第十四話「夜明けの銃声」2/5
二人を乗せた車は夜の街を走る。追手はない、追ってきてカーチェイスにでもなるかと思ったがあまりに拍子抜けだった。
元々二人とも口数の多いほうではない、付き合いが長ければ尚更だ、わざわざ言葉を交わさなくても分かることばかりだ、だから口にすることは限られてくる。しかしそんな余計な気を遣わない気楽なところがお互いに気に入っているところでもあった。
「進藤ちづる、結局誰と入れ替わったのかは分かったのか?」
葛飾は白糸に聞いた。あれだけの行動力、怯えることなく向かってくる態度、素直に美しいと感じた。
俺を相手にして勝てるはずもない、圧倒的な経験や体力差がある。
それでも向かってくる進藤ちづるという人間には興味を引くには十分すぎるほど惹かれるものがあった。
「いや、同じ学校の男子生徒だということは分かったが、それ以上は特定できなかったか。今や本人たちにしかわからない事だろう」
「そうか、柚季の行方も分かってないんだろう?」
葛飾は白糸を聞きながら、頭の中では疑っていた。
白糸は冷静な男だ。損得を理解し、目的に対して忠実に容赦なく動く。それが事態を把握していないなんてことが本当にあるのだろうか。
本当は進藤ちづるの正体を知っている?
葛飾の中で疑いは晴れない。
「ああ、もう一か月近く戻ってきてないな。最初の頃は報告に来たし、通信もできたが、ある日からデータも送られてこなくなった。
状況から考えて力を使って何者かと入れ替わったからと考えられるが詳細は分からない。ちづるに協力していると考えられるが、ちづるが誰と入れ替わったかわからない以上調べようがないな」
「進藤ちづる本人がどうしてるかわからなくても、今、進藤ちづるの身体を使っているどこのどいつかわからない男を拘束して聞き出せばいいんじゃないのか?」
葛飾は思いついた手段をそのまま言った。
「俺はお前じゃない、そういう手荒なことは出来るだけしない主義だ。それにもうその必要もないのだろう?」
白糸は核心に迫る質問をした。本当に確認すべき事項は本来それだけだった。
今の白糸にとって”それさえ確かめられれば十分だった”
しかし葛飾はそんなことにはまるで気づいていないようだった。疑問を抱くにはあまりにカモフラージュが効きすぎている、葛飾は白糸の本心など気づくはずもなく質問に答えた。
「ああ、旦那の事は話してないぜ。誰も疑っちゃいないみたいだったし、これ以上口封じをする必要もないだろう」
今回の一件は白糸にとって事件の疑いを全て葛飾に向けるためのものだった。
”都合のいい真犯人”
それは被害者三人やその家族にとっても、容疑を掛けられた進藤礼二を弁護する人間にとっても、納得のいく都合いい存在だった。
さらにメディアにとってはこの凶悪犯の出現による大逆転劇は話題性もあり、こぞって報道するだろう。
警察にとってはこれまでの期間を捜査不十分とされ批判の的となるだろうが、真犯人が出てきた以上は沈静化できると考えるだろう。
葛飾蓮舫という男の危険性は内情を調べていればよくわかる。
そういった情報は説得力を持って世間を騙すことが出来る。
複雑に考える必要はない、葛飾という存在は、他の人にとっては不満なく事件を円満に解決に導く都合のいい存在となる。それは自分に疑いの目が向けられないようにする、白糸の計画通りだった。
あまりにも鮮やかな一連の事件の終わりに白糸は満足した。
「そうか、随分陽気に派手な立ち振舞いをするものだから心配していたが、それならよかった。こうして助けた甲斐があるというものだ」
「ああ、約束は守るぜ。旦那に迷惑はかけねぇよ」
「ふふっ、今日はいい酒が飲めそうだ」
白糸は満足げに笑みを浮かべてタバコを吹かせた。車内から見える景色に目を向ける。
木々の隙間から時折見える満月を見た。
美しく丸い、光を放つ衛星。月は白いのにこの暗闇の世界ではまるで太陽のように瞬き光を放つ。
月だけは知っている、その白い瞳で誰も知らない真実を見ている。
お互い言葉もなく山道をひたすらに走る、葛飾は後部座席に横たわり、安心したのかいつの間にか眠っていた。
「ああ、もうお別れか、長い付き合いだったな」
白糸はバックミラー越しに葛飾の眠る姿を見ながら、葛飾を引き取った日の事を思った。
「こうして道化を演じられるのは、役者がいての存在か。
どいつもこいつも、別れるには惜しい相手だった。ただ俺は・・・」
白糸は自分の本心を呪った、こうすることしか出来ない自分を、もう少し周りの人間を大切に出来ればと。
白糸は夜の山道を走りながら誰に聞かれることなく呟いた。それが誰に対して向けられたものだったか、それを知る者はいない。
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