第3話:1人目 目黒莉亜
目の前には赤絨毯のバージンロード。
振り返ると、ガラス張りの向こう、昼下がりの東京の街が一望できる。
東京都港区六本木。そのど真ん中にそびえ立つ『六本木スカイタワー』は、六本木という地名にちなんでか、つい先月、6月6日に出来た66階建ての超高層ビルだ。
名だたる大企業がそのテナント権を取り合っていたと新聞記事に書いてあったが、屋上と61階から66階の最上部6階分については、誰が買ったのか謎のままだった。
しかし、蓋を開けてみたら、どうやら……。
「これ、母の会社が買ってるってことですよね……?」
俺の母の
「はい。こちらは
「まじですか……」
「まじです。では、早速今後の流れの説明をさせていただきます」
俺が
「真一様には、これから6人の花嫁候補を出迎えていただきます」
「花嫁候補、ですか」
改めて聞くとすごい単語だな……。
「真一様には、その6人の中からたった1人を選ぶために、定期的に1人ずつ脱落させていただきます」
「脱落させる、ですか……?」
「ええ。このプログラムは、1人ずつを脱落させて……つまり振っていき、残った1人と婚約していただくというルールとなっております」
「そう、なんですか……」
……いや、最終的に1人を選ぶのは変わらないのだから、その間のルールは大した問題ではないのかもしれない。ただ、なんとなく。
「最後に1人だけを選ぶのではダメなんですか? 1人ずつ脱落させるというのはなんだか酷という気がするのですが……」
「真一様は、情に厚い方なのですね」
「そんなことは……ないですけど」
俺は下唇をそっと噛む。情に厚いということは、すなわち『荷物』が、『しがらみ』が、増えやすい性質ということだ。理想的ではない。
十条さんはそこで何故か少しだけ微笑む。
「……話を戻しましょう。『最後に1人を選べばいい』とおっしゃいますが、真一様。あなたが企業の面接や学校の入学試験をするときに、1次試験で得点が不足している方を2次試験に通す意味があると考えますか?」
「……なるほど、理解しました」
それはその通りだ。俺はこれから一生を共にする相手を見極める必要がある。であれば、結婚する可能性のない相手を早めに選考外にして、人数を減らしていった方が、残った候補をつぶさに見ることが出来て、判断を誤る可能性も減るということだろう。
「分かっていただけてよかったです。それでは、これから、1人ずつ、私がお連れしますので、お互い簡単に自己紹介をして、人となりを知ってください。とはいえ、真一様のプロフィールは分かった上で候補の皆さんはオーディションを受けてらっしゃいます。なので、ご自身のお話はそこそこに、お相手のお話を聞くのがよろしいかと思います」
「オーディション……?」
「ええ。真一様のプロフィールを見た同年代の女性が1万人ほど応募してくださいました。それを勝ち抜いていらっしゃった6人の女性がここに集まります」
「1万人……!?」
会ったこともない女子が俺に恋愛感情を抱いているはずもないから、俺の家柄だったり次期社長候補という立場だったりをあてにしてのものだというのは分かっているが、それにしても多い。
「ていうか、そんなこと、いつやってたんですか?」
「先週までの2ヶ月間ほど水面下で。楓様の経営していた総合結婚ビジネス会社・ヴェリテを代表する結婚マッチングのスペシャリスト集団——コンシェルジュ四天王が、真一様との相性、家柄、能力等々を総合的に判断し、全ての項目において、高い基準点を超えた方だけをこちらにお呼びしています」
「コンシェルジュ四天王……」
一見ふざけたそのシステムも俺の母が作ったシステムなんだろうなあ……。
「そうして厳選された6名の花嫁候補から、1人を選び切るのが、この恋愛留学で真一様のするべきことです」
「そして、その1人と結婚もしくは婚約をする、と……」
「ええ。自己紹介後の進め方は皆様が揃ってから、また説明します」
「……分かりました」
一つ一つ飲み込むのが難しいが、とにかく『これからここにやってくる6人から1人を選ぶ』ということを俺はするらしい。
「それでは、まず、お1人目の方をお呼びして参りますね」
十条さんは深くお辞儀をして立ち去り、レッドカーペットの上、俺は1人取り残される。
そっと目を閉じて、集中する。
俺は、この留学を通して、誰か1人を選ぶ必要がある。
それも、ただ好みの相手を選ぶだけじゃダメだ。
その相手とは、文字通り、『死が2人を分かつまで』添い遂げないといけないし、それが叶う相手を選ばないといけないのだ。
俺は、ふと夢の中の母の言葉を思い出す。
『真一。『真実の愛』っていうのは、『利害関係が一致している間柄』のことを言うの』
……なるほど、こういう状況になると、妙な納得感がある。確かに、利害関係が未来永劫一致する相手なら、離婚することはないだろう。
たとえ、そこに恋心とやらがなくなったとしても、だ。
「……よし」
静かに、気合を入れる。
まだ見ぬ『彼女』たちを見定める審査は、ここから始まるのだ。
「まじか……!」
桃色のドレスに彩られたとびっきりの笑顔。
チャペルの入り口に現れたその姿を見て、俺は目を疑う。
彼女はにこぉーっと笑みを浮かべて、自己紹介をする。
「はぁい、こんにちはぁ!♡ 埼玉県出身、
「……は、はい。どうも、平河真一、17歳、高校2年生です、好きなお菓子は……って、俺のは別にいいか」
「えへへ、面白ぉい!♡ アイドル向いてるんじゃないー?」
「いえ、それほどでは……」
いや、自分でも分かっている。なんて不器用なコミュニケーションなんだ!
冷静に見極める、と言い聞かせて作っていた心の膜に早速揺らぎが生じていた。
ただ、自分に甘いようだが、それも無理のないことだと思う。
なんせ、俺の前に立っているのは、日本で暮らしていれば知らない方が難しいほどのトップアイドル、『春めくプリーツ』のセンター、目黒莉亜なんだから。
俺みたいな芸能界に
『りぃ』というその特殊な1人称ですら、全国民が知っていると言っても過言ではない。
終業式の日にクラスメイトが話していたアイドルも、目黒莉亜だったし。
……いや、ていうか。
「電撃引退したばかりじゃなかったか? どうしてこんなところに?」
「アイドルは、ここに来るために卒業したんだよぉ?」
「ここに来るため……?」
俺がぽかんとしていると、彼女は俺の手をそっと握り、
「真一くんと恋愛するためってこと♡」
と百万点の笑顔を浮かべる。
「俺と、恋愛……?」
対する俺は0点のあいづち(=ただの復唱)を打つことしか出来ない。
「そぉ! アイドルって、恋愛禁止でしょぉ? でもぉ、りぃは真一くんのこと好きになっちゃったから、アイドル辞めてここに来たの!♡」
「好き……? 俺のどこを……? いつから……?」
「質問たくさんだねぇ? んー、どこって……全部、かなぁ?♡ 真一くん、眠そうな目がかっこいいしぃ、勉強しかしてなくて頭良いしぃ、友達いなくて一途みたいだしぃ」
それ、褒めてるつもりなんだろうか? あの目黒莉亜が俺のことを好きだなんて到底信じられない。いや、ていうか。
「万が一それが本当だったとして、そんな理由でアイドルを辞めてくるなんてことありえるか……?」
「逆に聞くけど、真一くん。りぃが、」
ふと、彼女の微笑んだ目の奥に冷たい熱が灯る。
「——トップアイドルの目黒莉亜が、おふざけでアイドルを卒業して来ると思う?」
「それは……」
その両目はまっすぐ、俺を見つめていた。
「ないでしょ?♡ 今は、それだけの覚悟でここに来たってことだけ、分かってくれたらいぃから!」
「お、おう……」
俺はなるべく多くの情報を得ようとその瞳を見つめるものの、
「うっ……」
いつの間にか戻ってきたアイドル然とした輝きにそらしそうになる。男子校ぼっちの俺には眩しすぎるな……!
俺は目を閉じ、そっと深呼吸をする。これが、俺が勉強を始める時にいつもする集中のルーティーンだ。『2秒瞑想』と呼んでいる。
ふう……はあ……。……よし。
「どぉしたのぉ?♡」
「いや、なんでもない」
「ふぅーん? せっかく顔赤かったのに元に戻ったねぇ?」
「そうだな」
2秒瞑想を習得しておいて良かった……。
「でも、じゃぁ……えいっ」
そう言って莉亜は、俺にハグをしてくる。
「……っ!? り、莉亜……!?」
「どぉしたのぉ?♡」
にたぁーっと俺を見上げてくるその笑みがなんともあざとく、アイドル仕様だと分かっていても、心が揺さぶられるのを感じた。さすが1億人を
「いや、その……」
脳内で警報が鳴る。まずい。身体も密着し過ぎている。俺の許容量を超えている。
「んんー?♡」
ダメだこの人、多分何を言ってもこのままだ。
俺は再度2秒瞑想をする。
……よし。
すん、と表情を戻して莉亜を見返した。
「むむ……! 手強いねぇ? りぃが6秒見つめたらどんな男の子も顔赤くするんだけど なぁ?」
そう言って莉亜はあざとく頬を膨らませる。
「でも、逆に燃えちゃうかも♡ 絶対に振り向かせてみせるから、待っててね♡」
「おう、受けて立つぜ……(?)」
「お時間です」
十条さんがベルを鳴らして、莉亜の番が終わった。
「また話そぉねぇ、真一くん!♡」
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