十条さんがうなずく。
「じゃぁ、真一くんは左腕にスマートウォッチをしてるから、左隣にいる人が有利ってことですかぁ? 右に立ってるか左に立ってるかで得点が変わるのってなんか変な感じぃ」
莉亜がそう言いながら、俺の左腕に抱きつく。その柔らかな感触に俺の心臓は一向に慣れる様子がない。
「そういった望まない誤差を防ぐため、真一様のスマートウォッチから1メートル以内は同距離と判断します。2、3人が同距離にいる時にハッピーホルモンが分泌された場合は、ポイントは同距離にいる2、3人に等分して配分されます」
「ふぅん? でもぉ、どっちにしても、真一くんにくっついてるのが、一番有利ってことだよねぇ?♡」
「
十条さんは人差し指を天に向ける。
「ストレスホルモンが分泌されると、その分は一番近くにいた方にマイナスポイントが発生します」
「すとれすほるもん……って、なんですかぁ?」
「シンの一番近くで不快なコトをしたら減点されるってコトよ。理に適ってるわ。例えば、リアが『サービスだよぉ♡』とか言ってシンの眼球を舐めるとかしたら、ストレスポイントで減点される、ってコト」
「ユウちゃん、すごい発想するねぇ!? りぃ、そんなことしないよ!?」
「どうかしら?」
ユウがニタニタと笑い、莉亜が頬をぷくぅっと膨らませる。眼球はやだな……。
「それでは、これから課題スタートです。15時ごろ、園内のモニターにて、中間発表を行います。先程のルールさえ守っていただければ、何をしていただいても構いません」
ルール説明を聞きながら、俺は、このデートですべきことを考えていた。
彼女たちの誰となら離婚せずに一生を終えられるのかを推し量るために、今回の初対面組とのデートで見極めないといけないことは、大きく2つ。
『それぞれの目的の真偽』と、『それが未来永劫続くものか』だ。
ハッピーホルモンとやらはきっと、一時的な興奮や喜びによって分泌されてしまうものだろう。『一緒にいて楽しい人かどうか』とやらを測ることは出来るのかもしれない。
それが恋人にとって重要な要素だということも、結婚生活にもある程度は欠かせないということも分かる。
でも、結婚はエンターテイメントじゃない。一時的に楽しければいいというものではないはずだ。
だから、楽しいかどうかの判断は俺の身体から出るハッピーホルモンとやらに任せるとして、俺は俺で、彼女たちのことをもっとよく知ることに集中したい。
ただ、それには、このルールの穴というかなんというか、とにかく一つ大きな問題があるわけだが……。
「ひとつ、提案があるわ!」
俺が考えているうちに、ユウが高らかに手を挙げた。
「みんなでシンに引っ付いて回っても、結局最後まで同じポイントしか入らなくて、同着になっちゃう。それって無意味じゃない?」
「うん。それは、そうかもしれないね」
神田が応じる。
「だから、1人1つずつ交代でシンと2人きりで乗るアトラクションを選びましょ!」
「いぃけどぉ、そしたら自分の番以外は外で待ってないといけないってことぉ?」
「他の2人は同じタイミングに乗る分にはいいけど、ポイント加算がないように、1メートル以上離れた席とか別のライドに座ることにすれば良いと思うの! アタシは後ろから動画とかも撮りたいし。それでどうかしら?」
「分かったぁ。賛成……で大丈夫かなぁ? 真一くん?♡」
くいくい、と俺の左腕を引っ張ってくる。騙されている可能性はないのか、ということを、ある意味公平な立場の俺に聞いてきているということだろう。
「まあ、大丈夫なんじゃないか?」
「じゃぁ大丈夫ぅ!」
「あたしも問題ないよ」
なんだか、無条件の信頼がくすぐったい。
頬をかく俺はさておいて、ユウが満足げに頷く。
「じゃあ、ターンを決めるくじ引きをするわよっ! ほら、1本選んで!」
そう言ってユウは、割り箸に数字の書かれたお手製のくじを3本取り出し、それぞれが1本を掴む。
「いくわよ! 王様だーれだ!」
「それは違くないか?」
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