前編:Leave it to me

04 前編01:赤き災厄の龍




 世界が変わって以降、後に赤髭卿とも称えられるドラゴンほど、特異に満ちた一生を送った存在もいなかったであろう(ハークもなかなかのものだが)。

 そう。

 彼は元々ドラゴンとして産まれた。人の身体に龍の力を宿す龍人としてではなく。


 モンスターとて赤ん坊の頃はある。しかし人間種と明らかに違うのは、レベルさえ上がればそれに応じて肉体の方が急速に成長する点だ。

 極端なことを言えば、通常20年ほどで成体となる種のモンスターが、生まれた次の日に成体にまで達していたとしても決しておかしくはないのである。


 とはいえ、さすがにそういった猛者中の猛者、と言うよりバケモノ中のバケモノは現れるものではない

 そもそも魔石を体内に備えたモンスターは周囲の空間から精霊を勝手に吸収することができ、その際に精霊が蓄えた栄養素も摂り込むため餓死することはほとんどないし、ある程度まではレベルも勝手に上昇する。人間種や魔獣種のように危険を冒して獲物を狩る必要がないのだ。


 大体からして、モンスターは領域である縄張りを自ら出ることは滅多にない性質がある。

 ただし、食欲が無い訳ではないし、人間種や魔獣種よりも余程強い闘争本能も持ち合わせている。これらが前述の性質を上回ってしまうと、魔物は超危険な存在となり優先討伐対象となる。


 ドラゴンとて魔物だ。持って生まれたその闘争本能は、個体差はあれども押しなべて強い。

 幼体の頃は同種にすら構わず襲いかかるほど凶暴な個体もいるほどである。それが成体にまで達し、更に約1千年ほど経過する頃になると、知識と理性が本能を上回りエルザルドやヴォルレウスが言うところの『自然と落ち着いた状態』となるらしい。


 先に個体差云々とも述べたが、空龍ガナハ=フサキは珍しくも最初からこの落ち着いた状態であったようで、エルザルドの記憶に残っている。傍目からだと危機感が足らないようにも見えて、眼を離したら忽ちの内に殺されやしないかと心配になり、それで彼女を育てることにしたらしい。


 ヴォルレウスは全くこの逆に生まれた。

 強すぎる闘争本能に引きずられ、周囲のものを傷つけ殺し、そして喰らった。

 理性など効く余地もない。まだ発生して間もなかったのだから。幼き精神力では抗いようがなかっただろう。


 彼がそこまで強い闘争本能を得て誕生したのには、理由があった。

 彼は、両親の強い部分を、悪い形で丸ごと受け継いでしまったのである。


 ヴォルレウスの母はヴァージニア=バレンシア。

 通常、成体となるまで早くとも500年はかかる龍族の中で、彼女は僅か100年という短さで古龍並みの実力に到達した。当然に、その異例なる早さから龍族の中でも天才と囁かれたが、実際はそうではない。

 彼女は生まれた時、龍人だったのである。


 ハーク達のようなイレギュラーな存在を除いた素の龍人は、何度か前にも語ったが、かなり微妙な存在である。身体が人間種と同サイズであるために龍族特有の圧倒的なフィジカルを活かし切れず、かと言って『龍言語魔法』の1つ『武装解除アームブレイク』の所為で武器や防具も装備できない。

 龍麟があるので鎧はともかく、武器が使えないのは問題だった。

 そうなると、素手か魔法で戦うしかなくなるのだが、当時は素手で戦う戦法そのものが無かったのである。


 巨大な魔物相手に、どこの世界に爪も牙も無い人間種の肉体だけで戦う者がいるというのか、ということである。

 ヴァージニアは相当に苦労した。試行錯誤を重ね、最強種としてではなく実力の近い者同士での戦いも何度も体験し、自身の力を伸ばしていったのだ。この時の経験が、後に彼女を早期に成長させる原動力となった。


 一方で、ヴォルレウスの父親だが、遥かな昔に魔族と戦い撃退した2代目勇者(人間種の間では初代勇者)、をリーダーとした今の冒険者ギルドの前身たる組織を生むキッカケとなった『最初の9人』の1人で、ヴァージニアとは仲間同士の鬼族の青年であった。

 後に鬼族の英雄の1人に数えられる彼と愛し合う関係となったヴァージニアは、彼の因子を自身の中に宿すことになる。やがて、寿命で死別するが、ヴァージニアはゆっくりと数千年もかけて自身の中で己の因子と混ぜ合わせ、1つの生命を誕生させた。それがヴォルレウスである。


 ところが、この大切な息子は、母であるヴァージニアですら制御不可能なほど強力無比な闘争本能を持ち、支配されてしまった。

 これの原因は魔物として高い龍族の闘争本能に、人間種の中で最も高い鬼族の闘争本能が合わさってしまった結果ではないかと考えられている。

 普通ならば、いくら最強種といえども生まれたてではそこまでの脅威と成り得ることはない筈であろう。しかし、龍族の中でも最古龍にまで達していたヴァージニアの因子と、人間種の中で最も高い鬼族の継戦能力、則ち体力とスタミナに関する回復力をそれぞれ受け継いだ上に、更には母の予想を裏切って龍人ではなくドラゴンの姿で生まれたことも誤算であった。


 ヴォルレウスは正に、動く災害と化してしまったのである。


「まァ、この当時のことを、全く憶えてはいないんだがな」


 ヴォルレウスは溜息まじりに語る。

 まるで我がことのように感じるハークだが、『可能性感知ポテンシャル・センシング』を基調とした演算能力を開花させていない彼では、忘却や喪失ではなく完全に消失した自身の記憶を無理矢理に回帰させることはできない。


 窮した母ヴァージニアは、ヴォルレウスを砂漠化しつつあり生息する生物の数が少ない荒地へと移動させた。しかし、そこでもやはりヴォルレウスは暴れて殺戮を重ね、70年以上の長い年月をかけて、いつの間にやらエルフの里の内の1つ近くにまで進行していたのだった。


 エルフ族からの救援要請をキール=ブレーメンが受け、事ここに至ってヴァージニアはヴォルレウスの殺害を決意する。

 既に人間種には手出し不可能とも言えるラージクラスに、彼はこの時点で成長していた。

 せめて母であるヴァージニアには討たせぬと、キールの他、エルザルド、アレクサンドリア、ガナハ、アズハ、ダコタまでが揃った。


 しかし、結果的に彼らはほとんど無駄足となる。予想に反して、ヴォルレウスを結果的に倒したのはエルフ族であったのだ。炎と風と土の3属性を極めた、当時最強のエルフの魔法使いが使用した、後に伝説に謳われる流星の混成魔法によって。


 確実に当てるため、そして被害の拡大を防ぐためにドラゴン達も参戦はしたが、エルフ族単独であっても僅かな犠牲でヴォルレウスを止められたであろうとエルザルドは記憶している。


 脳天に、燃え盛る巨大な流星の一撃を受け、ヴォルレウスは絶命した。

 かのように視えた。

 が、母であるヴァージニアは気づいていた。

 息子はまだ生きていることに。


 母から与えられたドラゴンとしての強大な力、そして父から受け継いだ強靭な体力と回復能力。これらが合わさり、ヴォルレウスの中で常軌を逸したタフネスさへとつながり、彼は日毬とは別の意味での不死性を獲得していた。


 頭部を潰されかけてはいても、心臓の鼓動が停止していても、未だ肉体が少しずつ再生されていくのである。

 長い長い、転生にも似た仮死状態。

 ヴァージニアはこの時、最後の賭けに出ることを決意する。失敗に終われば、今度こそ自らの手で始末をつけるものと覚悟しながら。




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