第16話:その瞳が輝く理由
「サイコー! キャラクター全員がこっちを見てくれてるわ!」
ユウがパレードに手を振りながら動画を撮影している。
パークの中心部にそびえ立つシャングリラ城の真向かい、つまり常にお城を背景にパレードを見られる場所に設置された特等席。
その前をキャラクターやキラキラに飾り付けられた台車(フロートというらしい)が通り過ぎていく。
キャラクターが乗ったフロートが通り過ぎ、イルミネーションと音楽だけになったころ、
「シン。そういえば、そろそろ髪は乾いた?」
ユウがカメラをおろして、俺に尋ねてきた。
「おかげさまで。スウェットも助かったよ、ありがとう」
「当然よ、アタシが選んだんだもん」
俺はクリーム色の生地にキャラクターの刺繍が小さく入った上下セットのスウェットを着ていた。
制服は汗とスプリンクラーでびしょ濡れになってしまっていたので、見かねたユウが「あんた、カゼひくわよ」とプレゼントしてくれたのだ。園内特製のトランクスとバスタオルもセットで。
いつの間にか俺は、純粋に彼女のことを知りたいと思っていた。
「ユウはどうしてYouTuberになろうと思ったんだ?」
ユウは、「何よいきなり?」と少し照れくさそうに笑ってから。
「アタシが生きていた証を残しておきたいの」
「え……」
なんでもないことのように彼女は言うが、それって、とんでもなく重大な——文字通り、重くて大きな情報なんじゃないだろうか?
「ユウ……もしかして、死ぬ予定があるのか?」
「は? あんたは死ぬ予定がないわけ?」
「え?」
質問の意味が分からず、素っ頓狂な声で聞き返す。
「あんたは不老不死なのかって聞いてるのよ」
「いや、そんなことないけど……」
「分かってるわよ、そんなコト」
半目で鼻からため息をつくユウ。
「アタシね、小学生の頃に、成功率70%の手術を受けたコトがあるの。生まれつきのちょっと大きな病気でね」
「……そうなのか」
「シン、全身麻酔ってやったことある?」
「いや、ない」
母親のお見舞いで病院にはよく通っていたが、俺自身は至って健康体でそういった経験はまだしたことがなかった。
「全身麻酔ってね、点滴を挿したあと、口に酸素マスクみたいなのをハメられるのよ。それで『数字を数えてね』って言われるの。『1、2、3……』って。数えているうちに麻酔が回ったら黙るから、それで意識がなくなったのを確認するみたい」
「なるほど」
数字でなくても、五十音を言ってくださいとかでもいいのかもしれない。
「普通、それって、2か3くらいで黙って意識を手放すらしいの。でも、アタシ……10以上数えていたわ。麻酔が効かない、ってお医者さんが焦った頃にやっと意識を失ったって」
「効きにくい体質なのか?」
「多分違うわ」
ユウは首を横に振る。
「アタシはその時、眠らないために必死だったの。成功率70%よ? 逆に言えば、30%の確率で、もう二度と目を覚まさないかもしれないってコトだもん。そう思ったら、怖くて、もっと色んなコトしとけば良かったなって思って……。それで、離れていく意識をがっちり掴んで離さなかったってわけ」
「二度と、か」
俺はそっと想像してみる。
目をつぶって、眠ったら、もう目覚めないかもしれないという状況を。
10回に7回は成功する。でも、10回に3回は失敗する。
野球の打率とかゲームの技の命中率とかならともかく、生きるか死ぬかの70%はあまりにも心許ない数字だ。
「ま。そんな深刻な顔しなくても、結果は、見ての通り、70%の方になったんだけどね。今は心身ともに健康そのものよ。再発の可能性もほとんどないらしいわ」
「……そうか」
俺は自分でも意外なことに、深く安堵しているのを感じていた。
「でも、いつ死ぬか分からないのは、これからも一緒だってその時に思ったの。だったら、その時に後悔しないように、『ああ、良い人生だったわ』って思えるようにしたい。そのために、なるべく早く、なるべくたくさんの経験をしておくべきだって、そう思うのよ。やりたいコト、全部やるべきでしょ?」
『あんた、何歳まで生きるつもり?』
『それが、明日かもしれないわ。だったら体験して早すぎるコトなんて一つもないでしょ?』
初対面の時にユウが言っていたことの意味がやっと理解できた。
そうか、彼女はきっと、毎日を人生最後の日だと思って生きているんだ。
「それで、生きていた証か。誰かの
「察しがいいじゃない! そこで『
ユウは嬉しそうに微笑む。まあ、俺も母親を亡くしてるからな。
「そう、記憶なのよ! 記録は見られなくなったら終わりだけど、アタシの動画を見た人がアタシの記憶を持ってくれている限りはずっとアタシは生き続けるもの! それに、アタシの動画がきっかけで何か行動を起こす人がいるかもしれないわ。そしたら、その行動の結果の中にだって、アタシは生き続ける」
彼女は言葉とは裏腹に、目を爛々と輝かせてこちらを見た。
「それってサイコーだと思わない? だから、なるべく多くの人に影響を与えたいの! アタシの見ていた景色を一緒に見て欲しいの! だから、YouTuberってわけ」
パレードが通り過ぎると、花火が上がる。それを見上げながら、彼女は話を続ける。
「アタシ、花火って好きなの。ああいう花火もそうだけど、町の花火大会みたいなやつが特別に好き」
その瞳に、華やかに広がっては煌びやかに散っていく光を映して。
「花火は一瞬で消えるわ。でも、その町の高校生が花火大会に勇気を出して誘った誰かと結婚するかもしれない。花火大会に出店を出した若い夫婦がそのお金で一生の思い出に残る新婚旅行にいけるようになるかもしれない。親に連れられて花火を見に来た子供が同じ感動を与えたいと思って花火師になるかもしれない。そんな風にして、とっくの昔に散った花火も、色んな人に影響を与えて、生き続ける。その意味は在り続ける」
その大きな瞳にその一瞬の輝きをうつしながら、
「……そういうものに、アタシはなりたいのよ」
彼女は力強くつぶやく。
「……そうか」
「まあ、そんなコト言ってたって、たまに怖くもなるけどね? いつ死ぬコトになったって、『もっと生きていたかった』って思っちゃうんじゃないかって」
一転して、少し不甲斐なさそうな顔で微笑む。
……でも。
「それは一概に悪いこととも言えないんじゃないか?」
「どういうコト?」
「もっと生きていたい人生って、つまり、終わるのが惜しいほど充実して楽しい人生だったってことだろ? それ以上に幸せなことってあるか?」
「…………!」
ユウはその普段から大きな両目をさらに大きく見開いて、こちらをじっと見ている。
「……どうした?」
不安がつのる。
なんせ、生き死にの話だ。
何か不謹慎なことを言ったのかもしれない、と身構えた瞬間。
「それもそうねっ!!」
ユウがその顔を、文字通り目と鼻の先まで近づけて、
「それってとってもいい考え方だわっ! アタシの目標を180度変えちゃうくらいの!」
と大きな声をあげた。
「アタシの今まで目標は、『いつ死んでもいいくらい充実した日常を送ること』だったけど、訂正!」
そして、笑顔のまま宣言する。
「いつお迎えが来たって、『もっと長生きしたい』って思うくらい、サイコーな人生を過ごすコトにする!」
「そんな簡単に変えていいのか?」
「簡単じゃないわよ! シンが言ってくれたんじゃない!」
「だからそれを『簡単』だって……」
言いかけて、やっぱりやめる。
その目標は言い方が180度違うけど、きっとすべきことは同じことなんだろうから。
勢いがついたらしいユウは、すたっと立ち上がる。
「アタシ、結婚もしてみたいわ! 恋もしてみたい! それってきっと、もっと長生きしたくなるような心地だと思うから! やっぱり高2で早いなんてコトはないのよっ」
「その相手が、俺でいいのか?」
ユウなら、選ぼうと思えばいくらでも選べるだろうに。と笑ったその言葉に、
「うん、シンがいい!」
「……!!」
あまりにも直球な言葉が返ってきて言葉を失ってしまった。
「アタシね、シンのコト、結構認めてるのよ? 自分のために、自分の力でちゃんと生きてる。それって、なかなか出来ないコトだと思うわ」
そして、ユウは俺を振り返って言う。
「だから、アタシの『初恋候補』にシンを選んだのよ! どう? 光栄でしょ?」
花火を背に、白い歯を見せて笑うユウは、逆光とは思えないほどにキラキラした顔を見せてくれた。
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