第23話:この中に、一人

「それにしても、留学始まって今までこういうことなかったの?」


 俺と神田は1人分の距離をあけて並んで階段状になったサウナの中段に腰掛ける。


 スクール水着の美少女とサウナにいるというマニアックすぎる光景に扇情せんじょうを通り越して呆れていた。


「こういうことって、男のサウナに誰かが侵入してくることか?」


「そう。だって、平河の貸切だってことはみんな分かってるわけだし。それこそ、品川とかさ。ストーカーなんでしょ?」


 そんな普通のことみたいに「ストーカーなんでしょ?」って言わないで欲しいんだけど……。


「……咲穂は、俺の裸は見ようとしないから」


「へえ、どうして?」


「さあな」



 以前、

『風呂に監視カメラとか仕掛けてないだろうな?』

 と聞いた時に、

『そこだけは、彼女になって正々堂々と見れる時にとっておいてるんだ』

 と、頬をあからめてはにかんでいた。そんなこと、俺の口からは言えないけど。



「へえ、そんなことが。意外と純情なんだね、品川」


「俺は何も言ってないが?」


「表情に出てるよ」


「そんな込み入った表情してねえよ……」


「あはは、面白いね」


 神田の洞察力というか観察力がすごすぎて全然面白くないんだけど……。



「……で、『選ばないで』ってなんだよ? 留学、嫌になったか?」


「ううん、そんなことない。私は平河と結婚したいよ」


「じゃ、じゃあなんで?」


 そのまっすぐな言葉に多少たじろぎつつも、聞き返す。


「1on1って、2人しか選べないわけでしょ? でも、平河の中で候補はあたしを含めて3人いる。違う?」


「まあ、な」


 これは神田じゃなくても予想できることだろう。


 莉亜とはディアスリーの控室で、ユウとはディアスリーの追加エクストラデートで、大崎とは那須の追加エクストラデートで、それぞれ2人きりで話す場があった。それと比較すると、咲穂、舞音、神田との3人とは、まだ留学に来てからじっくり話せていない。


「そして、あたしは最有力候補だよね。今回が初対面だから」


「その通りだよ。なのに、どうして?」


「んー……」


 神田は少し考えるような素振りを見せてから、ハの字の眉で微笑む。


「『平河に後悔しないで欲しいから』かな。あたしが選択肢をなくしてあげることで、平河がする後悔がひとつ減るならその方がいいかなって。だから『あたしじゃなくて良い』じゃなくて、『あたしを選ばないで』」


「ん……?」


 俺は彼女の嘘を暴くべく、顔をじっと見つめる。


「どうしたの、そんなに見つめて。平河って、2人きりになると結構大胆になるタイプ?」


「い、いや……!」


 俺は自覚以上に近くになっていたその距離に自分で驚いて、少し身を離そうとする。


 その時、


「誰にも見つからないし、誰にも言わないよ」


 と、彼女は俺の腕を掴んで引き留めた——いや、引き寄せた。


「神田……?」


「この留学って不思議だよね。平河は、まだ恋人でもない人と結婚の約束までしないといけない。あたしなんて、平河とまだ友達にもなれてないのに」


 気づけば、俺は神田をサウナの段差で壁ドンだか床ドンだかをするような体勢にさせられている。


「でも、裏を返せば、恋人っぽいことも、この留学の間にしておかないといけないってことだよ。そう思ったら、一足飛びで平河がそういうことをしようとしたところで、誰も平河のこと、責められない。だから、さ」


 心臓がドクドクと脈打つ。喉がカラカラだ。


 サウナの効能なのか、目の前にあるきめ細やかな肌と色香のせいか。


 頭がクラクラし始めた時、神田がその艶めく唇で囁くように呟く。





「……いいよ、平河」






 と同時、


「やっほぉ! りぃ、再登場!♡ って、えぇぇぇぇ! 真一くん!?」


 眩しいほどに明るくイタズラな声がサウナに飛び込んできた。


「り、莉亜!?」

「目黒……!」



「ちょっとちょっと! 2人でこんなところでナニしてるのぉ!? 真一くんが1人きりだからサプライズ訪問しようと思ったのに!」


「違うんだ、莉亜、話を聞いてくれ。これはそうじゃなくて……」


 口にして分かった。これは超絶ベタな浮気者のセリフだ。


「じゃあ、あたしは都合のいい浮気相手役ってところかあ」


 相変わらず冷静に神田が状況分析をする。サウナでスクール水着のくせに。


「何変なこと言ってるのぉ!? りぃ、怒ってるよ!? 真一くん、りぃには結局手を出さなかったくせにそうやって……、って痛っ!?」


「大丈夫か!?」


 怒りに身を任せて足元が疎かになっていた莉亜は、こちらに歩み寄る際に、つまずいて転んでしまう。


「あちゃー……」


「痛いよぉ……!」


「いや、ていうか、莉亜……」


 涙目で足元をさする莉亜のバスタオルが、あまりの動きにはだけてしまっており、俺はそっと目をつぶる。


 それにしても。



「……助かった」



 そう呟いたのは、俺だった気もするし、神田だった気もする。





 とりあえず脱衣所まで莉亜を連れ出して、俺はトイレの個室で着替える。


 神田と莉亜は脱衣所で着替えていた。男湯なのに隔離されるのが俺なのは若干納得いかないが。


 トイレの扉を内側からノックすると、「もう服着たよー」と返事があるので、脱衣所に戻る。パジャマは着ているものの、莉亜が椅子に座って赤くなった足首を押さえていた。


「おい、大丈夫か?」


「うぅん……。真一くん、おんぶしてぇ……。歩けないぃ……」


「ええ……。肩貸してやるからおんぶはさすがに……」


「うぅ……。りぃだってまのんちゃんと同い年なのに、真一くんは、まのんちゃんばっかり甘やかすぅ……! りぃだってお兄ちゃん欲しい……!」


「別に舞音のこと甘やかしたことないんだけど……」


 というより、『甘やかさせてもらったことがない』という方が正しいかもしれない。


「なあ、神田……」


「知らないよ、自分でなんとかすれば?」


 俺が助けを求めようと神田を見上げると、なぜかすげない態度が返ってきた。


「なんでいきなり怒ってんの……?」


「それ」


「はあ?」


「そのスウェット、渋谷にもらったやつでしょ」


「ああ……そうだな?」


 だから?と怪訝な顔を向けると、神田は少し頬を膨らませた。


「あたしの前で他の子からもらったプレゼント着るって、どうなの?」


「いや、神田がいるって知らなかったし。そもそも別に俺のものだし」


 俺が答えると、「んんー」と喉を鳴らす。


「デリカシーが足りないんだよなあ、平河は」


 その表情はうっかり、本当にヤキモチを妬いているように見えてしまいそうで、俺は彼女がトップクラスの女優であることを改めて自分に言い聞かす。


 これは演技、これは演技。



「ねぇ、りぃのこと、ほっとかないでよぉー!!」





 結局、莉亜をおんぶで部屋に送り届けてからリビングに戻ると、


「平河くん……」「お兄ちゃん……!」「また他の女と……」


 大崎、舞音、咲穂が順にこちらに反応した。


 咲穂は俺をきつく睨んでいる。那須の帰り以来、なんか不機嫌なんだよなあ……。


 リビングのローテーブルの周りにはソファーがあるのに、なぜか全員が立っている。


 大崎と舞音はずいぶんと怯えたような、困ったような表情を浮かべていた。


 そんな中、ユウが片手でテーブルの上を撮影しながら、もう片方の手で、俺を手招く。


「シン、ちょっと、これ見て! ていうか、アタシがあげたスウェットじゃない、気に入ってくれたの?」


「ほーら、渋谷が喜んでる」


 相変わらずやきもち焼きの演技をしながら追及してくる神田の視線をかいくぐり、テーブルの上を見ると、新聞の切り抜き文字がコピー用紙に貼り付けてある、いわゆる怪文書があった。


 そこに書かれていた言葉は。




『この中にズルをしている人がいる』




「何だ、これ……?」


「告発文みたいだね」


 神田が探偵みたいな顔をしてふむ、と覗き込む。


 筆跡がわからないように、という狙いなのだろうが、実際にこの刑事ドラマの犯行声明でしか見ないような怪文書を見ると、背筋がぞくっとした。


「神田はこういうの怖くないのか?」


「ん? 全然? ドラマの撮影とかで見たことあるし」


 ええ、じゃあ、ホーンテッド・パレスのあれは本当に全部演技だったんだ。そっちの方が怖いわ……。


「で、誰が見つけたんだ?」


「マノンです。20分くらい前にリビングに来たら置いてありました」


 俺が聞くと、舞音がすぐに手をあげた。こういうのは、第一発見者が真っ先に疑われるものだが、それを分かってるのか、分かってないのか……。


「俺が風呂場に行く前に飲み物を取りに来た時にはなかったから、俺がサウナに行ったあとに置かれたものなんだろうな」


「この中の誰かが置いたのかしらっ?」


「十条さんってこともあるんじゃないかな」


「飲み物を補充してくれるスタッフの人たちも入れたらもっと可能性は増えるけれど……でも、こんなことする動機が分からないわね」


 ユウ、神田、大崎が順に首をかしげる。


「これ、ちょっと借りてもいいか」


 俺はひとまず、その怪文書を持って、自室に戻ることにした。




 1on1デートの相手に加えて、考えることが2つも増えてしまった。


 1つは、『怪文書の主』。誰が作ってリビングに置いたのか。


 もう1つは、この怪文書が示す『ズルをしている人』とは誰なのか、だ。


『ズルをしている人』の可能性が高いのは、普通に考えれば、現状追加エクストラデートを手にしたユウと大崎だろう。


 であれば、『怪文書の主』はそれ以外の4人だと予想できる。


『ズルをしている人』自身が自責の念に駆られて自白するならまだ分かるが、その場合は、他の人を告発するようなふりをして自分を指す意味がない。


 その上、神田と莉亜にはアリバイがある。


 正確には、莉亜は64階の廊下で会ってから男性用サウナに入ってくるまでの間の数分間はアリバイがないが、リビングに行ってこの紙を置いて戻ってくるには時間がなさすぎる。


 だとすると、『怪文書の主』として怪しいのは、咲穂と舞音、そして十条さん含む運営サイドの誰か、だが、このタイミングでこの怪文書を滑り込ませる意味や、これまでのみんなの行動を考えると……。




 翌朝。


 俺は十条さんの部屋をノックする。


「真一様。……直接いらして、いかがなさいました?」


「最初の1on1デートの相手が決まりました」


「……なるほど、そうですか。それでは、教えてください」




「はい、最初のデートは——」

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絶対に俺をひとり占めしたい6人のメインヒロイン<カクヨム版> #絶ヒロ 石田灯葉 @corkuroki

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