第十四話「夜明けの銃声」5/5
雨音を聞きながら、懐かしい夢を見たせいですっかり意識ははっきりしていたが、目を開ける気にはならなかった。
裏家業といえば世の中には一定数そういうことに身を投じる人もいるのやも知れないが、旦那が表の人間であれば、俺は裏の人間ということになる。
山道を走っているのかよく車が揺れる、そう思っていたら唐突に車が停車した。
「着いたのか?」
俺は旦那に聞いた、旦那の様子に変化はない、それが自然でもあり、底の知れない恐ろしさでもあった。
「ああ、ここで一晩過ごす、念のためだ」
そういって白糸の旦那はタバコを吹かした。
俺は後部座席から外に出た。そこは断崖絶壁だった。人通りはなく駐車場のようなものがあるわけではない。暗くて何のためのスペースなのかはわからなかったが見晴らしのいい場所だった。
真下は海で、海は風に吹かれて荒れ狂うように水しぶきを上げている。傘を持って出てきたのに強い雨が降っているせいであまり意味がないほどだ。
さっきまでは小雨だったのに今はかなり強い雨が降っている。少し寝たおかげで疲れていた身体はすっきりしていた。
ぼぉっと何をするわけでもなく辺りを見渡していると、白糸が車から出てきた、その右手には拳銃が握られていた。
銃口が俺の額目掛けて向けられる、5m近く離れていたがそれがわかった。俺は絶句した。あぁどうしてと一瞬思った。
だが現実として白糸は俺のことを殺そうしている、そういうことだ。
「覚悟はできているか?」
白糸はそう告げた。それと一緒に雨がやんでいく、何か大きなうねりの中に自分が入り込んでいたかのような錯覚に陥る。
自分がいつ死ぬのか、誰に殺されるのか、そんなことを考えたことは何度もあった、でもそんなことは考えても仕方のないことだと思ってきた。人間はいつか死ぬのだ、要はそれが早いか遅いかだけだ。しかしこうして初めて旦那に銃口を向けられてみて分かる、死を受け入れることの虚しさを。
「そういえば生きる意味をくれたのはあんただった。そのあんたが俺に死ねというのか?」
今更恐れる必要もない、俺は白糸を正面に見て言った。
「ああ、そうだ。もう用済みだ。その身に背負った罪も含めて、私の手で幕引きとさせてもらう、それが親心というものだろう?」
長い沈黙の時が流れた。白糸はまったく動じることなく銃口を向ける。そして大きな銃声とともに傘が地面に落ち、続けてこめかみを撃ち抜かれた葛飾がその場に倒れた、鮮やか一撃だった。
葛飾は苦しむ隙も無く即死だった。白糸は拳銃と葛飾の亡骸を迷うことなく海に落とした。
「こんなことになるなら引き取らなかったさ、私だって。分かってくれるだろう? 葛飾。お前はどうしようもない奴だったよ」
その声を聴く者は誰もいない、しかしそれが白糸なりの別れの言葉だった。
再び雨は勢いを増し、血を洗っていく。だがそれで誰の罪も消えることはない、それでも長い夜は明けていく。
すべてが終わり、白糸は車の中で、ただ雨が上がっていき、陽が昇っていく夜明けの空をじっと見つめた。
「そうか、もう随分忘れていたよ、全部、自分の始めたことだったな」
一つの事件が終わり、人はまた決意を固め、新しい一日を歩み始めようとしていた。
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