第十二話「陽が沈む頃に」1/2
事件を追ってあちこち奔走している間に迎えてしまった進藤礼二容疑者の裁判初日、私は礼二さんと二人で裁判所まで来ていた。
とても学生男女二人で来るような場所ではないのだが、事情が事情なだけに周りの視線なんて気にしていられない。赤月さんも来ているようだが、他の記者の人と公聴するようだ。
裁判を公聴する機会なんて初めてではあるが、見ていて面白いものではまったくないので、私はただ心配そうに柚季さんや織原さんのことを見ていた。
柚季さんのことは素直に早く自由にしてあげたい。こんな代役を任せることになるなんてどれだけ災難なんだ。
礼二さんは神妙な面持ちでじっと前を見つめていた。本来は自分が立っていた場所、そこには今柚季さんが立っている。それは複雑な気持ちだろう。私はずっと黙ったまま裁判の行方を見守った。
本当に真犯人はいるのか、いるとするなら、やはりあの通り魔の男と関係があるのか、あの男さえ捕まえることが出来ればそれもはっきりするのに・・・。
でもそう簡単にいかないのが現実だ。
あの男に関しては、結局あの日からまったく目撃談もなく足取りを掴めないでいる。こちらから攻勢に出られればいいのだが、足取りが掴めない以上それも叶わない。
やはりこの手の犯行に慣れているのか手掛かりが全くつかめない。ずっと不安を抱えたまま暮らさなければいけないのかと思うと憂鬱だった。
「なんだか息が詰まりそうでした・・・」
裁判所を出たところで私は言った。
「まだ初日だぞ、始まったばかりだ」
「そうですけど」
これからまだまだ裁判は続くのかと思うと憂鬱だった。何か突破口を開ければいいのに・・・、そんな願いを抱きつつ、私たちは帰った。
「ふんふ~ん」
日曜日の夕方、私は鼻歌を歌いながらエプロンを着けて夕食の準備をしていた。自分の分といつもきまぐれでやってくるちづるの分。
ちづるは缶詰を自分で開けれないのでお皿に盛りつけてラップをかけて冷蔵庫に入れていつでも食べられるようにしている。
それを自分でとって食べること自体器用だと思うが、食欲旺盛、自由奔放のちづるにとってはそれがお似合いだった。
―――ふいに電話が鳴ったのは料理の途中だった。
一体こんな時に誰だろうと思いながら私はコンロの火を消して、親機の受話器を取って耳に当てた。
そして一方的に低い男の声が聞こえてきた。聞き覚えのある、あの時の通り魔の男の声だった。
一気に緊張感が高まって、怒りの感情を抑えながら男の言葉に耳を傾けた。
「佐伯裕子をこちらで預からせてもらった。今すぐ3丁目のお前のよく知っている廃ビルまで一人で来い。警察に連絡したり一時間以内に到着できなければこいつの命はないものと思え」
「ちょっとまって、どうして裕子なの!? 裕子は無事なの!?」
突然の勧告に気が動転する私の言葉の後に5秒ほど沈黙が流れる。心臓がバクバクなっている、どうしてこんなことに・・・、そんなことを考える余裕もなかった。
「お前を呼び寄せるためだ、まだ決着がついていなかったのでな。安心しろ、今は拘束しているだけだ。ルールを守れば解放してやる」
「本当でしょうね、裕子に指一本でも触れたら許さないんだから!」
「威勢はいいようだな、それじゃあ待ってるぜ、進藤ちづる」
男が言葉言い終えるとブツっと電話が切れた。一分ほどの短い通話、それだけでこれだけ心が動揺するなんて、信じられなかった。
一体私はどうすれば・・・、なんとしても裕子を助けないと、あの男は危険だ、裕子の命が危ない。
でも無策で現場に飛び込んでいくのはあまりに危険だ、あの時使ったスタンガンももう壊れてしまって使えない。
おそらくは電話で言っていた廃ビルの場所はちづるが飛び降りたあのビル、あの日、三人で話した場所。今はこうして考えていられる時間は多くない・・・、どうする私・・・。
なんとかちづるにだけは知らせておきたい。食事のお皿と一緒に書置きを残しておこう。
私はエプロンを脱ぎ捨てて、準備を済ませたのち、急いで家を後にした。
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