第7話:5人目 神田玲央奈

「こんにちは、神田かんだ玲央奈れおな、高校3年生です」


 毅然きぜんとした態度で頭を下げた彼女は、綺麗な微笑みの奥に、心の奥を読みきれない不思議な貫禄を匂わせる。


 その名前は、その顔は、また俺でも知ってるような芸能人だ。


 神田玲央奈。子役上がりの天才女優と名高く、娘にしたい芸能人ナンバー1の座をもう10年近く譲っていない。


「えっと……留学で活動休止なんじゃ?」


「ん、間違ってないでしょ? これは、留学だもん」


 彼女の微笑みにはミステリアスな魅力がある。


「ていうか、あたしの活動休止になんて、興味を持ってくれてるんだ?」


「ああ……ちょうど教室で友達が話しているのを聞いたんです」


「ふうん、クラスメイトが、ね」


 さりげなく言い直された……。たしかに友達ってのはったんだけど、なんでバレたんだ? オーディションで使われた俺のプロフィールに『ぼっち』とでも書いてあるんじゃあるまいな?


「ていうか、あたしのこと知ってくれてるなら、もうちょっとくらい驚いてくれてもいいんじゃない? 張り合いがないなあ」


「おっしゃる通りです……」


「あはは、まあいいけど」


 元アイドルやら義妹やら、色々な人がやってきすぎて、そこら辺の感覚がちょっと麻痺っているらしい。それでも神田さんは寛大に笑ってくれる。


「それで、神田さんはどうしてこの留学に?」


「その前に。あたしのことは神田って呼んでくれるかな。今は実際同い年だし、タメ口でいいよ」


 先輩にタメ口を使うのはためらいがあるものの、彼女がそれを望むのであれば、敬語にこだわりがあるわけでもない。


「ああ……うん。神田……は、どうしてこの留学に?」


「よくできました」


 にこ、と笑って、神田は褒めてくれる。


「正直言うとね、あたしは平河のこと、利用しようと思ってるだけなんだ」


「利用? どんな風に?」


 彼女は2本指を立てる。


「『男よけ』と『売名』の2つ。あたし、生涯、女優でいたいんだ。死が私と演技を分かつまで」


「生涯……。それで、そのために『男よけ』と『売名』が必要だと?」


「そういうこと。うん、ちゃんと説明するね」


 神田はにこっと頷いた。


「高校生になったあたりからかな。やっぱり現役女子高生っていうのが妙にブランドになるのか、共演する俳優とか男性アイドルとか、若いプロデューサーとか、たまには監督とかからも口説かれたりして……。そういうの、これから結婚するまで続くんだと思ったら、嫌気がさしちゃって。だから、誰もが『ちょっかいをかけられない』って思うような人となるべく早く結婚しちゃえれば解決するなって思って」


「それが、俺?」


「そういうこと」


「……ただの苦学生ですよ、俺自身は」


 彼女は微笑みを崩さない。俺は反論しながらも彼女の言いたいことは分かっていた。


 それは、俺自身が誰もが『敵わない』と思うような存在だということではなく、平河真之助の息子である俺の婚約者を口説くなんて、命知らずなことをする人がいないという話だ。大人であれば、なおさら。


「キミは自らのポリシーを貫くために苦学生をしているんでしょ? そんなの、なかなか出来ることじゃない。充分魅力的だと、あたしは思うけど」


「お、おおう……」


 なんかいきなり褒められてちょっと嬉しくなってしまった……。2秒瞑想。


「あはは、ごまかそうとしてる」


 心の中まで見透かすようなイタズラな笑みで覗き込まれて、気恥ずかしくなる。


「こほん……『男よけ』は分かった。『売名』っていうのは?」


「つまり、ゆくゆくは日本一の実業家が一生の愛を誓う相手があたしってこと」


 ゆくゆくは、ね……。実際どうなるかは分からないけど、それはおいといて。


「それは女優に関係あるのか?」


「全く関係ないね。本質的には」


「本質じゃないところで関係あると?」


「そういうこと」


 首を傾げると、彼女は指を振る。


「ブランディングってやつ。そういうことで、人の価値を測ろうとする人が世の中には一定数いる。そのものが素晴らしいかよりも、売れているかどうかで測ろうとする人。審美眼を、世間に頼ってしまうような人がね」


「それは……そうかもな」


 その人自身ではなく、その人の前や後ろについている看板でその人を判断する人が多いことは、俺は身を持って実感していた。


「生涯女優でいるってことは、生涯仕事をもらわないといけない。っていうことは、そういうブランディングってやつもちゃんと意識していかないと」


「大変な世界だな……」


 まあ、プロの世界に大変じゃない世界なんてないんだろうけど。


「ということで、あたしは、あたしのために、キミと結婚したい。でも、平河にとっても悪い話じゃないと思うよ」


「どうして?」


「全く同じ理屈で、キミは『日本一の女優を射止めた男』になれる。きっと今とは別の意味で、周りはキミに一目置くことになるよ。それに、」


 彼女の笑みには、不思議な引力があった。


「あたしは、キミの望む人間として、生涯を生き抜ける自信がある」

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