第4話:2人目 品川咲穂

「ということで、品川しながわ咲穂さきほ、16歳、高校2年生、真一しんいちと結婚しに来ました!」


 いつも通りの笑顔でやってきた幼馴染は、いつもよりも着飾ったドレスに身を包んで、やっぱりいつも通りの口調で改めて自己紹介をする。


「やっぱり、咲穂はこの留学のこと、知ってたんだな」


「そんなの、知ってて当然な当たり前の常識だよ?」


「知らなくて当然で咲穂は非常識だよ……」


 咲穂が来ることは、恋愛留学への招待状を受け取った時点で予想がついていた。


『……まあ、もっとすごいサプライズがあるよ。わたしからじゃないけど、真一に、大きな大きなサプライズプレゼント』


『わたしに言われても。わたしはむしろ反対したんだよ? でも、送り主が送り主だからなあ……』


 昨日の謎発言の数々は、咲穂がこの留学のことを知っていれば、全部説明がつく。


「はあ……咲穂は本当になんでも知ってるな」


「なんでもは知らないよ? 真一のことだけ」


 またドヤ顔でそんなことを言う咲穂。


「というか、なんかホッとした顔してるね? わたしが来てくれて嬉しかった?」


「いや、咲穂を見ると安心するなあって……」


「そうかな? えへへ……」


 俺の言葉に一度はふにゃけた笑顔を浮かべた咲穂が、


「……いや? その顔は違うね?」


 今度はジト目になる。


「真一、1人目の女の子に籠絡ろうらくされそうになってたでしょ!? この間、美人の新聞営業のお姉さんが家に来た時になんとか回避した後と同じ顔してる!」


 バレた……! ていうか!


「いや、あの時、咲穂、家にいなかったよな? どうやって俺の顔を見た?」


「そんなの、見てて当然な当たり前の出来事だよ?」


「うわあ……」


 何が『咲穂を見ると安心するなあ』だよ、俺。真逆だ真逆。


「それにしても、真一がこの話を受けるなんてねー。結婚は『大荷物』じゃなかったの?」


「まあ、そうだな……。意外だったか?」


「ううん。真一だったら、夢のために受けるんだろうなあって思ってた。だから嫌だったんだよ。結婚相手が欲しいなら、わたしがいるのになあ」


 相変わらずのテンションでつらつらと呟き続ける咲穂に、俺はかねてから聞かないといけないと思っていたことを尋ねる。


「そうなったとして、咲穂は本当にそれでいいのか?」


「どうしたの? いきなりそんな真剣な顔して」


「真剣な話だからだ。咲穂の将来の話だろ?」


「ん……?」


 これまでだって、咲穂はこんな風に気持ちを伝えてきてくれていた。


 でも、それはおそらく、人間関係ミニマリストである俺が本気で応じることなどないと知っていてのアプローチだったと思う。なんでもは知らなくても、真一のことだけならなんでも知ってる咲穂のことだ、それくらい分かっているはずだ。


 でも、この恋愛留学は、ままごとじゃない。


 選ばれたら、本当に俺と結婚しないといけないのだ。


 だからこそ、俺はその意思を確認しておかないといけない。


「咲穂は、本当に俺と結婚する気があるのか?」


「そんなの、あるに決まってるよ?」


 ノータイムで返答する咲穂。


「あれ? 何回も言ってるよね? わたしは『初恋至上主義』なんだよ?」


 それは彼女のずっとしている主張だ。


「それは、知ってるけど……」


「『知ってるけど分かってはない』ってことかな? じゃあ、説明するね? 最後だからね?」


 そう言って、彼女はこほん、と咳払いをする。その目からハイライトがすぅ……と消えていく。あのスイッチを踏んでしまったのか……。


「何も、無根拠に『初恋至上主義』なんて信条を掲げてるわけじゃないよ? 初恋の人と添い遂げるのが一番幸せだって言うのは、ちゃんとした理屈と根拠があるんだよ? それはすっごくシンプル。『初恋は全ての基準になる』から」


 こうなると、もう、口を挟む余地はない。


「もしもわたしが、今後真一以外の人とお付き合いしたとして……ああ、そんなの考えるだけで気持ち悪くて吐き気がするけどね? でも、真一が分かってくれないみたいだから仕方なく仮定するね? あくまでも仮定の話、空想、ありえない——ううん、あっちゃいけない想像だってことは理解して聞いてくれるかな?」


 俺ににじり寄ってくるドレス姿の咲穂。サイコホラーのワンシーンだ。


「わたしがもし誰か真一とは違う人とお付き合いをするとしても、その人と何かするたびに真一のことを考えちゃうんだよ。真一だったらこんな時なんて言うかな、真一だったらどんな風にあたしを抱きしめてくれるかな、真一の唇の感触は……って。ずっと、ずっと、ずうっと、だよ? そんな風に思うくらいなら、初恋の人と結婚して、全部の『初めて』を初恋の人にもらってもらうのが一番幸せだよね? こういうことを言うと、たまに『1人目が運命の人とは限らないんだから、ちゃんと色々な人と付き合って見極めなきゃ』だなんて正論っぽい暴論を言ってくる人がいるんだけどね? でも、色んな人と付き合って厳選したいだなんて気持ち、わたしには全然分からないよ。だって、」


 さすがに息がもたなかったのか、そこでたった一息だけ吸って、彼女は宣言する。




「わたしは、わたしの『初めて』から『最後』まで、ぜんぶ、真一にあげたいんだもん」




「咲穂、分かった。分かったから……!」


 言われている情報量や、内容、雰囲気、全てにクラクラし始めた俺は、どうにか止めるために咲穂の肩を押さえる。


「本当? 本当に分かってくれた?」


「ああ、分かった」


 嘘はついていない。現状ではそうなのだということは、分かっているつもりだ。


 俺の心配は、今の咲穂の気持ちにではなく、『恋の魔法はいつか必ず解けてしまうんじゃないか?』というところにある。


 ただ現状の咲穂にとって、それは想定から大きく外れたところにあり、問いただしたところで、意味のある回答は得られないのは明白だった。


 そういうところも今後の留学で判然とさせていくしかない、ということだろう。


「これでも、本当はかなり譲歩してるんだよ? かなり、我慢してるんだよ? わたしが人生をかけて伝えてきた気持ちが届いてないんだって。わたしがいるのに、お嫁さん探しなんかする真一に腹だって立っちゃいそう。そういうのも、分かって欲しい」


 普段どこかおちゃらけている調子の咲穂が、感情をあらわにして語りかけていた。


「まあ、でも、一応、この留学への参加は許してあげるけどね? わたしと結婚した後に、わたし以外に目移りしないように。自分の意思でわたしを選んだって過去を刻みつけるために」


「咲穂……」


「わたし、負けるつもりはないからね?」


 彼女はそう言って、満開の笑顔を咲かせた。

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