第18話:香水
手始めに、4人で手分けしてログハウスを調べる。
「1階がキッチンとリビングとダイニング、2階がそれぞれの寝室というレイアウトのようですね」と、
「2階を見てきたけれど、寝室には、それぞれの部屋にダブルベッドが1つずつと、小さなテーブルが1つ、固い椅子が2つと、お風呂とトイレしかないみたい。お風呂は寝室にあるものだけで、トイレは1階にもあるわね」と、
「キッチンに食器とか調理器具はあるけど、冷蔵庫は空っぽだから、なんとかして買いに行かないといけさなそうだな……」と、俺が言うと、
「家の周りをぐるっと一周してきたけど、建物の脇にバイクが一台あるだけだったよ。それで行けってことかなあ」と、玄関に戻ってきた
ていうかなんか、その状況の整理の仕方、推理のヒントを整理しているみたいなんだけど。
ここで密室殺人とか起こらないだろうな……?
「
「ん? ……おっ?」
いつの間にか横に立っていた大崎が、俺の耳元に手を伸ばしてくるので、反射的に避けてしまう。
その時、ふわっと、ラベンダーみたいな香りがした。
「そんな怯えないでちょうだい。髪に糸くずが付いていたから取っただけよ」
俺の髪に付いていたという糸くずを見せてくれる。
「……香水。あの頃と変わってないんだな」
「そう、覚えていたの」
大崎はふふ、と微笑んだ。
「昔の恋人の匂いが忘れられないのね、平河くんたら。未練がましいのはどっちかしら?」
「いや、えっと……」
本当なら何か言い返し返したいところだが、再度鼻先をくすぐるその香りに内心動揺していた。
付き合っていた頃、彼女は香水を付けていた。中学生には珍しいんじゃないかと、嗅ぎ慣れない匂いを俺が指摘したことがある。
『この香り、私がピローミストに使っているのとほぼ同じなのよ。落ち着いた気持ちになれるから、緊張する時や舞い上がってしまいそうな時に付けているの』
『緊張してるのか? どうして?』
『意地悪な質問だわ、平河くん』
そして、彼女は言った。
『好きな人と2人で出歩くのは、私だって緊張するし舞い上がってしまうものよ?』
あの日の大崎のはにかんだ笑顔を思い出してしまい、俺は
「
ずずいっと、大崎と俺の間に咲穂が割り込んでくる。
「ミニマリストな真一の荷物はこのリュックだけだよね? わたしの部屋に持って行っちゃうね? わたしが勝つ予定だからいいよね?」
「ああ、うん。えっと……?」
「品川さん、まだあなたが勝つと決まったわけでは……」
「はいはい、分かってますう」
ラベンダーの香りにふわふわしてしまっている俺の腕を咲穂が掴んで、むすっと顔でささやく。
「もう、真一。しっかりしてよ」
大崎の言う通り、誰が勝つかはまだ分からないので、とりあえず女子3人がそれぞれの部屋を確保し、結果発表の後、勝った人の部屋に俺が行くことになった。
荷物を整理したりした後、鳩時計が時刻を知らせる。13時だ。
「さっき平河くんが言ってた通り、夜ご飯の買い出しに行かないといけないのだけれど、徒歩圏内にはコンビニもスーパーもないわね。移動手段はバイクだけ。この中の誰か、バイクの免許を持っているのかしら?」
大崎が首を傾げると、咲穂がニマニマとした笑みを浮かべる。
「あれー? 知らないのー? そっかあ、大崎すみれは『中学時代』の、『元』彼女だから、知らないかあー」
「……何よ?」
「さて、なんだろーね?」
「はあ……もう言わなくて結構よ。文脈を読めば分かるわ。平河くんが、16歳になってから免許を取ったのね」
「まあ、そういうことだ」
自分のことなので、横から応じる。
新聞配達やフードデリバリーなど、免許を持っていることで効率よく稼げたり、時給を上げられるようなアルバイトは意外と多い。
デリバリーも行うファストフード店でのバイトをしていた時、免許を取ると店から補助金がもらえるという機会があったので、そのタイミングで取ったのだ。
「それじゃあ、平河くんは行くとして、もう1人誰が行くか、ね」
「じゃんけんだね?」
手を捻って組んで拳の覗き込もうとする咲穂の手首を「ちょっと待って、品川さん」と、大崎が掴む。
「何かな?」
「あなた、辞退するのはどうかしら? 実際、平河くんと行くのは得策じゃないわ」
「わたしがそんな嘘に騙されると思ったのかな? なるべく長く真一の視界に入ってるのが有利なんだから、真一といられる時間が長い方が有利でしょ?」
咲穂が顔をしかめると、大崎はやれやれ、と首を横に振る。
「嘘じゃないわよ。緊張している時には一緒にいないほうがいいって言われたでしょう? 冷静になって考えたら分かることよ。買い物に一緒に行く人は、平河くんがバイクを運転する前後にも一緒にいることになるわ。人を乗せてバイクを運転する人間が、リラックスすると思う?」
「それは、たしかに……? んー……?」
「不可解です」
納得しかけて、それでも納得しかねる咲穂の横で、舞音が眉をひそめる。
「マノンもすみれさんと同じように、買い物に行く方が不利だと思うです。買い物中にリラックスした気持ちになるとも思えませんし。なのに、すみれさんはどうしてそんな助言をするのです? 咲穂さんもマノンも辞退したら、すみれさんが行くことになるです。すみれさんは行きたいのですか?」
「それは……」
理詰めされてたじろぐ大崎に、
「それもそうだね? 大崎すみれ、どうして? 裏があるとしか思えないけど?」
咲穂が詰め寄ると、
「裏なんかないわよ。ただ、私は、ふたりの……」
少し考えるような間があったあと、
「ふ、ふたりの……そ、そうね、あなたたち2人の現状と比べて不利だと思うの。同居していたこともある舞音さんと、幼馴染の品川さん。普通にしていたら、リラックスをさせられるのはあなたたち2人の方よ。だから、多少のリスクを背負ってでも、私は平河くんと過ごす時間を増やすべきだと思ったの。それだけよ」
大崎はやけに
「……分かった」
「品川さん……!」
咲穂の言葉に、大崎の目に希望の光が灯る。
「それじゃあ、じゃんけんしよっか?」
「はい?」
だが、次の瞬間、その瞳が疑問符で暗くなった。
「えっと、品川さん。聞いていたかしら……? だから、あなたが辞退すればいいだけの話なのだけれど……」
「あのさあ、大崎すみれ?」
再度、咲穂は『馬鹿なのかな?』という顔をして言い放つ。
「わたしは、真一に認識された状態で買い物デートしたいだけだからね?」
「お兄ちゃんに認識されてない状態の買い物デートがあるみたいな言い方ですね……」
それな……。
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