第十三話「夜を駆ける」1/3
私は徐々に陽が落ちていく中、廃ビルへと急いだ。
陽が落ちてしまえば長い夜が始まる、立ち止まってなんていられない、一秒でも早く裕子を助け出さなければ。
未だに私はあの通り魔の男の素性を知らない、それは赤月さんも同じだった。
あれが”本当の敵”なのか。
人殺しに慣れたような非情さと迷いのなさ、あれは只者ではない。でもあれは単なる愉快犯なのか? なぜ私のことを狙うのか? 謎ばかりが考えれば考えるほど噴き出てくる。
現場に向かったとしても助けられるかはわからない、でもそこに裕子がいるというなら、行かずにはいられない。親友を見捨てることなんてできない。
わずかな時間しかなかったけど、裕子の家にも電話を掛けた。しかし裕子は家には帰っていなかった。僅かな希望は断たれた、もう行くしかないんだ。
あの男の思い通りにはさせない、絶対に救ってみせる。
電話が来てから30分以上かかったがようやく廃ビルが見えてきた。今更迷いはない、私は廃ビルに突入した。
*
廃ビルの中を1フロアずつ探していく。到着した直後は夕陽に照らされて眩しいほどに視界が開けていたが、徐々に陽が沈んで視界は悪くなっていく。
焦る気持ちが高まるが冷静さを失ってはならない、不意打ちを喰らわないように慎重にフロアを巡回していく。
本当にここに裕子はいるのだろうか・・・、そんな疑問が浮かび上がる中、三階まで上がったところで物音が聞こえた。
「(誰かいる・・・)
私は深呼吸をして覚悟を決め、物音のした部屋へと入った。
勢いよく扉を開けた先には通り魔の男が襲撃された時と変わらない姿でそこにいた。そしてその横には椅子に座らされ、縄で手足を拘束された裕子の姿が肉眼で確認できた。
「裕子!!!」
私は居てもたってもいられず、やっと再会できた親友に声を掛けた。
「ちづる・・・どうしてっ!」
裕子は信じられないものを見るように叫んでいた。
「裕子、助けに来たよ、もう大丈夫だから」
私は声が反響して響くのにも動じず、一歩一歩、二人に近づいていく。
「ダメよ!ちづる!来ちゃダメ、殺されちゃう、お願い逃げて!!」
今更引き下がるなんて、そんなこと出来るはずない。ここまで来たのに裕子のことを見捨てるなんて・・・、私は歩みを止めなかった。
「そこまでだ、止まりな」
男が裕子の首にナイフをかける。
それを見て私は足を止めた。この男は本気だ、やはり一筋縄ではいかない、早く裕子を安心させてあげたいのに、緊張で空気が張り詰める中、私は男の次の言葉を待った。
「よくここまで来た、予想通りだ、来てくれると思ったぜ、お友達を助けに来たんだろう? さぁ、覚悟はできてるんだろうなぁ?」
男はこの状況を楽しんでいるかのように満足げに、嫌な笑みを浮かべながら挑発してくる。
だが、こんな男に屈しては決していけない。こんな残忍な人間を絶対に許してはならない。
「裕子から離れなさい!あなたの狙いは私でしょう!」
「ああ、そうだ、よくわかってるじゃねえか、、それじゃあ始めようか、この前の続きをな」
私は身構えた。相当この前の一戦が恨みを買っているようだ。
スタンガンを受けた後遺症がある様子はまったくない、体格的に圧倒的に不利だがここまで来たらやるしかない。
「せっかくの余興だ、正々堂々とやろうぜ」
そういって男は木刀をこちらの足元に投げた。男はすでにナイフを内ポケットに入れ木刀を右手に持っている。
「先に倒れた方が負けだ、顔や頭は狙わないでおいてやる、そういうルールだ、さぁ、かかってきな!」
私は指示通りに足元の木刀を右手に持ち、決死の覚悟で構える。
「ちづる、お願い!! こんなことはやめて!! あたしの事なんていいから、すぐ引き返して警察を呼んで!! そうすれば、こいつは捕まえられる、もうこれ以上誰も犠牲にならなくて済むから、だからお願い!!」
裕子の悲痛な叫びが木霊する、でも私は止まるつもりはない。
「大丈夫だから、心配しなくていいよ裕子。
ずっと決着をつけないといけないって思ってた、だから、私は負けないよ、こんな男に。人の命を何とも思わない奴なんかに、こんな怪物、人間ですらない。
どうしても私の感情が、このまま許しておけないの、だから、ここで退くことなんてできない」
「そんなの違う・・・、あたしはそんなこと望んでない・・・、ただちづるには今まで苦労した分、普通に生きてほしかったの。こんなことを望んだんじゃない。どうしてあたしなんかのために・・・」
「だって親友でしょ、それだけで十分だよ」
「ちづる・・・っ、ちづるっっ!!」
裕子の瞳はもう涙でいっぱいだった。こんなにも私のことを想ってくれる、本当にどれだけ感謝すればいいんだろう・・・。
そうだ、後はこの男を倒すだけ。
何てシンプルなの、迷いなんていらない、裕子のためにも、柚季さんのためにも、力を出し切るだけ。
「てやややぁぁあ!!!!」
私は勢いをつけて男に飛び掛かる。
ガンっ!!と鈍い音と共に木刀同士がぶつかる。
単純な力勝負では勝てない、私は一度木刀を離し、素早くもう一撃、もう一撃と連続に繰り出していく。男はそれを余裕の表情ですべて受け止めていく。
「なんだぁ!!軽いぞ!!威勢だけか!!」
「くぅぅぅ!!てやぁぁぁ!!」
みんなのためには私は止まるわけにはいかない、気合を入れて何度も何度も立ち上がって木刀をふるう。
「軽いって言ってるんだよ!!」
ずっと受け止めるだけだった男が、一際強く激しく一閃を放つ。
勢いのついた一撃に私は木刀を持ったまま吹き飛ばされ、地面に倒れこんだ。
「ちづる!!!」
倒れこむ私を見て裕子は悲鳴を上げた。その声はフロア全体に響いた。
「所詮借り物の身体ではどうにもならないってことだ、か弱い女の身体じゃ、使えるのは男を誘惑することだけだってこった、諦めな」
「貴様!!この身体は借り物なんかじゃない!!」
「偽物のくせに、口だけで軟弱なんだよ!!」
どれだけ身体が悲鳴を上げたって、諦めるわけにはいかない、私はこの身体が好きだ、誰よりも好きだ、だから絶対にやれるはずだ、入れ替わってからこれまでの日々は無駄なんかじゃない、強くなるって決めたんだ、誰も悲しませないために。
私は決意を胸に、再び立ち上がり、目の前の男へと駆けていった。
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