第六話「Water Train」4/4

放課後、新聞部の部室まで呼ばれたので向かった。いや、すでに嫌な予感はしていた、秋葉君とこの前デートしてしまったこと、あんな幕切れになってしまったこと。そしてさっきの水泳の授業。


「うううぅ・・・、絶対欲求不満になってるよぉ・・・」


 この後の展開を思い浮かべて不安しかない、素直に断ればよかったのに、私は一体何をしてるんだ・・・。

 自分で蒔いた種が順調に成長してきてしまっている恐怖で私は不安いっぱいだった。


「それで大島君の家にこれから行くの?」


 部室に着いて話を聞かされたことを要約するとそういうことだそうだ。


「僕の家族は今出張中だからね、遠慮なく使っていいよ」


「ということだ、この前の続きをと思ってね」


 いや、多少は覚悟していたけども・・・。


「大島君も一緒にいるんだよね・・・?」


「うん、もちろん」


 これはいわゆるあれじゃないだろうか・・・、いや、わざわざ言うまい、口にするのも恥ずかしすぎる。憂鬱だ、ちづるすまん!私は届くはずもないが先に謝っておいた。


 秋葉君と大島君が二人並んで先頭で歩く、その後ろを俯き加減で付いていく。


 そのあとのことは口にするのもおぞましいことの連続だった。


 大島君の言っていた通り両親は出張に行っているそうで家は無人だった。大きめの綺麗な一軒家で、大島君は家が結構なお金持ちだそうだ。つまり一人っ子のお坊ちゃんだそうだ。


 彼は高そうなカメラを何台か持っていてそれが自慢なんだそうだ。自分にはない趣味だからというわけではないが、秋葉君の友達だし大島君が悪い人ではないと思いたい・・・、でもその純粋さは時として残酷だ、あまり機嫌を損ねるべきではない。


 今日は二人を相手にしないといけないのか、それだけでもう気が狂いそうだった。


”人間という生き物は、欲求と理性の間で渦を巻いている生き物なんだ”


 意識がバラバラにならない様に頭の中で言葉を紡ぐ。

 慣れない作業に、逃げ出したくなる。こういうことは先延ばしにした方がいい、ラインを超えればもう引き返せなくなる、そんなことはずっと分かっていたことのはずなのに、でも止めることはできない。


 今更引き返す手段など、もはや私からは持ちえないまま、気づけば私は水着に着替えて湯気の立ち昇る広い風呂場の中にいた。


 カメラを持って後ろにいる大島君と裸の秋葉君が私のことを好奇な眼差しで見ている。

 秋葉君が愛おしそうに私の身体に触れる。ずっと我慢してきたのだ、その想いは私に重くのしかかって私は触れられるたび甘い吐息を上げた。

 体が熱くなるのはお風呂にいるからなのか、それとも触れられているからなのか。それを判断できるほど脳はもう正常に働いてはくれなくて、ただ身体が触れ合う行為が、ひたすらに麻薬のように脳を快楽によって支配していた。


 逆上せてしまいそうなほどに、意識が飛びそうなほどに、湯気の漂う視界の薄れた場所で、熱さと快楽とが同時に私を深淵へと沈めていく。


 これは私だって望んでいたこと、それなのにどうしてか今になって泣きそうな気持ちになった。

 まるで、身体は一つになっていくのに、心はどんどんと離れていくようだった。

 容赦なく身体を触れられていくたびに男でいたことを忘れて女になっていく、こんな感覚はきっと誰にもわからないし、理解もされない。

 でも触れてくる手がかつて同じように自分が持っていたものだと思えないほど、認識がずれていってしまっていた。


 何度かの絶頂の後、意を決したように私の両足を広げて身体が一つに重なる。彼は選び取ったかのような優しい言葉を何度かかけてくれたが、今の私にとってはどんな言葉も変わりなくて、身体を巡る未体験の感触によって、もうそれどころではなかった。

 注射の針が刺さる瞬間を待つように、それは私の中を目指して真っ直ぐに突き進んでくる。


 目を閉じて、息も絶え絶えになりながらその瞬間の痛みに私は懸命に耐えた。


「ぐぅぅっぅっ!!」


 何度も大きな声を上げて、痛みが徐々に快楽に変わるころには涙も枯れていた。


 ただ終わりの時を迎えるのを待ちながら、身体を揺らして交わる。

 体の中を突き抜ける異物のような感覚を抱えながら、腰を何度も突き入れる彼を必死に受け止めるために力を抜いたり、締め付けたりを繰り返す。

 息も絶え絶えに無限のような時間もやがて終わりの時を迎えて、欲望が解き放たれるその瞬間を虚ろな目で見ていた。


 すべて行為が終わった後、お風呂場から上がって、濡れた体を拭いて、私は言葉にしようのない疲労感を抱えたまま、二人と顔を合わせるのを遠慮して、一人きりの部屋で、身体から消えない歪な感覚を抱えながら、ベッドでずっと涙を流した。

 誰のために、何のために泣いているのかもわからない、でもこの涙もろい感情の発露まで含めて、自分が心まで女になってしまった証拠なのかもしれない。


 大切な何かを失ってしまったような悲鳴だけが心の中に残って、とめどなく涙が溢れてくる。


「(これが本当に自分・・・?)」


 電気を消して真っ暗な部屋にいればもう何も見なくていい、気にかけなくていい、今だけでいいからこうしていたかった。

 あぁそうか、ふと私はどうして泣いているかに気付いてしまった。



「(”私はこんなに身体を合わせたのに、どうしようもないほどに女としても男としても、彼を愛することが出来ないのだ”)」



 今の私には彼の無邪気な欲求を受け入れることは出来ない。おそらく本当に好きな人が相手であったなら、まったく違う結果になっていたのだろう。

 その相手を待てなかったのも私の罪であり、今更取り返しようのないことだった。


 私はしばらく眠って、今一度意識を取り戻してから、胸の内の痛みを押し殺すように、普段通りの明るい声で二人に接した。



「おなか減っちゃった、ファミレスでも行こうよ」



 二人が急に振った話だったので不思議そうにしていたけれど、気丈に振舞う私の心境に気付いたかどうかわからないが、私のテンションに合わせて同調してくれた。


 そう、あんな激しい行為があった後だって、別に二人が嫌いというわけではないのだ。

 だから、私は私らしくこれからも二人と接していこう、逃げることは簡単で、それは自分を楽にさせてくれるかもしれないけど、でもそれは私が望んでいる未来ではないはずだ。


 私たちはファミレスで好きなだけ食べた、そうしている内にまるで先ほどまでのことがなかったかのように、自然に振舞えることができた。



 二人と別れて、家路に着いた頃には夜の9時になっていた。明日も学校があるんだと思い出すとちょっと憂鬱になった。

 本当に大変な一日だった、私はこれ以上余計な考えはやめて眠りについた。

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