第9話:火蓋は切って落とされた

 全員との挨拶が終わると、十条さんと一緒に屋上に上がる。


 18時を過ぎて、日は傾いている。


「屋上は、プールになってるんですね」


 リゾートプールとでも言うのだろうか。


 プールサイド(サイドと呼ぶにはそちらがメインというくらいの広さだが)には、バーカウンターやスタンドテーブル、デッキチェアやとうを編んで作ったようなソファが置いてあり、そこかしこにキャンドルが灯してある。さらに外側には椰子の木のような植物が植えられていて、オリエンタルな雰囲気を醸していた。


「花嫁候補の皆様は先ほど別室で女性同士の自己紹介を終えて、部屋に荷物を置いて身だしなみを整えてからいらっしゃいます。その後、最初のドリンクパーティが行われます。そこでもう少し詳細なルール説明をさせていただきます」


「分かりました」


 そんなことを言っている間に。




「わぁ、すっごぉーい! りぃ感動!♡ あ、真一くんだぁ! おーい!♡」


「ちょっと莉亜ちゃん? 真一に最初に声かけるのやめてもらっていいかな?」


「不可解です、咲穂さん。お兄ちゃんの一番を守ることになんの意味があるのです?」


「んっ、マノンちゃん、ナイス! 綺麗な景色で醜い争い! 逆に映えるわ!」


「あはは、醜い争いだって。渋谷は単刀直入だね。どう思う、平河?」


「ねえ、神田さん。外野面して、しれっと抜け駆けしないでもらえるかしら?」




 声の方を振り返ると、6人の女性が先程の着飾ったドレス姿のままやってきていた。


 それにしても、改めて6人並ぶと壮観だ。


 桃色、黒、白、赤、翡翠ひすい色、紫。


 それぞれのドレスと同じように、タイプは違えど、それぞれが世間一般で抜群に魅力的な女性なのだということは、俺でも分かる。


「皆様、どうぞあちらのドリンクカウンターでお好きなお飲み物を受け取ってください」


 十条さんが指し示す方を見ると、木で出来た東屋のような屋根の下のおしゃれなバーカウンターが。バーテンダーさんが何人か並んでいる。


 十条さんを入れても8人しかいないというのに、この待遇はどうしたことだ。


 俺の母親は、俺の花嫁探しに本気で遺産のほとんどを投じたらしい。そうまでして彼女が俺に社長を継がせたかった理由をどこかでしっかり考えるべきなのだろう。


 なんにせよ、せっかくのパーティーだ。


 気は抜けないが、ここで立ち尽くしていても仕方ない。俺も飲み物を取りに向かうか、と思ったその瞬間。


「真一くーんっ!♡」


 俺の右腕にぎゅっと抱きついてくる眩しい笑顔。


「何飲むぅ? 一緒に見に行こぉ?♡」


 元トップアイドル・目黒めぐろ莉亜りあだった。


 日も暮れつつあるというのに、至近距離から太陽光のように照らされて、俺は少しのけぞる。


 いや、ていうか、腕に感じた感触が想定外に柔らかく弾力があって、心臓が跳ねる。


 美少女なのに胸まであるとか、神様も不公平なことをするもんだ……などと天国の方向に意識を飛ばすことで冷静を装った。……いや、それ昇天してるな?



「ちょっと、わたしの幼馴染で未来の旦那さんに気安く抱きつくのやめてもらえるかな?」


 頬を膨らませる幼馴染・品川しながわ咲穂さきほにもう片方の腕を取られる。


「んー? りぃの未来の婚約者の間違いじゃない?♡」


「わたしはもう何年も前に婚約してるんだよ?」


「へぇ〜、小さい頃の約束を大事にしてるんだぁ! 咲穂ちゃんってメルヘンだね♡ 頭の中もお花畑って感じぃ♡」


「そんな安い挑発には乗らないよ?」


 ギンギンに目を剥く咲穂。いや、がっつり乗ってるじゃん……。


 視線を逃すと、舌なめずりをしてこちらを撮影している渋谷しぶやユウ。


 不機嫌そうに腕を組んでこちらを睨んでいる大崎おおさきすみれ。


 バーカウンターで一足先に頼んだのか、ドクターペッパーを飲んでいる平河ひらかわ舞音まのん


 そして。


「平河、何飲む? 忙しそうだからあたしが持っていってあげようか」


 余裕な微笑みを浮かべて声をかけてくる神田かんだ玲央奈れおな


「ちっ……」


 そんな彼女を見て、一瞬俺の右側から舌打ちが聞こえた気がした。


「莉亜?」


「なぁに? 真一くん?♡」


「あ、いや、なんでもない……」


 絶対舌打ちしたじゃん、怖いよ女子……。





 そんなこんなでバーカウンターでそれぞれ飲み物を手にした俺たちのもとに、十条さんがやってくる。


「それでは、今後の流れを簡単に説明します。質問があれば適宜聞いてください」


「ハーイ!」


 ユウがスマホを構えた手とは逆の方の手を挙げながら、代表して答えてくれる。


「皆様にはこれから、ここ、六本木スカイタワーを拠点に共同生活をしていただきます。こちらをご覧下さい」


 十条さんがそう言って指をパチンと鳴らすと、プールの上に、六本木スカイタワーの3Dホログラムが投影された。


「何これっ! すごい!」


 ユウが興奮しながらそちらにスマホカメラを向ける。


「ここ、六本木スカイタワーには、皆様のお部屋のほかに、こちらのリゾートプール、サウナ&スパ、ライブバー、カフェ、プレイルーム、ライブラリなど、いわゆる高級ホテルにあるようなものはすべてご用意がございます」


 言葉と同時に、ホログラムスカイタワーの各所から線が出てきて、どこに何があるかが図示された。


「このプログラムのためだけに運営するには、さすがに豪華すぎると思うのですけれど……。何か裏があるのでしょうか?」


 大崎が挙手して質問をすると、「ご質問ありがとうございます、大崎すみれ様」と十条さんが頷く。


「ご懸念、至極ごもっともです。こちらの設備は恋愛留学の期間は皆様の貸切ですが、来年以降、結婚式も執り行えるようなVIP向けの貸切ホテルとして開業する予定です」


「では、私たちは試用トライアルを兼ねていると?」


「おっしゃる通りです。ご理解が早くて助かります」


 なるほど。結婚式場とホテルは確かに密接な関係がある。


「今回、皆様のスマートフォンからはSIMカードを抜き取らせていただいております。その上、スカイタワーにはWi-Fiも通じておりません。ホテルの中では、私への連絡用の内線通話システムだけはありますが、皆様同士では直接対面のみのコミュニケーションをお願いしております。他に、情報を知りたい場合はライブラリにある新聞やデータベースをご活用ください」


「データベースってなんですか?」


 今度は神田が質問をする。


「国会図書館に匹敵するほどの、世界中の書物やネットの公開情報を集積した、ヒラカワグループが作った電子百科事典です。電子なので、適時情報は更新されていきます」


「へえ、退屈しなさそうですね」


「全てを読み解くまでには一生かかっても足りないでしょうね。ちなみに、こちらのデータベースや内戦通話システムなど、留学中の基盤となるシステムは舞音様が作成なさいました」


「このちっちゃい子が!? へえ、すごいのね!」


「不可解です。体格と脳の出来はなんの相関もないのですよ」


 頭を撫でくりまわすユウの手から、不愉快そうに舞音が逃げる。


「では、実際のルール説明に参りましょう」


 そっと固唾を呑む。


 ここは大事なパートだ。どうやって彼女たちを見極めていくかが変わってくる。


「まず改めて確認ですが、この留学の目的は、真一様の生涯の伴侶を見つけることです」


 ごくり、と俺以外のどこかでも、唾を飲み込む音が聞こえた。


「そのために、シーズンごとに1回のフラワーセレモニーを予定しております」


「シーズン? フラワーセレモニー?」


「フラワーセレモニーとは、真一様が一緒に過ごしたいと思った方に、花束ブーケを渡す儀式です。こちらのフラワーセレモニー1回ごとに1人、この留学から帰っていただきます」


 自己紹介の前に十条さんから説明があった通り、これは、1人ずつ脱落者を出すプログラムなのだ。


 女性陣も参加時に聞いていた話らしく、いまさら「なんでそんなひどいことを!」と声が上がる様子もない。


「1回目のフラワーセレモニーまでをシーズン1と呼びます。その後は順番にシーズン2、シーズン3……と続いていきます。本日は、シーズン1の説明だけをさせていただきます」


 十条さんは、人差し指で空を指す。


「皆様には、今シーズンにて、合計5つのデートに向かっていただきます。まずはじめに、わたくし共が企画しました【グループデート】が2つございます」


「グループデートっていうのは、真一と何人かでデートをするってことですか?」


「そういうことです。今回冒頭2つのグループデートは、両方、真一様と3名ずつの合計4名でのデートとなります」


「第一印象を決めるデートってコトね。ここでメンバー紹介、と……」


 ユウは動画の構成を考えているらしい。


「1つめのグループデートは神田玲央奈様、目黒莉亜様、渋谷ユウ様の3名様。2つ目は、品川咲穂様、平河舞音様、大崎すみれ様の3名様と真一様で行っていただきます」


「1つめが『初対面グループ』で、2つめが『元々知り合いグループ』ってことかあ」


「明け透けに言ってしまうと、そういうことですね」


 咲穂のあいづちに十条さんが微笑む。


「それぞれで対決をしていただき、勝ち抜いた方には、それぞれ【追加エクストラデート】の権利が与えられます。グループデートの直後、2人きりで過ごす権利です」


「2人きり……!」


 場がにわかに色めき立つ。


 俺と過ごすこと自体にどれだけの価値があるかはさておき、このプログラムにおいて、2人きりで話す時間があった方が、ことを有利に運びやすいと言うことは分かる。


 俺にとっても、彼女たちをより深く推し量る機会になるだろう。


「そして、2つのグループデートが終わったら、次に、2つの【1on1デート】に行っていただきます」


「1on1デート? 今度は、真一と2人きりで、っていうことですか?」


 また咲穂が尋ねた。


「そういうことです。追加エクストラデートとは違い、真一様が行く相手と行き先を考えます」


「あ、そうなんですか?」


「ええ、そうなんです。もちろんサポートはさせていただきますよ」


 虚をつかれて素っ頓狂な声が出てしまった。


 とはいえ、これは悪い話じゃない。なるほど、どうしても話が聞きたい相手がいればそこでじっくり話すことはできるということだ。


「そして、1on1デートが2つ終わった後は、最後に【全員オールスターデート】を行います。こちらは、全員でのデートです。そこが真一様にアピールする最後のチャンスになります。こちらでは特に対決の予定はございません」


「全員! 撮れ高がありそうでサイコーね!」


「全員……。賑やかで疲れそうです」


 ユウと舞音が正直すぎる感想を口にした。


「そして、また最後にまた六本木スカイタワーにて、【フラワーセレモニー】を行います。ここで、5名、残る方を真一様に選んでいただきます」


 ということは、


「つまり、1名、この留学から帰っていただく方が、ここで決まります」


 やっとここで1人目の脱落者が決まる、ということだ。


「ここまでが、シーズン1の流れです。何か、ご質問はございますか?」


 2、3秒誰も声を発さないことがわかると、


「大丈夫みたい!」


 と、またユウが返してくれる。


 脱落者の話が出て、重い空気になるかと思いきや、女性陣の顔はあっけらかんとしたものだった。


「では、ドリンクパーティに戻りましょう。真一様、乾杯のご発声をお願いいたします」


「えーっと……」


 話すのは得意ではない。ただ、多くの経営者、リーダー格の人材がこういった場で短い話をする様子を、パーティーなどで何度か見てきた。


 俺も、経営者を目指すなら避けられないことだろう。


 大丈夫、俺ならできる。できなければいけない。


 この留学の先を占う、大切な第一声だ。




「か、かか、きゃんぱいっ!」




 ……仕方ない。次頑張ろう。

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