第八話「ホワイトノイズ」1/2
「まさかこの娘があの男の娘だとはな、これは偶然なのか運命なのか、偶然にしてはあまりにも出来過ぎだな、先にそのことを知っていれば、わざわざ助けることもなかったのに」
まどろみの中で声が聞こえる。目が開いているのかどうかはわからない、しかしぼやけた視界の中で白衣の男が見える、ここは病室だろうか、横には書類を持った看護師のような姿も見える。
「しかしこの子はとても貴重な臨床試験になりました。経過も順調です、いつ目覚めてもおかしくない状態です」
白衣の男の横にいる看護師が追って言葉を紡いだ。一体何を話しているのかよくわからない。身体は動かない、思考はできるのに体が動かないということは自分はまだ眠っているのだろうか。
「そうだな、神に試されていると思いたい、可能性がゼロでなければ出来ることをやる、それが例え倫理に反することだとしても、人間とはそうして進化してきたのだ。
積み上げた犠牲の数だけ医学は成長してきた、それは伝染病を乗り越え文明を先に進めてきた人類の歴史のように、人の生きようという意志は常に医学を成長させる原動力となってきたのだ」
白衣の男は淡々と言葉を紡いで、ベッドで眠っている少女の頬に手で触れる。
「せっかく救った命、簡単に奪ってしまうのは良くないな」
「しかし、本当のことが世間に伝われば、いえ、それはなくても、この子が本当のことを知った時、果たしてどう思うでしょう」
「知る必要はない、復讐とは恨む対象がいて初めて成り立つものだ、私を恨むのは見当違いというものだ、であれば、いずれ処分する未来も考えておかなければな」
「どちらにせよ、長く生きられないとは思いますが」
「私の研究を疑うか?」
「いえ、失言でした、そういった意味で言ったのではないのです。自分から見れば、あの状況から後遺症もなく長く生きられると思えなかったもので」
自分は仰向けに眠っている。言葉は段々と小さくぼやけていって、さらにノイズ交じりになってはっきりとは聞こえない。
頭がぼやけてなかなか思考も働かず一体何の話をしているのかはわからなかった。
白いもやが広がっていくように視界が再び閉じていく。
「ちづる、ちづる!!大丈夫!!?しっかりして!!」
私を呼ぶ声が聞こえる。誰だろう・・・?
ずっと夢を見ていた気がする。そうだ、見ていたのはちづるの過去の記憶だ。
ちづるの過去を夢に見ることは何度かあった。しかしそれは無意識に見ているもので、起きたころにはほとんど忘れてしまっている。
しかし今日のはフラッシュバックのように途切れ途切れで電流が走るように弾けて、後には頭痛のような痛みがあった。
先程まで見ていた夢に出てきていた白衣の男、あの男を自分は知らない。一体誰なんだろう・・・?
進藤ちづるに入れ替わって長いようでまだ短い、知らないことはまだまだ沢山ある。あれは自殺未遂をして病院に搬送されて、しばらく入院していたと聞いていたからその時の記憶だろうか。
「ちづる!ちづる!!」
考えに耽っているところにもう一度声が聞こえた。まだ私のことを呼んでいる、この声は。
「裕子?」
私は意識を取り戻して、眠気眼のまま声を絞り出した。
「ちづる、気が付いたの?」
「うん・・・、どうかした?」
私は尋ねる、裕子はこちらを心配そうに眺めている。
「ちづる、ずっとうなされてたのよ、覚えてないの?」
「うん、なんだか昔の記憶を見ていた気がするんだけど、よくわからなかったかな」
少し汗ばんでいるのでうなされていたというのは嘘ではなさそうだ。頭痛がしたが頭を押さえながら朝の日の明かりを浴びると少しずつ意識がはっきりとして頭痛も収まっている。
「ちょっと、顔洗ってくる・・・」
私は顔を洗うために洗面所に向かった。裕子はその様子を心配そうに眺めていた。
*
夜更けになって、すっかり暗くなった室内は机の上に置いているスタンドライトとパソコンの明かりだけで薄暗い。
CDラジカセからはジャズのシックな音色が流れる、マイルスデイビスがリードするミディアムテンポのアンサンブルの響きは騒がしすぎず静かすぎず、心地よいリズムを刻んで心を落ち着かせる。
上司への報告を終え、今日中にするべき用事も終え、安心したのか少し眠気がやってくる。デスクワークするときだけ付ける眼鏡をはずし軽く目をこすった。それなりに疲れは残っているようだ。
ハイボールを飲みながら、今回の事件のことを考えていた。記者という仕事柄警察ほどではないが色々と知る機会は多い。
凶器のナイフ、麻生氏に対する動機、そして記憶障害。
容疑者の進藤礼二、ちづるちゃんの父親が配達員により目撃され通報される直前まで意識がなかったという供述、そして事件のことは見覚えがなく記憶にないということが本当かどうかは現時点ではわからない。
果たして、嘘を言っているのか、本当に記憶がないのか、自分は占いは信じないほうだが、精神医学というものの近年の学術的意義は大きくなっている。
心理学自体ビッグデータが集まれば集まるほど信用性が高まる。科学的見地において実験、検証を繰り返すことが大きく発展していくことに繋がる。
心理的カウンセリングによりレム睡眠下(催眠状態)に導くことで質問した際に意図的に本人の意思を超えて記憶を引き出すことができると聞く、もちろんそれが刑事裁判において有効であるという保証はないが。
独自にピックアップした麻生氏と関係の深い人物、すでに何人かは聞き込みを終えて、そのいくつかにはちづるちゃんにも付いてきてもらった。この協力関係に意味があるかはなんとも言えないが、良い結果になることを願ってやまない。
本当に真犯人はいるのか、幾度も考える、しかしそう簡単に答えは出ない。
まだ聞き込みをしていない人物の中で次に聞き込みをしようと思っていた人物、その詳細を見る。
前々から気になってはいた人物、だがなかなかコンタクトが取れなかった男、
麻生氏が勤務していた病院に同じく勤務している人物で、同じ脳科学を研究していたという点も関係性が深い。
聞き込みをしたところで何か重要な証言を得られるかはわからないが、医者を相手にするということは一筋縄ではいかなそうだ。
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