第6話:4人目 渋谷ユウ

「こんにちは! アタシ、渋谷しぶやユウ!」


「こんにちは、平河ひらかわ真一しんいちです。17歳、こうこ」「ねえ、この恋愛留学っていうサイコーなプログラムを考えたのって誰なの!? あんた!? あんたのお父さん!? あんたのお母さん!? それとも、あのジュウジョーさんって人!?」


 自己紹介もそこそこに、というかそこそこにも至らないうちに、彼女はその大きな瞳を爛々らんらんと輝かせて、俺に顔を近づけてきた。


「ああ、それは俺の」「そんなのは誰でもいいのよ!」


 丁寧に答えようとする俺をバッサリと遮る渋谷ユウさん。俺全然喋れてない……。


「とにかく、サイコーだわ! オモシロ企画開発者・準グランプリを受賞させてあげたいくらいよ! もちろんグランプリはアタシね!」


「お、おう……」


 すごい。彼女を中心に世界が回ってるんじゃないかと、こちらが錯覚するほどに自己中心的だ。


「あー……えっと、渋谷さんはどうしてこの留学に?」


「渋谷さん? あんた、アタシとタメでしょ? 同い年の敬語なんて、本当に無意味だわ。ユウって呼びなさい! あんたはシン。それでいい?」


「ああ、うん……」


 俺と同い年だってことを俺は知らなかったんだけど。つまり、彼女——渋谷ユウは高2の歳らしい。


「それで、ユウは何しに留学へ?」


「番組みたいな聞き方するのね? 何しにって、こんなに面白そうなコトってないじゃない? バズる可能性も十分にあると思うの!」


「バズ……?」


「何よあんた、バズも知らないの?」


「いや、バズは知ってるけど」


 主にSNSで多くの人に拡散されることをいう言葉のはずだ。俺の疑問は、それがどうして今出てくるのかということなんだけど……。と、そこで思い当たる。


「もしかして、渋谷ユウって……YouTuberか?」


「そうよ! アタシのチャンネル【渋谷ユウのセカイ】、見たコトあるでしょ?」


「あ、俺は見たことないんだけど……。そういうチャンネル名なのか」


「見たコトないの!? なんで? 人生の10割損してるわよ?」


「全部じゃん」


「全部よ!」


 当たり前のように主張するその口に俺は圧倒されっぱなしだ。


「とにかく、この留学の様子を撮影して編集して、アタシのチャンネルに載せるの!」


「それがバズるのか?」


「そんなのやってみないと分からないけど、可能性は十分にあるわ!」


 ニヤッと彼女は笑う。


「高校生が結婚相手を探して婚活の旅よ? 日本国内だけじゃなくて、海外とか、他にも普通じゃ行けないようなところにも行けるって聞いてるわ! それに、参加者はもれなく何らかのスペシャルなものを持った美少女女子高生! 誰が残ってもおかしくない恋愛サバイバル! そんな戦い、みんな見たいに決まってるじゃない!」


「そんなもんかねえ……」


 あいにく俺にはバズのことはとんと分からない。


「このプログラムを考えた人は準グランプリだけど、残念なのはそれをどこにも配信せずにクローズドでやろうとしたことね。そこらへんが『準』たる所以ゆえんだわ」


 まあ、企画した時にはバズるって言葉も生まれたばっかりだっただろうからな。


「でも、それ載せていいのか?」


「運営的には、全部終わったあとに、広告費を取らない形でなら構わないみたいよ。あとは参加者への許可どりは自分でやるコト、だって」


「へえ……。って、広告費を取らないなら意味なくないか?」


「は? なんでよ?」


 ユウは顔をしかめる。


「アタシは、別に広告費なんてどうでもいいのよ! 世界一総再生時間の長い動画を作りたいだけなんだから」


 そう言って見上げてくる2つの瞳。改めて特徴的な目をしていると思った。好奇心と自信をバックライトに輝いているみたいだ。


「どうして、世界一になりたいんだ?」


「アタシは、アタシにしかなれないアタシになりたいのよ! つまり、オンリーワンね! ナンバーワンよりも分かりやすいオンリーワンが存在するかしら?」


「まあ、一理あるな」


 前半の同語反復トートロジー的なセリフはさておき、後半は、『ありのままでいい』『オンリーワンでいい』という言葉よりは、納得感がある。


「アタシはその為に、世界の誰も体験したことないような人生を送ることに文字通り命を懸けてるの!」


「じゃあ、この企画に参加して撮影するのが目的ってことか」


「そういうコト! この留学を最後まで見届けて、ナンバーワンになってみせるわ!」


 俺はそれを聞いて顔をしかめる。


「いやいや、最後までって……。ナンバーワンの人は、俺と結婚するって分かってるか? 動画撮るだけなら、そこまでする必要ないだろ」


「あんた、本質を見失ってるわよ? 主人公はアタシなの。主人公が優勝したほうが面白いに決まってるじゃない」


 本質を見失ってるのは俺なのか……? というか。


「そんな簡単に結婚を決めて良いのか? まだ高2なのに、その後の人生決めるようなもんだぞ? まあ、このプログラムに参加してる俺がいうことでもないんだけど……」


「高2で早いっての? じゃあ、何歳ならいいの? そもそも、あんたは、何歳まで生きるつもり?」


 ユウは目を細める。


「何歳までって……。そんなの分かんないけど」


「そうでしょ、分かんないのよ! それが、明日かもしれないわ。だったら体験して早すぎることなんて一つもないでしょ? 結婚、どんとこいよ!」


「ほお……」


 なんだか破天荒に見えるが、彼女は人一倍の哲学を持っているらしい。


 輝く瞳から目が離せないな、とそっと心の中でひとりごちた。

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