第17話:俺の元カノと幼馴染と義妹が以下略

「『一緒にいる時が一番落ち着く』という関係性こそ、夫婦には肝要ではないでしょうか」


 栃木県にある、高級リゾート地・那須なす


 その玄関口である那須インターチェンジからリムジンで15分ほど走ったところに建てられたログハウスの玄関口で、十条じゅうじょうさんはそう言った。


「それ分かるなあ。わたしも、真一しんいちといる時とか真一をてる時が一番落ち着くもん」


「『みてる』にあてている漢字がなんだか不穏な気がするのだけれど……。ストーカーだなんて犯罪行為をしている最中に心が落ち着くというのはどうかしてるわよ、品川しながわさん」


「犯罪行為ー?」


 元カノ・大崎おおさきすみれの真っ当なツッコミに、幼馴染&ストーカー・品川しながわ咲穂さきほが首をかしげて応戦する。


「とっくの昔に別れてるにも関わらず、こんなところまでやってくる未練がましいオワコン元カノさんが何か言ったかな?」


「未練がましくなんかないわ。私は私の目的のために来ているだけよ。私が世界で唯一、平河ひらかわくんとお付き合いしたことがある人間だからって、目の敵にするのはやめてもらえるかしら。一介のストーカーさん?」


「ストーカーだったらなんだっていうのかな? そのおかげで、真一のことで知らないことなんか一つもないんだよ?」


「へえ? 本当かしら? じゃあ、平河くんにとっての人生初デートでお昼に食べたものは何か知っている? ああ、もちろん、そのデートは私と行ったものだけれど」


「うわあ、安い挑発だね? そんなの、知ってて当然な当たり前の常識だよ?」


 安い挑発だ、などと言いながら、ガッツリ乗っかる品川咲穂さん。


「ちなみに、大崎すみれ的にはどっちを人生初デートにカウントしているのかな? 付き合う前の学園祭視察のことなら、1年3組のタピオカミルクティー。付き合ってから最初のゲームセンターデートのことなら、チーズバーガーセットでサイドメニューはポテトM、ドリンクはオレンジジュース。だよね?」


 つらつらと繰り出される情報に、大崎がドン引きしていた。


「き、気持ち悪いわ……! どうして本当になんでも知ってるのよ……」


「なんでもは知らないよ? 真一のことだけ」


「うっ……。平河くん、よくこんな子と普通に接していられるわね……!?」


 信じられない、という顔で俺を見る大崎。


「でも、大崎すみれも、それが正解だって分かったってことは、どっちも覚えてたんでしょ? 同じくらい大切な記憶なんだよね? 未練がましいのは認めるね?」


「あっ」


 あっ?


「私、記憶力がいいのよ。一度起こったことって忘れられないの。それがどんなにちっぽけでしょうもない情報だとしても、ね。頭が良過ぎるのも困りものだわ」


「今、『あっ』って言わなかった?」


「なんのことかしら……?」


「不可解です。どうしてそんなにずっと、どうでもいい話が出来るのです?」


 犬猿の仲の2人がじゃれている(?)と、これまで黙っていた義妹・平河ひらかわ舞音まのんがうんざりした様子で挙手をする。


「十条さんのお話の途中です。途中というか、まだ一言しか発してませんけど。なのに、そんなに無益な話を延々と出来るなんて、不可解です。お兄ちゃんの初デートのご飯なんてどうでもいいことなのですが」


「「ご、ごめんなさい……」」


 あまりの正論に2人が謝る。舞音がこんなに不機嫌をあらわにするのは珍しいな。


「……ちなみに、どうでもいいことですが、お兄ちゃんがマノンに初めて作ってくれたご飯は生姜焼きです。おふたりはお兄ちゃんの手料理すら食べたことないでしょうけど。まあ、お兄ちゃんとほぼ2人暮らしで、毎日のように手料理を食べられたマノンにとっては、どうでもいいことですが」


「「て、手料理……!」」


 食いつくな。手料理に。


「はあ……十条さん、お話を続けてください。『夫婦たるもの、一緒にいる時が一番落ち着く関係性であるべきだ』というのは分かりました。それを証明するのが別荘での宿泊ってことでしょうか?」


「ええ、そう考えております」


 らちが開かないので、俺が話を戻すと、しばらく蚊帳かやの外に追いやられていたことをなんとも思っていない様子で、十条さんは淡白に頷く。


「ディアスリーランドのデートでは真一様のハッピーホルモンを一番分泌させた方を優勝としました。今回は、ここ、那須のログハウスで真一様を一番リラックスさせた方を優勝とします」


「今度はリラックスですか」


 前回のディアスリーデートとは真逆の指標に感じるが、たしかにそれも夫婦関係に大切なものには思える。


「これから午後10時まで、真一様のスマートウォッチにて真一様がリラックスしているかどうかを測定します。人はリラックス状態になると、脳内の副交感神経系が活発になり、心拍数が減少し、血圧が下降し、血液の流れが良くなります。その時間と度合いをスマートウォッチで計測するというわけです。そして、」


 ここが重要です、と言わんばかりに一呼吸置く。




「真一様がリラックスしている時間、真一様が視界に入れている方にリラックスしただけのポイントが加算されます」




「一番近くにいる人ではなくて、視界に入っている人、ですか?」


 ディアスリーの時とはポイントが入る人の選定基準が少し違うらしい。


「ええ。皆様一つ屋根の下に宿泊していて、物理的な距離はほとんど変わりませんので」


「『視界に入っているかどうか』というのはどのように判断するのです?」


 今度は舞音が挙手した。


「開発チームによると『脳が思い浮かべている人』ということとほぼ同義とのことです」


「じゃあ、写真や動画を見ていても視界に入っているのと同じってことかな?」


「そうなりますね」


 咲穂は「なるほど」と、うなずく。


「まとめると、真一の目の前で真一を一番長く、深く、リラックスさせた人が勝ちってことですね?」


「はい。反対に、緊張や興奮や不安といった状況になっている時に視界に入っていらっしゃる方は減点されますので、ご注意ください」


「色仕掛けや監禁は逆効果ってことね……」


 大崎がぼそぼそと怖いことを呟く。莉亜りあはどっちもやろうとしてたけどな……。


「そして、対決に勝利した方には、【追加エクストラデート】をご用意しております」


「そうそう! それが気になってたんですよね」


 咲穂が待ってました、とばかりに手を叩いてから、「あれ?」と首をかしげる。


追加エクストラデートって言っても、優勝者が決まるのって夜10時なんですよね? それからってもう寝るだけじゃないんですか?」


「おっしゃる通りですね。……ところで、こちらの別荘、少々手狭でして、3LDKとなっております。私は近くのホテルに宿泊しますが、1部屋足りません」


「3LDKってことは寝室は3つってことですよね? 真一、わたし、舞音ちゃん……。3人ぴったりですよ?」


「『3人ぴったりですよ?』じゃないわよ。私を故意に抜かしているでしょう……」


 さりげなく大崎を排除した咲穂に、大崎がこめかみを押さえながら指摘を入れた。


 舞音はその脇で、その小さな手を指折りながら、現状を整理する。


「つまり、3部屋に、お兄ちゃん、咲穂さん、すみれさん、マノンの4人が宿泊するので1部屋足りないということになるですね。不可解です……。ん、もしかして」


「ええ、そういうことです」


 気付いたらしい舞音の目配せに、十条さんが頷く。


「優勝した方は、今夜、真一様と同じ部屋に宿泊していただきます」


「平河くんと同衾どうきん……!」


 またまた、大崎は『同衾』なんて古風な言葉を……どどど同衾!?


 俺は慌てて手を挙げる。


「じゅ、十条さん。同じ部屋とはいえ、ツインルームですよね……?」


 ツインだとしても同部屋な時点で俺には刺激が強すぎるが、せめて、ということで確認する。が、しかし。


「いえ、ベッドはお部屋に一つですし、ソファーやお布団などのご用意もございません」


「まじですか……」


「まじです」


「うへへ、真一のうでまくらかあ……!」


「ふむ。たしかに、お兄ちゃんと同じベッドで寝たことはない、ですね」


 取らぬ狸でよだれを垂らしそうな咲穂と、皮算用で若干頬をあからめる舞音。そして、


「そっか、お風呂にさえ連れ込めれば……、いや、でも……」


 かなり大胆なことをめちゃくちゃ真顔でぼそぼそ呟く大崎すみれ。


「おい、大崎……お、お風呂って……」


「あっ」


 あっ?


「私、毎日必ずお風呂にアヒルの人形を連れ込むのよ。そんなに変なことかしら? 変なことじゃないわよね?」


「ああ、うん……」


 当然『その歳で? その性格で?』という疑問は浮かんだが、この話をこれ以上拡げるのは許さない、というものすごい圧を感じたのでとりあえず口を閉じる。


「それでは、これからスタートです。夜にまた伺いますね」




 俺は今回も、この別荘デートで自分がすべきことを考えていた。


 実際、今回のデートの内容には同意できる部分が多い。


 この留学で無事誰かと結ばれてヴェリテの社長になれたとして、そこから先、ヒラカワグループのトップを目指して、俺はまだ走り続けることになる。その時、俺が家庭に求めるのは、おそらく平穏だ。


 離婚せずにいられる関係、という意味でも、夫婦でいられる時間にいかに心が落ち着くか、というのは重要な観点ではあるだろう。人生を最も長く共に過ごす相手なのだから、少なくとも緊張やストレスを感じる相手ではいけないということも頷ける。


 今回は、彼女たちを出し抜くようなことはあまり考えず、自分の身体が測定してくれるリラックス値に身を委ねるのが得策だと思われる。


 逆に言うと、ルールを逸脱するような行動からは身を守る必要があるということにもなるが。


 俺は改めて、参加者の3人——大崎すみれ、品川咲穂、平河舞音を見る。



 うーん、3人とも、なんかしてきそうだなあ……。

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