第十四話「夜明けの銃声」4/5
俺の診察を引き受けたのが白糸だった。
身体的な外傷のない自分には適任だったのかもしれない。いや、ただ警察が頼みやすかっただけなのかもしれない。
白糸先生は警察にも協力的で、何度も事件に関わる解剖に関わっていて、警察から信頼を得ていた。
脳科学は精神医学とも密接にかかわっているから、心理学的な見地から白糸先生にカウンセリングを任されるのは、いたって自然な流れだったといえる。
「こうみえて、私は退屈でね、事件がないと仕事がないんだ」
白糸先生は最初、そんな冗談を言っていた。俺の警戒心を解こうと思ったのかもしれない。
白糸先生は研究がメインで病院には勤務しているが非常勤で、日中の通常の診察は受け付けておらず、特別な患者以外と接することがないという。
どんな特別待遇なんだと思ったが、そういう立場を理由にして楽をしてるんだと白糸先生は言っていた。
確かに警察から依頼された仕事が終わっていないと言えば誰だって仕事を押し付けてきたりはしないだろう、それは専門医ならではの待遇と言える。
優秀な人間ほど自由が許されると聞くが、それを体現しているのが白糸先生だと思えた。
やがてカウンセリングを受け続け、少年院暮らしも長くなってきたころ、白糸先生からとある提案を受けた。
「君をうちで引き取ろうと思うのだ」
あまりに突然の話しに驚いた。一体どんな風の吹き回しだと思った。
「そんな警戒しなくていい、君のためを思ってのことだ」
「俺のため?」
子どもながらにこの人は何を言ってるんだと思った。
「君のような問題児、引き取りたい施設もなかなかないだろう。引き取られたとしても四六時中監視がついて回るだろう。
そんなの嫌だろう?
耐えられないだろう?
君がそれでまた嫌になって犯罪を犯したんじゃあ、今度こそ行く場所を失うだろう。
そういう君を見たくないのでね、そうならなくて済むようにうちで引き取ろうかと思ったのだ、あいにく私は独身でね、一人暮らしは気楽なものだから、君一人引き取るくらい造作もないことなんだ」
「怖くないのかよ、俺なんか引き取って」
逆上される危険も恐れず遠慮せず言ってくるので、あまりには白糸先生は変人だと感じた。
「怖くないさ、周りの大人は怖がっているだろうけどね、私はそういう大人たちとは違う。君の殺人には意味がある、明確な理由があった。それは君が君自身の未来を守るために必要だったことだ。
ならば、君は理由もなしに人を殺めたりはしない。君が私を言うことをちゃんと聞けば、周りもいずれ信用してくれるようになるだろう。私の判断は正しかったと、周りも認めてくれるはずだ」
「殺人を肯定するのか?」
白糸先生の言葉は合理的で最善な策だと理解できたけど、これだけは聞いておきたかった。
「肯定はしないさ、しかし幼い子どもの君にはそうするしかなかった。自由が少なく住む世界が狭ければ狭いほど視野は狭まって極論に走りやすい。そういう環境が引き起こした悲劇だと考えれば、君だけが悪いというのには無理があるのではないか、そう思っただけさ」
言っていることはよくわからなかったが反論する気にはならなかった。それで大人が納得するというのならそれでよかった。
大人というのは理屈が好きなのだ、納得出来るだけの材料を差し出されれば納得する、個人個人の感情などにまるで興味などないのだ、そういうのをおかしいとは思ったが、自分がおかしいと言えば、分かっていないのは君の方だと返されてしまう、もうそんな問答にも飽き飽きしていた。
「先生に何の得があるのか知らないけど、それでいいや。こんなところにいても退屈だし」
「そうか、君ならそういうと思ったよ」
それからまたしばらく経って白糸先生の話の通り、俺は白糸先生のところに引き取られた。
俺を引き取るという話は本気で冗談などではなかったようだ。
どうやって周りを納得させたのかは不思議で仕方なかったが、その辺りは聞いてもはぐらかされてしまうので、実際のところはよくわかっていない。
先生の家には本当に先生一人だけだった。
マンションだったけどこんな広い家に一人で暮しているのかと驚いた。先生との二人での暮らしに不満はなかった。大抵のわがままを先生は聞いてくれた。自分も先生が家に客を連れて来ても自室を与えてくれたので、そこにいれば気にもしなかった。
そんな自分が本当の殺人鬼になったのは、結局のところ金のためだった。何の不満のない暮らしはやがて生きる意味を必要とした。自分が生きる理由、先生の負担にならない生き方、自分に何ができるのか、その事の答えが不幸にも人を殺すことだった。それだけ頭が回らなかったのだ。
一つの依頼を偶然にも受けた。依頼人の熱意に負けた形だった、もちろん先生にも報告した。
先生は自分に迷惑を掛けないなら受けてもいいと言った。
何でも許す人だとは思ったがそこまでとは思わなかった。しかし、これで自分のお金は自分で稼げると思った、それだけの額だった。
そして依頼は恐ろしいほどにうまくいってしまった。それが始まりだった。
先生は「それは君が生まれ持った才能だ」と言ってくれた。二度も人を殺した人間にかける言葉とは思えなかったが、大人たちの醜悪な憎悪を知れば知るほど、罪の意識は薄らいでいった。
憎しみは憎しみでしか返せない、それを哀れだと思ったが、人が減ることを悪いことだとは思わなかったし、恐ろしいことに自分のしたことに依頼者は感謝し、正気に戻っていくのだ。
だから自分にとっては正義も悪もなかった。ただ人が減っていくだけ、もうそれ以上考えることを辞めてしまっていた。
自分が罪を重ねていくごとに、こんなことを話せる相手は先生だけになっていった。そしていつしか大人になった俺は、先生をことを家族でもあったが、仕事のパートナーとして、旦那と呼ぶようになった。
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