第22話:サウナとアイドルと女優
「さて、どうするか……」
場所は戻って、恋愛留学の本拠地・六本木スカイタワー。
自室の机の前で、俺は腕組みをしていた。
グループデートが2つ終わった今、俺は1on1デートに行く人と行き先を2人と2カ所、選ばないといけない。
1人目の1on1デートの相手を決める期限は、明日の朝だ。
それまでに、内線通話システムで
1人ずつとのステータスを今一度整理する。
【
そして、元アイドル・
となると、女優・
「んー……」
うん、行き詰まった。
どうやら、少し頭がぐるぐるとしてしまっているらしい。
時計を見ると、ちょうど22時。
「……サウナ入るか」
六本木スカイタワーの64階には、サウナがあった。(「蒸し風呂だから64階と覚えてください」と十条さんが真顔で言っていた)
有名ホテルの貸切サウナを参考にしたものらしく、サウナと水風呂、シャワーと外気浴用のベランダがあり、温浴の浴槽はない。
他の施設に比べると、こじんまりしている印象があったが、実際、1人で使う分にはこれくらいの方が落ち着くのだと利用してみて分かった。『上質』が『豪華』とは違う場合もあるということなのだろう。
無論、サウナなんていうものは、それ自体が贅沢なことだと思う。
自費で行ったことは一度もない。
だが、去年の今頃だったか、繁忙期のリゾートホテルで短期アルバイトをした際、持ち場が風呂掃除だったことで、何度か入らせてもらい、その
だから、スカイタワーにサウナがついていると知ったときは嬉しかった。
以来、毎日夕食のきっかり2時間後にサウナに入るようにしている。
物を考えるのはサウナが良いらしいしな。
俺は共通のリビングに向かって冷蔵庫に入ったスポーツドリンクを取り出す。
各部屋にも冷蔵庫はあるが、ここには多種多様な飲み物や軽食類が随時補充されるのだ。
64階に降りて廊下を歩いていると。
「あっ。真一くんだぁ」
向かい側から目をとろんとさせた元アイドル・目黒莉亜が手を振ってくる。
湯上がりで蒸気した頬と湿った髪の毛が妙に
なんとなくいつもよりも無垢な感じがするのはなんでだろう? と見つめていた矢先、
「そんなに見ないでよぉ、すっぴんだから恥ずかしい」
と、照れ笑いを浮かべる。まじか、これがすっぴん美少女ってやつか……!
「サウナ行くのぉ?」
「あ、ああ、うん……」
自然に俺の二の腕に手を置きながら話しかけてくる莉亜に対して、俺は童貞力を発揮してしまい、目を逸らす。
あーあ、このまま、『あれぇ? お風呂上がりのりぃは刺激が強いかなぁ?♡』などとからかわれるんだろうな、と思っていたら、
「もぉちょっと早かったら一緒にサ
と、残念そうな声をあげる。サ活?
「莉亜、サウナ、好きなのか?」
「うん、ハマったのは最近なんだけどぉ……」
「最近って、いつ頃?」
「えっとぉ……」
莉亜は少し照れくさそうに唇をもにょもにょさせてから、照れくさそうに白状する。
「……ディアスリーで閉じ込められたあとぉ」
「ああ……」
確かにあれは、高温の部屋に長時間いてから、スプリンクラーの水をかぶり、外に出るという、サウナ→水シャワー→外気浴の流れと同じことをしていた。
「あの時の気持ちよさが忘れられなくてさぁ……。ライブラリーで調べたら、あの時、りぃ、がっつりととのっちゃってたみたいで……」
「なるほどな……」
怪我の功名というかなんというか。
「いやぁ、すごいよねぇ、サウナ……」
手のひらで頬を押さえてうっとりと言う莉亜は、いつもの小悪魔な印象よりもずっと素朴で普通の女の子という感じがした。
なんというか、俺が共学校に入っていたら、部活の合宿とか修学旅行の時にこんな会話があったのかもしれないな……だなんて想像を浮かべてから、心の中で首を横に振る。
こんなに可愛い子はどこの高校にでもいるものではないだろうし、そもそもそんな子とお風呂上がりに話せるほど仲良くなれるはずもない。男子校ですらぼっちなのに。
「今度は一緒に入ろぉねぇ? 真一くん」
「いや、なに言ってんだよ、無理だろ……」
「えぇ、無理じゃないよぉ? 男子は真一くんしかいないんだから、男子風呂を使ったら自動的に2人っきりの貸し切りサウナだよぉ」
それはそうかもしれないが……。
「そんなことしたらすぐにのぼせるから無理だって言ってんだよ。童貞なめんな」
「あはは、そっかぁ。じゃぁ童貞くんじゃなくなったら一緒に入ろぉね」
「なんだそれ……」
「あははぁ」
そのにへらーっと笑った顔を見ながら、口が勝手に動く。
「莉亜は、普段よりもそうしてる方が、」
「ん?」
「……なんでもない。それじゃ」
……おいおい、俺は今何を言おうとしたんだ……。
雑念を振り切るように俺は少しだけ早足で男子用の脱衣所に駆け込んだ。
脱衣所で服を脱ぎ洗い場で身体を洗ってから、バスタオルを腰に巻き、いよいよサウナ室に入る。が、しかし。
「おー。平河、待ってたよ」
「……失礼しました」
そこにスクール水着を着た現役女子高生女優がいたので回れ右する。え、俺、女子風呂に入っちゃった!? 男子風呂に入ったよな!?
「ちょっとちょっと、待ってよ」
後ろから腕を掴まれるが、引っ張りながら前進する。
「ここ男性用サウナだよな!?」
「ここ男性用サウナだよー」
「だめじゃん! 男女逆なら大事件じゃん! いや、男女逆じゃなくても大事件だわ!」
「おー、すごい早口。でもここには平河しか来ないでしょ?」
あくまでも穏やかにマイペースに神田は笑っている。
「だからってなんでここにいるんだよ!? なんでスクール水着なんだよ!? 俺はまだ童貞くんなんだよ!」
「あはは。どうして突然性経験を暴露しながら自暴自棄になってんの」
「論点はそこじゃない!」
「スクール水着のこと? これは、男子校の平河が好きかなって思って」
「たしかに質問はしたけど、そこでもない!」
あと、個人的にジャージと比べるとスクール水着はそこまででもない! 理由は生々しいから!
「冗談冗談。あたしはただ、平河に、」
神田はその何もかも見通したような声で。
「『わたしを1on1デートに選ばないで』って言いに来たんだよ」
その言葉に、足が止まった。
「え、なんだって?」
「どうしたの、鈍感系ラノベ主人公みたいなこと言って。聞こえなかった?」
俺が振り返ると、神田がこてり、と首をかしげた。
「聞こえたよ。聞こえたけど、その言葉の意味を聞いてるんだ」
「うん、そうだよね。ちゃんと話すから、サウナに入ろうよ」
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