第13話:監禁握手会(?)
その後、3人と順繰りにアトラクションに乗った。
中でも、ユウのコーディネート力は目を見張るものがあった。
ただ単純にアトラクションに乗るだけではなく、アトラクションの裏ストーリーみたいなものを教えてくれたり、写真を撮るならここに立つといいとか、何番目の席だと水がかからないとか、逆にかかるとか、そういったことをガイドしながら回ってくれた。
「どうしてそんなにガイドが上手なんだ?」
遅めの昼食を4人で食べている時にそう聞くと、
「ディアスリーは日本一の
とのこと。さすがインフルエンサーは違う……。
「地力には敵わないね。わたしと目黒は職業柄あまり来たことないから、ちょっと不利なんじゃないかな」
「そぉだねぇ……。りぃは、一回だけお仕事で来たことあるけど」
「そうなんだ? どんな仕事?」
「フィッピー君とフィニーちゃんと一緒に踊る仕事ぉ」
「何それ! リア、あんた、すごい体験してるのね!」
前のめりに食いつくユウ。良いやつかよ。
中間発表の行われる15時前、園内のメインモニターの前に戻る。
体感的には、1位はユウかなと思っているのだが……。
3人が固唾を飲んで見守る中、3人の現在持っているポイントが表示された。
「玲央奈ちゃんが1位!? どぉやったのぉ……?」
「あたしも本当に驚いてる。1位は渋谷だと思ってたから……。でも、だとしたらその理由って……」
俺は自分が情けなくてうなだれる。
「真一くん、どんだけジャージ好きなのぉ……!?」
「口ではアタシが良いみたいなコト言ってたのに、体は正直ね……!」
ユウ、言い方! と思うものの、事実なのでツッコめない。
「……そろそろかなぁ」
ぼそり、と莉亜が口にする。
「目黒?」
「……あ、なんでもない! 次はりぃの番だねぇ! 取り返さなくっちゃぁ!」
取り繕うように笑顔になる莉亜。
そこで俺は、そっと挙手をして提案した。
「一旦、買い物とトイレに行ってもいいか?」
買い物をするために売店に寄ってからトイレから出ると、神田がそこで待っていた。
「ユウと莉亜は?」
「渋谷は、『次のアトラクションをどこにするか、選んでくるわっ』だって。目黒も『行き方を確認して来るぅ』って一旦出ていったよ」
神田が2人の声と話し方を真似て教えてくれる。
「さすが女優、そっくりだな……」
「伊達に経験を積んでないよ」
「無駄に成果を発揮してんな」
軽口を叩いてから、
「そうか、じゃあ……頑張って」
神田は入り口のあたりを指し示すと、
「お姫様が迎えに来たよ」
莉亜が戻って来ていた。
莉亜は自然と俺の手を引いて歩いて行く。
「なあ、どこに行くんだ?」
「りぃじゃないと連れていけないところ、思い出したんだぁ♡」
「そんなアトラクションあるのか?」
「えへへ、アトラクションじゃなくてねぇ。りぃ、実は、バックヤードの入り方知ってるんだぁ。りぃも、玲央奈ちゃんと一緒で表を堂々と歩いたら大変なことになっちゃうから、キャスト……フィッピー君とかフィニーちゃんの中の人と同じ他の人に見つからない経路を知ってるの」
「ほお……」
なるほど、そうきたか。実際、単純に興味はあるな。
ちなみにフィッピー君とフィニーちゃんというのは、ディアスリーランドを統べるウサギのキャラクターのことだ。
「ちょうど、ここから行くんだぁ♡」
莉亜は、トイレの脇のレンガで出来た壁の前に置いてある、使っていないポップコーンのワゴンをガラガラと押しどかす。
「ん?」
「ここからがすごいよぉ♡」
莉亜が、なんの変哲もなく見える壁の一部、ほんの少しだけ黒ずんでいるレンガの真ん中あたりを押すと。
「おおっ……!?」
そこはギリギリ1人分が入れるくらいの隙間が一瞬だけ開いて、すぐ閉じた。
この一瞬で滑り込めということらしい。
「隠し扉ってことか?」
「そぉ、すごいでしょぉ? じゃあ、先に真一くん入って?」
俺は唾を飲み込んで、ボタンを押して入る。すると、すぐ後に莉亜が入ってきた。
「おお……!」
「びっくりしたぁ?」
そこは、バックヤードの通路ではなく、楽屋のようなところだった。ちょうどこの向こう側が舞台になっているらしい。舞台に通じる扉は固く閉ざされている。
楽屋には、電球に囲まれた鏡と椅子が数脚。そして、机の上には鍵が置いてあった。改めて扉を見てみると、鍵穴がついていることに気づく。
どうやら、内側から鍵を使って鍵をかける構造になっているらしい。確かに、外側には鍵が無かったから、誰かが入った後は内側から鍵をかける必要があるよな。でないと、偶然にあのボタンを押した人がこの場所の存在を知ってしまう。
「さすが、考えられてるんだなあ……」
「だよねぇ、りぃもそう思う♡」
そういいながら莉亜が鍵を手に取る。
「いや、本当にすごいな……」
俺がアホみたいな顔をして感想を口にした、その時。
かちゃり、と音がした。
「……莉亜?」
「閉じ込めちゃったぁ♡」
莉亜は、鍵をちらちらと見せてから、その鍵を自らのシャツの中——おそらくはブラと胸の間——にしまった。
「は?」
「ねぇ、真一くん? りぃと5秒間お話するのに、いくらかかるか知ってる?♡」
妖しく、やけに艶かしく微笑んだ莉亜がにじり寄ってくる。
「は? 5秒? いきなりなんだ?」
「1500円かかるんだぁ♡ んとね、5秒の握手券を1枚手に入れるのに、CD1枚買わないといけないから」
そして、その豊かな胸を押し付けるように、身体を正面から密着させて、俺の胸元を人差し指でなぞる。
「ねぇ、真一くん?♡」
莉亜はそのまま俺の胸に手をあてて、じっと至近距離で見つめてきた。
「スキンシップでも、ハッピーホルモンって出るよねぇ?♡」
「ああ、うん、それは、多分そうだけど……」
「だからねぇ、」
高鳴る心臓。歯止めが効かなくなってくる。
「ナンバー1アイドル、目黒莉亜のファーストキスをあげる♡」
「き、キス……!?」
「想像してみて、真一くん」
莉亜は自分の唇に人差し指をあてて、強調する。
「これまで何百万人がいくら積んでも手に入れられなかった目黒莉亜のファーストキスを、真一くんにあげる。最終的にりぃのこと選んでくれたら、その先だって……ね?♡」
「なんで、そんなこと……」
「これからすることがどれだけ価値があるか、真一くんに知ってもらってからの方が、ハッピーホルモンが出るでしょぉ?♡」
至近距離にある唇、身体に伝わる感触。
脳がとろけそうになる。理性が輪郭を失ってこの熱気の中でドロドロでネバネバに液状化していくのを感じる。
きっと、このまま受け入れてしまえば、正直な俺の身体がハッピーホルモンとやらを大量に分泌してしまうのだろう。
いや、むしろきっと、現状できっと大量に分泌されてしまっているのだ。
だが、俺は、
「……それはダメだ」
ここにそういうことをしに来たわけじゃないんだ。
「……え?」
俺は、結婚相手を探しにきた。
離婚せずにいられるような人を、ここまで探しに来たんだ。そして、一番腹の中が探れなかった莉亜と2人で話せるタイミングで、俺がするべきことは、スキンシップなんかじゃない。
「……なあ、莉亜。せっかく2人になったんだ。話をしよう」
「話……?」
莉亜が眉間にしわを寄せる。
「どうして莉亜はそこまでして勝ちたいんだ?」
「好きだからだって言ったはずだけどなぁ……? アイドルを辞めてまで来たりぃにそんなこと聞くのぉ?」
「ああ。莉亜の本当のところが分からなくて。俺のことが好きだからだと言ってくれるけど、でも、俺のことを好きになってくれる意味が分からない。会ったこともないんだぞ?」
「会ったことなくても、りぃにガチ恋してくれてる男の子、たくさんいるよぉ?」
仕方ない、作戦を変えよう。
汗ばむ手でそっと、彼女の両肩を掴む。2秒瞑想。
「じゃあ、莉亜は、俺のこと、どのくらい好きでいてくれてるんだ?」
「どのくらい? いっぱいだよぉ?♡」
「へえ、じゃあ、俺にどこまで許してくれる?」
「どこまで、って……。そ、そんな……恥ずかしいよぉ♡」
莉亜の表情に焦りが生じたのを、俺は見逃さない。
「好きなら、キスよりも先だって許してくれるよな? さっきそう言ってたもんな?」
「も、もちろんだよぉ?♡ ……え、キスより先って……何、かなぁ?」
「む……」
少し口ごもってから、勇気を出して告げる。
「……胸に触る、とか」
「はぁ?」
一瞬虚をつかれたような顔をしてから、莉亜はにへ、と笑顔を取り繕う。
「……って……えっと……今?♡」
「ああ、今だ」
汗ばんだ肩、俺の方も盛大に手汗をかいている。
「なあ、いいだろ? ほら、いくぞ」
「ちょ、ちょっと……焦らないで?♡ ほ、ほら、りぃ、き、キスしたいなぁ!♡」
「俺は胸がいいんだ」
「え、えっちだぁ……やっぱり変態くんだったんだぁ……」
引かれてる。仕方ない、仕方ないんだ……。
「どうしてだ? 今さっき莉亜から言ってくれたんだろ?」
「そ、そぉだけどぉ……!」
震える肩は、甘酸っぱい緊張ではなく、純粋な怯えだと感じられた。
……当たり前だ。ある意味言質を取った形になる。
俺は、そっと彼女の胸元に手を差し伸べる。
「んんっ……!」
甘い吐息と共に強ばる身体。
「ねぇ」
そして、潤んだ瞳が俺を見て、覚悟を宿した眼光と共に口にする。
「……触らせてあげたら、最後まで選んでくれる?」
……ごめん、莉亜。
俺は意を決して、彼女の胸元に手を突っ込む。そして。
おそらく目を血走らせながら、鍵を取り出した。ギリギリ触ってない! 触ってないぞ!
「……はぁ?」
俺は彼女から距離を取る。いや、俺の心臓がもたないから!!
「う、嘘でしょぉっ……!? ありえない! 鍵取るために騙したってことぉ!? 普通、そんなことする!?」
「『普通、そんなことする!?』はこっちのセリフだっての!」
自分を抱くようにして俺に抗議の涙目を向けてくる目黒莉亜。それは普通ならかなり扇情的な光景だろうが、今はそれどころじゃなかった。
「莉亜が本音で話してくれないなら、俺はここから出る!」
「ま、待ってよぉ!」
俺はそっと鍵穴に鍵を挿して抜いた後、押した。
だが。
「は?」
「え?」
……その扉は、うんともすんとも言わない。
「……
「えっ……!?」
莉亜が扉に駆け寄って、扉を押す。
「本当に開かないじゃんっ!?」
先ほどまで「閉じ込めちゃったぁ♡」などと言っていた莉亜だが、一転して閉じ込められた形になってしまう。
「嘘でしょぉ……?」
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