29 中編14:Surges




「技を借りるッスよ、フーゲイン殿ォ! レイジングドラゴンッ! シュートォオオオオオオオオオーーーーー!!」


 前方への突撃攻撃のみに特化した形態と、前しか見ない全力飛び蹴りが正面衝突した。

 結果は、ぼかーーん、と貫いたのは虎丸の方である。しかも身体ごと、だった。


 一気に後ろからごぼう抜きされた龍族3人娘が驚愕に眼を見開いている。

 中でもヴァージニアが最大の驚きようであった。

 開祖である彼女の名が挙がらなかったのは、まだ良しとしよう。ヴァージニア自身も、もう使っていない技術であるし、仲間として幾度も共に闘った者同士フーゲインの方がどうしても印象が勝つのは仕方が無い。


 ただ、その動きは違和感が凄かった。ハークの頭の中に残る本来のものとは練り上げられた精緻さが全く足りない。有り体に言えば雑なのだ、大雑把なのだ。

 仮に虎丸が未だれっきとした通常の生物であろうとも、自身の所持スキルとしての定着はまずもって不可能であっただろう。

 呆れるほどに高い身体能力のみで、素人技を必殺とまでしたのである。


「どうだー!? ヴァージニア殿ー!?」


〈おっと、開祖というのは憶えておったか。そういえば彼女があの技を繰り出した場面は見たことなかったな。しかし、評価を尋ねられても……な〉


 虎丸は有り余る溌溂さを隠そうともせずに、両手を振り上げて尋ねている。

 些かに得意気でもあるようだ。しかし、どう考えても良い方向には難しい。


『う~~ん、30点!』


 結局ヴァージニアは、少しだけ悩んだ様子を見せてからそう評価を下した。これでも随分と甘い方だろう。


「え~~~!?」


 虎丸が不満顔を見せるが、結果と技の完成度に大きな剥離があるのだから仕方が無い。


 ただし、ハークの眼はしっかりと捉えていた。彼女の蹴りが、弾丸の魔物を完全に真芯で捉えていたのを。さすがに純粋な肉体能力のみで、身体ごと貫通は有り得ない。


 ちなみに、アレクサンドリアの時よりも余程無茶な状況で敵の集団に突っ込んでいった虎丸であったが、何故未だに弾丸の魔物から四方八方囲まれて対処に困るようなこともなく、悠長に己の技の出来などを尋ねていられるのかというと、単純にそんな状況になど追い込まれていなかったからである。


 まず、虎丸に一撃で粉砕された先頭に続く弾丸形態の後続が数体いた筈なのだが、相手もまさか真っ向からぶつかってそのまま真後ろに突き抜けてくるとは予想もしていなかったようで見事に総員通り過ぎてしまっていた。更にその後ろの魔物どもも、虎丸の規格外っぷりにどうしていいか判らず数瞬フリーズしている。


『やるな、ハーク殿の第一の従者!』


 吼えるように手放しの賛辞がアレクサンドリアより送られた。


「虎丸ッス! 憶えていて欲しいッス、龍族のおねーさん!」


『憶えたぞ! 貴公のおかげで妾も技を一つ思いついた! 今ここで披露させていただこう!』


 宣言と同時に、今度は本当に吠えた。

 真に力を持つ者の咆哮は威嚇ではない。力の発露であり、奔流なのだ。

 その奔流が龍族最強攻撃『龍魔咆哮ブレス』として炎を形成すると、アレクサンドリアは自らが放出したその炎熱の内部へと飛び込む。


『ぬぉおおおおお! 『轟・炎・爆・災ブレイジング・ディザスター』ァアアアアアーーーー!!』


 そして、あろうことか『龍魔咆哮ブレス』を発しながら突撃を開始したのだった。

 激烈な炎を全身にまとう体当たりに、直撃を受けた相手は爆散、掠っただけでも大ダメージを受け、周囲を通過されるだけでも無事には済んでいない。


「わあ~っ、豪快ッス!」


「おいおいおいおい! 無敵モードかよ!」


『でもないぞ。恐らくアレクサンドリアもダメージを受けているであろうからな』


 少々興奮している様子のヴォルレウスに、エルザルドが冷徹な分析を返す。

 確かに触れる者どころか付近を通過しただけの敵にさえ大ダメージを与えている様子は尋常ではない。

 だが、自らが吐き出した炎の中に自ら飛び込んでいるのだ。エルザルドが指摘した通りに少なくないダメージも受けていることだろう。そういう意味ではヴォルレウスの『バーニング・ナックル』に最も近い。


 実際のところ、彼女は高い炎属性への適応耐性を持っており、当然に加減もしているであろうから見た目以上に危険ということはないに違いない。

 寧ろ、前方へと放たれる『龍魔咆哮ブレス』が逆制動をかける形となってしまい、最高速に影響を及ぼすことの方が問題だ。とはいえ、敵陣に単騎で突っ込んでいる現在の状況はあまり関係が無い。


 相手が引いていくなら、それはそれで敵の陣営に穴が開くことを示しているからだ。


『私たちも続くわよ、ガナハ!』


『うん! 了解!』


「オイラもッスー!」


 好機を逃さないとばかりにヴァージニアとガナハも続いた。

 一方の虎丸は、相手の下策に乗じるというよりただ暴れ足りないだけ、といった感じにも視える。


「あ~~~、コリャもうほぼ決まったな」


「うむ」


 まだ半数どころか4分の3以上敵の数が残っていても、だった。勢いの差がつき過ぎている。

 相手方にとって、どうにもならぬ者が1体だけでなく2体いるというのが致命的であった。最早数の差が機能してもいない。アレクサンドリアか虎丸にまとめて撃破されるか、ヴァージニアとガナハによって個別に処理されていくかの違いである。


「いよォーーーしゃあーっ! ちぇすとーーーーーい!」


 ノリにノった虎丸が上昇後に反転、一気に手刀を打ち下ろして進路上の敵を次々破壊、いや、両断していく。速過ぎて高圧縮により高熱まで伴っていた。地球外から降ってくる隕石と同程度の速度ということだ。


『どうやら、虎丸は特に手刀打ちが気に入ったようだな。しかも唐竹の』


 唐竹とは上段からの打ち下ろしを示す上段唐竹割りの略である。


『ハーク殿への憧れなのだろうな。虎丸殿は『斬る』という行為に一種のこだわりを持っておるように感じるよ』


『む。そうなのか?』


『断面を見てあげると良い』


 エルザルドに言われて眼を凝らすと、確かに切断面は非常に滑らかだった。普通の手刀では絶対にああはならない。


『あやつ、魔力で刃を形成したのか。器用なことを』


『フフッ、そうであるな。実に器用で……ん?』


『むっ』


「おっ」


 エルザルド、ハーク、ヴォルレウスが同時に気づく。またぞろ地の底より反応を感じたからである。


 性懲りもない、と思ったのも束の間、ハーク達は三度、例の絶海の孤島へと視線を注ぐ。一度目の噴火で海底から突き出た山の上部だけだったそれは、溢れ出た溶岩によって面積を増やしており、瀬戸内の小さな島をハークに思い起こさせるまでに成長していた。


 が、代わりにとも言うべきか、極東の島にあるこれまた遥かな昔を思い出させる独立峰系成層火山に迫る標高と形が、二度目の噴火の際に爆散してしまい、ぽっかりとした大地の大穴と化してしまっている。


 じくじくと傷から血が溢れるように溶岩を吐き出す大穴から、巨大な手が現れた。

 次いで、肘辺りまで。それは大穴の淵に手をかけると、カギ爪をひっかけて一気に上半身まで引き上げる。

 まるで巨大な赤黒い人型に見えた。が、全容を現すと全く印象が変わってしまう。


 まず、首が無い。勿論そこから上も。

 更に、胴は足りない。上半分しかないような感じで短く、楕円の球に近い。その下から太く長い足が生えているように見えて、足ではなかった。

 腕である。足ではなく腕が生えていた。

 不可思議な形状であり、形容し難い。ハークの知る何にも似ていなかった。敢えて、であれば腕が長く胴体部の球体の倍どころか5倍ほどもあるためか、足の数の足りない蜘蛛に見えなくもない。


 大きさは全長数キロを超えていた。

 それが跳ぶ。見た目ほどの体重はないようだが、孤島の、溶岩が冷えて固まったばかりの陸地が割れる。地震が起きたに違いない。ハークは大地の揺れを抑えつけ、被害の拡大を防ぐ。


「あの野郎。ハークがいなけりゃあ、どんだけ天変地異が起こっていたと思ってやがる」


 ヴォルレウスが下を見詰めながら忌々し気に呟いた。


『まったくだな。周辺の海域は今頃大混乱だろう。出てくるだけでこれか。しかし本当に大きいな。あれに肉薄するほど接近していたら、全長の把握は確かに無理な話だろう。それにしても、もう小出しはやめたのか』


「かも知れん」


 エルザルドからの指摘を吟味しつつ、ハークは視線を外さない。

 どうやら肉体を構成しているのは最初と同じ、ヘドロ状の有機物であった。急速に昇ってくるものの、速度は弾丸の魔物達に比べて随分と劣っている。


 それでも、龍族3人娘の感知範囲には既に到達した。


『ちょ、また何か来るよ!?』


『かなり大きい! いいえ、大き過ぎるわ!』


『遂に本体のお出ましか!? 一方的な展開に焦れたと視える! 皆、警戒を怠るな!』


 既に半分以上を片付けていたアレクサンドリアたちが弾丸の魔物達に攻撃を続けながらも背後を警戒する。新手の敵は、ハークとヴォルレウスを挟んだ先に出現すると予測できたからだ。


 そして、彼女らの予測通りの位置にそれは姿を現した。

 アレクサンドリアたちも弾丸の魔物へ攻撃の手を止め、一時距離を取ってから巨大な敵へと視線を向ける。あまりの大きさに彼女たちも息を飲んだ。


 比べてハーク達の方は冷静であった。既に全体像を見ているから当然とも言えるが、それも短小な胴体部から生命体の頭部がぬるりと外に出てくるまでだった。


『……ガルダイア……』


 呟いたのはエルザルドであった。ハークとヴォルレウスにはそれが何者だか気づかなかったからだ。

 ハークは錆びた鉄の色のような鱗持つ古龍が存在することは知っていたし、ヴォルレウスに至っては一度会ったこともある。しかし両者とも、それが知るガルダイア=ワジであるとは判別できなかった。それどころか、眼の前のものがドラゴンの首から先であるとも認識できていなかったのだ。


 ヘドロに大部分が覆われて輪郭がボヤけ、表情も歪みきっていた。視線は虚空を彷徨い、口角がまるで人間種の笑みのように吊り上がってもいる。


「……ヒ……、ヒヒ……」


 気味の悪い笑い声すら聞こえてきた。



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