第11話:非日常系YouTuber

 くじ引きの結果、「りぃ、2番だったぁ」「あたし、3番」「つまりアタシが1番ね!」ということで、ユウ→莉亜→神田の順に乗るものを選べることになった。


 まずは、ユウの希望で、イッツ・ア・ミニマム・ワールドにやってきた。いかだに乗って世界中をめぐる、ゆったりとしたアトラクションだ。


「ユウちゃん、結構地味なの選ぶんだねぇ?」


「意外だね。それじゃ、行ってらっしゃい」


 すると、神田が入り口で手を振る。


「レオナ、あんたは乗らないの?」


「うん。ちょっと、次の自分の番以降のための秘策があるからね」


「秘策……? 何よ、それ?」


「あはは、言っちゃったら秘策にならないでしょ。ま、渋谷は楽しんでおいでよ。目黒はどうする?」


「りぃは行くよぉ。モト取らないと!」



 意外とゲンキンな理由でアトラクションに参加したアイドル・目黒莉亜は1人だけ別の舟(俺たちの前)に乗って、それを見送ってから俺たちは次の舟に乗り込むことになる。


「りぃ、なんか思ってたのと違う……」と首をかしげながら前方へとフェードアウトしていく莉亜。そりゃそうだろうな……。




「よいしょっと……」


 小舟に乗り込むなり、ユウは小型アクションカメラを前方の手すりに設置する。撮影に余念がないな。


「そういえば、ユウはどんな動画を配信してるんだ? 激辛カップ焼きそば食べてみました、とかそういうの?」


「それがシンのYouTuberのイメージなのね、かなり貧相だわ……。でも、そっか、あんた見たコトないんだっけ」


 ユウは簡単に説明してくれる。


「アタシが体験した色んなことをアクションカメラとか、自撮りとかで撮って編集して公開してるの。企画モノっていうよりは、外で撮ることが多いかもね」


「日常の風景みたいな?」


「非日常の風景、よ! アタシの人生は毎日が非日常なんだから! スカイダイビングとか、ほふく前進でダクトを進んでみたりとか……。ま、激辛カップ焼きそばは食べたけど。『非日常体験系YouTuber』ってところね」


「へえ……」


 ほふく前進でダクトはちょっと面白そうだな……。


「でも、じゃあ、ユウはどうしてこのアトラクションを選んだんだ? 結構おだやかじゃないか? まだジェットコースターとかの方が非日常感ありそうだけど」


 舟の外側で各国の住民を模した人形が歌うのを眺めながら質問する。


「決まってるじゃない。このアトラクションが一番長いからよっ」


「なるほど……おぅ!?」


 ふとそちらを見ると、文字通り目と鼻の先に、吸い込まれそうに大きな瞳があった。なんだか石鹸みたいな良い匂いがして、一瞬くらっと来たが、持ち堪える。これしき、誘惑にすら該当しないだろうに。色香に惑わされて本質を見失うべからずだ。


「……お、俺を独占出来る時間が長いほど、ハッピーホルモンが出る時に自分がポイントを得られる可能性が高いからってことか? それとも動画の素材を長く撮りたいとか?」


「どっちもちょっとだけ正解って感じね」


 努めて冷静に返す俺に、ユウはそのままの姿勢で話を続ける。


「あんたがどんなやつなのか、もっと知っておきたいのよ。アタシたちが取り合うことになっている『ヒーロー』だからね」


「なるほど、そういうことか」


 視聴者の『美少女たちに取り合われてるコイツはどんなヤツなんだ?』という疑問を解消したい、ということだろう。それはたしかに番組的には重要そうだ。


「だから、色々聞かせてもらうわ。まず、シンはどうしてこの留学に参加したの?」


「ウェディングビジネスを足掛かりに、ヒラカワグループ全体の経営者になるため。そのためには結婚が必要だったから」


「じゃあ、どうしてヒラカワグループの経営者になりたいわけ?」


「それは……」


 俺は少し逡巡して、彼女の輝いた目の期待していそうな言葉を返す。


「……日本一の経営者になりたいから」


「日本一! あんたもいい目標持ってるじゃない」


 ユウは満足げに頷く。どうやら正解を引いたらしい。


 正確には日本一ではなく、彼が現状日本一の経営者であるために、それを超えるには新しい日本一になるしかないということなのだが、父親との因縁の話をしたところで、理解してもらえるとは思えなかった。


「で、この留学を通して、どんな人と結婚したいわけ?」


「生涯レベルで利害が一致してる人」


「生涯レベルで? 利害? 何それ?」


「さあな」


 生涯レベルで利害が一致するのが良いのは分かるが、それ自体がどういうことなのか、正直俺にはまだ分かっていない。俺にとっては、それを知るための留学でもある。


「ていうか、これ、あまり話すことでもないよな。ユウだけにヒントを与えるのは公平じゃないだろ。みんなでいる時にでも話した方がいいんじゃないか?」


「それじゃあ、わざわざ長時間のアトラクションに来た意味がないじゃない!」


「わざとかよ……?」


 動画撮影にかこつけて、重要な情報を聞き出そうとしていたってことか?


「いいじゃない! これは今日の勝負にも大切なコトなのよ。これからシンが一番楽しめるように園内を回る計画を立てるわけじゃない? そのためには、シンの好きなものとか、苦手なものを聞いておかないと、でしょ?」


「そういうもんか? こういうところの目玉のアトラクションってだいたい決まってるんじゃないのか?」


「何言っちゃってんの?」


 俺の言葉に、ユウは呆れたように目を細める。


「あんたはそのパークの目玉だからって、絶叫嫌いの人にジェットコースターを勧めるの? 高所恐怖症の人に観覧車を勧めるの?」


 そして、その人差し指を俺の胸元に突き立てた。


「シンはシンであって、その他大勢の一般人じゃないんだから。多数決でシンの好みが変わるわけじゃないでしょ? アタシはあんたが一番楽しめるようにしたいのよ」


「おお……!」


 不意に正論というか、ホスピタリティの塊みたいな言葉が飛び出してくるものだから、面食らってしまう。


「何よ、驚いた顔して。アタシをそこら辺のただのカワイイ女の子だと思ってたんじゃないでしょうね?」


「可愛いのは認めるんだな?」


「当たり前でしょ? 自分のこと、カワイくて、カッコイイって誇れるように生きてるんだから。あ、当たり前だけど、外見の話じゃないわよ?」


「内面の話か?」



「生き様の話よ!」



 そう胸を張って強気に笑う彼女は確かに可愛いしかっこいい。


「だから、あんたをサイコーに楽しませるために、あんたの好きなものを教えてくれない? 好きなアトラクションとか、好きな食べ物とか」


 その心意気は認める。


「でもやっぱり、それをユウにだけ教えるのは不公平だろ。清廉潔白であれとまでは言わないけど、もしそれが作戦なら、少なくとも交換条件……つまり俺に対してのメリットの提示が必要だ」


「まどろっこしいけど、それもそうね……」


 ふむ……と考えるような顔になる。表情がうるさいユウがたまに神妙な面持ちになると、やはりこの人も美少女なんだなと思わされる。


 などと思ったのも束の間。


 彼女はニッと歯を見せて笑い、ドヤ顔というかキメ顔というか、とにかく自信満々な表情で、


「教えてくれたら、」


 たっぷり溜めてから、言い放った。




「アタシが、あんたを一生幸せにしてあげるわ!」




「いや、そういう抽象的なのじゃなくて」


「うにゃっ!?」


 俺が即否定すると、まじでびっくりするユウ。なんでだよ。


「幸せにするって言ってるのに? なんでダメなの?」


「漠然としすぎだろ。もっと具体的に、何か俺にメリットを提示してくれよ」


「ううーん……。シンは何が嬉しいわけ? メリットに感じる物を教えなさいよ」


「それって最初の質問と同じことなんじゃ……」


「ぅあー! 面倒なこと言わないで!」


 ユウが頭を抱えて叫ぶ。


「アタシはもっと単純なのがいいのよ! アタシと一緒に来てよかったって、シンに思ってもらいたいだけ! これってそういう勝負なんでしょう!?」


「……それは、そうかもな」


 少なくとも3人にとっては、そういう勝負なのは間違いない。


「もういいわ。他の子に聞かれたら教えてもいいから!」


 胸ぐらを掴んで引き寄せられる。


「とにかく今は、アタシにシンの好きなもの、教えなさい!」




「撮れ高はぼちぼちってところね! でも、シンの傾向と対策が分かったわ!」


「りぃ、全然つまんなかったぁ……」


 ぶつぶつ言いながら出る俺たちをアトラクションの出口で迎えてくれた姿があった。


「おつかれ、3人とも」


「か、神田、その格好は……!」

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