第十六話「最後の力」1/4
私は俊貴くんやお父さんが来る前に一人で釈放される柚季を迎えに行った。
猫の姿である私は物陰を使いながら四本足で素早く街の中を駆けていく。
どうしてそんなことをしたのか、それは私なりに責任を感じていたからだ。お父さんを救うために、事件の真相を探るために、柚季にはつらい立場を強いてしまった、孤独にさせてしまった。
「(柚季?)」
猫の姿の私は公共の場で声を出すことは出来なかった。でもロビーで座る柚季を見つけて駆け寄った。
「ちづる」
柚季は傍まで駆け寄った私を膝の上に乗せるとゆっくりと抱き寄せた。その表情は疲れていると同時にようやく解き放たれたような安心感も感じられた。でも私にはどこか人恋しさや寂寞とした心模様も見て取れた。
「どうしたの?」
「疲れちゃった、それとちづるの姿を見て安心してしまって。あぁ、一人じゃなかったんだなって」
「当然じゃない、誰もあなたを見捨てたりはしないわ」
「それはもちろんわかっているつもり。でも、一人でいると考えてしまうのです、まるで自分が責められているようで、礼二さんはこんな孤独の中で一人戦っていたんだって思って」
柚季は優しい、素直にそう思った。しばらく私は丸くなって柚季の温かさに包まれていた。
「思ったよりすぐに手続きが終わってしまって、ついついのんびりと黄昏てしまいました」
「無理させちゃったわね」
「ううん、大丈夫」
お父さんの姿なのに、ちゃんと柚季を感じられた。それが言葉にしようのないほどうれしかった。
「周りの目もあるし、場所を移しましょうか」
「そうね、ずっとここで話してるわけにもいかないですね」
私の提案を柚季は簡単に受け入れてくれた。
柚季は周りの視線を気にしながら大きな荷物を背負って立ち上がった。
テレパシーでも使えれば会話も楽で周りを気にしなくてもいいんだけど、今の科学技術ではそこまで便利な機能はない。このままでは周りから見ればずっと柚季がひとりごとを言っていることになってしまう。
私たちは人気のない場所を探して近くの公園の方まで来た。
本当は俊貴君たちを待てばいいのだけど、柚季とはどうしても二人で話しておきたかった。
「そういえば話したことあったっけ。私は生きていたらちづると同じくらいの年なんだって」
少女の頃を感じるような口調だと感じ取れることは時折あったけど、柚季が”生きていたら”なんて言葉を使ったから私は複雑な気持ちになった。私はその言葉を簡単に否定できるほど柚季のことを知らない。
だって”最初に会った時から、柚季は猫の姿”だったから。
私は人間であった頃の、少女であった頃の柚季を知らないのだ。気さくに話し合えるから年は離れていないとは思っていたけど。
猫の姿の柚季を思い出して考えてしまう。柚季の本当の身体は今どうなっているのか、火葬されてどこかのお墓に埋葬されているのか、それとも病院のどこかで眠っているのか、いくらでも想像はできたが、本当の答えを私は知らない。
自分から聞く勇気もなかった。その辛さ、その内に抱える心情までは私は想像できなかったから。私は柚季に嫌われたくはなかった。
「そういえば深く考えなかったけどそんな感じはしてたかも、同じ年頃の女子っていうか」
「私のことは兄の研究と深く関わるところだったから、あまりちゃんと説明できなかったの。研究のことは口止めされていたから、極秘も極秘だからね、いろんな研究者が兄のところに来て、その研究のことを知ろうとしてた」
年頃な女の子ような口調で話す柚季の言葉に切ない気持ちを抱いた。柚季本人に関わる深い話を聞いたことはこれまでなかった。興味はあったが聞くことは出来なかった。
研究のことが関わるなら、これは長い話になるかもしれない、私はここで覚悟した。
ベンチに座る柚季は冷たい缶コーヒーに一口、口をつけてからゆっくり思い出しながら話し始めた。
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