第十六話「最後の力」4/4
ベランダのカーテンが揺れた、そういえば窓を開けていたっけ、暗い部屋の中で純白のカーテンが揺れるのを幻想的な光景のように私は見ていた。
外から風が吹いているのだろうか? お風呂上がりでこれから眠ろうとする私を目覚めさせる、猫が部屋の中に入ってきていた。
「柚季!!」
私は身体を引きずるようにやってきた柚季に駆け寄った。
「ちづる、ごめんなさい、やっぱり私・・・」
「どうして戻ってきたの・・・、治療をするために戻ったんじゃないの」
「よかった・・・、元の身体に戻れたのね」
痛々しいまでに苦しんでいる柚季に私は焦っていたが、柚季の心境は私とは全く違うようだ。
「そんなことを確かめに来たの? そうじゃないでしょ? こんなことをしてる場合じゃないって分かってるはずよ」
「もう気づいているでしょう。もう私の本当の身体なんてないの、私は一度死んでるんだから」
私の必死の思いも今の柚季には届かない、諦観した柚季の言葉に私の心が痛んだ、どうしてそんな寂しいことを言うの・・・。
「最後にちづるに会えてよかった。こんなに一人が寂しいって思ったのは初めて・・・、不思議ね、自分の身体ではなくなってから、いつでも覚悟していたはずなのに」
「ダメよ諦めちゃ、柚季はまだ生きてるじゃない、ちゃんと自我もあって自分の事だって分かってる、こんなところで諦めちゃだよ、お兄さんの所に戻って治療してもらわないと」
「ちづる、もういいの・・・」
「よくない!! そんなのよくない!! いやよ・・・、柚季、生きなきゃダメよ、いなくならないで・・・」
どうしてだろう・・・、もう出ないと思っていた涙が溢れた。悲しいことや辛いことばかりがあって、それで心なんてとっくに壊れ果てていたと思っていたのに。
誰が死んでも、祖父や祖母が亡くなった時だって泣かなかった、自分は冷たい人間だと思っていた。泣いてあげることもできない、冷たい女だって。
「ちづるは優しい、それを表に出すのが不器用だっただけ。もう大丈夫、どうか新島さんと幸せに暮らしてください、あなたたちはとってもお似合いよ、目に余るくらいにね」
「そんなこと今言わなくてもいい・・・、どうして諦めちゃうの・・・、一人じゃ寂しいっていうのはまだ未練があるからでしょ! まだ生きたいって気持ちがあるからでしょう?! どうして諦めちゃうのよ・・・」
「私は兄を解放させてあげたかった、兄は私のためなら手段を選ばなかった、自分のために誰かに迷惑をかけるのはもう嫌なの、そこまでして生きていたいと思ったことはなかった。
これで兄も自由になって、ちづるに危害が及ぶこともない、これでいいの、一度死んだ私に兄は最高の夢を与えてくれた、ちづる達と一緒にいれたこと、本当に楽しかったわ」
「そんなはずない・・・、私のわがままに付き合わせただけ、私は全然迷惑なんかじゃなかった、もっと自分を大切にしてよ・・・っ!」
「ちづるは身体が弱くて友達の少なかった私にとって、大切な友達よ、よかった・・・、ちづるが看取ってくれるなら、怖くないから・・・」
柚季は私の胸の中で丸くなってどんどん鼓動が小さくなっていく。
「ちづるの身体は温かいね・・・・・・」
「ううぅぅ・・・・」
涙が止まらない・・・、もう声にもならない・・・、こんな悲しい別れを望んだわけではないのに・・・、どうしてこんなに柚季は私に尽くしてくれたんだろう・・・、こんな私なんかに・・・、全然私は柚季に恩返しできてない。
「ちづる、最後に一つだけ私のお願いをきいてもらえますか・・・?」
「何よ・・・、最後だなんて私は嫌よ、ずっと柚季に頼ってきたのは私の方じゃない・・・」
「どうか、兄のことを許してあげて欲しいのです。許されないことをしてきたことは分かっていますが、兄はたった一人の私の家族なんです・・・、だからどうかお願いです・・・、兄を自由にさせてあげてください・・・」
「分かったわよ・・・、分かったから、悲しそうな顔をしないで・・・」
「ありがとう・・・、さようなら・・・、ち・・・づ・・・・る・・」
「いややぁあぁぁぁぁっ」
こんな風に悲しい別れが来るなんて、柚季が動かなくなって、何をどうすればいいか分からないまま、冷たくなっていく柚季を抱きしめた。それからただ長い夜を私は泣き続けていた。
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