03 The Immortal②




 ヴォルレウスは明らかに拍子抜けしたような表情となった。

 平たく言えば、何だそんな事か、と思ったかのような顔をしたのである。


『何だ、そんな事か』


 そして言った。続けて彼は確信を持った感じで言う。


『大体解ってるんだろう?』


『まぁ、大体はな。とはいえ、直に聞けるものならば聞きたいというのが、紛れも無い儂らの本音だよ』


 ヴォルレウスは難しい顔をして、少しの間沈黙した。

 己の考えに沈むように僅かに顔を俯け、次いで再度顔を上げた。


『それをわざわざ訊かれるってことは、あんまりイイコトになってないってことか?』


『ぬ? そんな事はないよ。まァ、正直に言えば、多少の弊害が幾つかはあるが、全体的には上手く回っているよ』


『ふーむ、逆質問になっちまうが、その多少の弊害とやらを先に教えてくれないか? それから全部答えさせてもらいたい』


『構わんよ』


 ハークはまずモーデル王国で見て経験したレベル偏重主義の弊害から話す。冒険者や兵士はレベルを上げることだけを重視して、技やテクニックなど置き去りにしていること。彼らを雇う側である軍やギルドもレベルが高いか低いかだけを評価し、実際の戦績や戦闘力を考慮しなくなりつつあること。

 一方で帝国では『鑑定』でレベルによる強さの格差が広がり、それが圧政に対する抵抗の意志を挫く結果になってしまったことなどを伝えた。


『そうか。大体は予想した通りでもあったな。誓って言うが、俺が目指したのは理不尽な死の無い世界だ』


『貴殿の弟子であるモログがずっと尽力していたのは、貴殿の目的にかなうが為であったのだな』


『だろうな。あいつはそんな事は一言も言わなかったが、俺に対する恩義みたいなモンだったんだろう』


 ハークは肯く。

 モログはハークから視ても途轍もなく素晴らしい人物だった。前世に限らず、記憶している中でも彼ほどの人格者はそういない。何よりウマが合った。

 彼という人間の損失は、この世界の損失と同義とも言えるだろう。ことモーデル王国周辺に限っては、より顕著に影響していくに違いない。その一方で、彼が残した功績と人々に与えてきた影響もまた残り、未来へ続いていくのだ。


 とはいえ、彼とて完璧ではない。完璧な人間などいないのだから、ある意味当然だ。

 モログの場合は、ハークの前世同様に生き急いでいる点と、無私なる心、いいや、行き過ぎて最早自分のことを自分自身が完全置いてきぼりとしている点が、ハークにとっては問題と考えていた。


 どうしてそこまで、と思ったこともあったものだが、彼自身の夢、生きる指針であると同時に眼の前の男への恩義を返すが為である、というのならば解らなくもない。


 モログは物心ついた頃から両親がおらず、肉体労働用の奴隷としてその人生をスタートをさせるという、非常に過酷で悲惨な経緯を持つ。

 にもかかわらず、彼の精神は健全そのものであり、幼少期に心の傷を負った者特有の歪な部分や、世を斜に構えて視るような鬱屈さは全くといって表すことが無かった。

 それは、今眼の前にいる赤き龍人とその娘が、確かにモログに幸せな日々を与えていたことの証明に他ならない。


『あいつはさ、幸せだったのかねぇ……』


 が、与えた方は中々わからないものだ。


『彼の心は彼だけのものだ。だが、これだけは言えるよ。本望だったんだ』


 気休めが通じる相手と通じぬ相手がいる。ヴォルレウスは確実に後者であった。

 だから本当のことだけをハークは伝えた。


『そうか』


 ヴォルレウスは瞑目する。そして次に眼を開くと、改めて話し始めた。


『技術をずっと突き詰めてきた君には、それが廃れていくような現状は看過できない、か?』


 レベルと鑑定の弊害のことを言っているのはすぐに解った。


『ん? いや、そうでもない。儂からすれば、そういった状況を存分に利用して、暴れ回らせてもらったのだからな。それに、技術と申しても所詮は人殺しのわざさ。世が平和となれば、いずれ廃れていくものだ。そして一握りの、意志ある若い変わり者たちが未来へと受け継いでいく』


『歴史を変える、いいや、進ませていく者はいつだってそんな変わり者だ。巡っていくなァ、人の世は』


『良いじゃないか。同じところをずっとぐるぐる回っている訳でもない。遺伝子と同じ、螺旋さ。少しずつ少しずつ上に昇っていく。それで良いじゃあないか』


『そうだな。では問題視しているのは、レベル格差の方か』


『ああ。数値化されたことにより、眼に見える差となってしまっている。抵抗しても無駄だと、逆に、戦えば確実に奪えると』


『労力を血で贖ったと勘違いする頭お花畑の盗賊頭脳の持ち主は、貴賤に関係無くいつの時代も出てきやがる、か。多少は予想していたものの、国単位でそんな真似する馬鹿が未だに出てきやがるのかよ』


 先程は自分と同じような存在として、ヴォルレウスを些か察しが悪いだなどとも判断してしまったが、この言葉で彼が決してそのような人物ではないと解る。

 寧ろ『可能性感知ポテンシャル・センシング』を持ち合わせていない存在でありながら、思考能力は抜群に高い。経験則を用いた推論と推測という人間本来のやり方で、未来を予測しようとしている。


『成程。ある程度は予測していたのか。だとすると、仕方が無いとも言えるな。東大陸は西大陸のように貴殿の影響はあまり伝わってない』


『ちっ、『鑑定』だけ先に伝わっちまったのか』


『そういうことだな』


 嘗ては西大陸どころかモーデル周辺にも奪うだけしか能の無い馬鹿貴族はいたと聞く。それが変わったのは教育の賜物である。良識と常識の徹底と共有化。これを繰り返すことで常態化させ、腐った種のそもそもの発生を防ぐ。正解と不正解を皆が解っていれば、わざわざ不正解の道に飛び込むような者はそうそういない。社会的な地位があれば尚更だ。自分から無能というレッテルの泥を被りに行きたい奇特な者など皆無に等しい。


『『鑑定』は君も知っている通り、その人物の身体能力を数値で表しただけだ。SKILLなんかは世界に刻まれたものをそのままリンクさせて表示させている。その他のは、前世からの知識を元に俺が考えて設定した。レベルは生物の限界を100として、そこから逆算する形で表示されている』


『パーセンテージだったのか』


『ああ。15パーセントほどで病気に罹る子供は無くなる』


『ぬ? 病気の根絶が第1目標なのか?』


『そうだ。妙かね?』


『いや、妙ではないが……』


 実はハークは、ヴォルレウスがレベルや鑑定を創った第1の目標が無駄な戦いの廃絶ではないかと考えていた。

 相手の実力が判らない、指標となるものが少ないから、未熟者は勝負を挑んでくる。前世でもよくあったことだ。やってみなければ分からないとは良い言葉だが、やられる方は時に迷惑である。勝負は勝てると思うから行い、悪事も成功すると思うから行う。逆はない。

 最初から結果が判断できれば、無駄な血は流れ難い。

 ハークはこれだと思っていたのだ。だから戸惑いを見せたのである。


 ヴォルレウスは帝国のように、力を持った愚か者の暴走を考えていなかったのでは、もしくは考えてはいたが軽く見積もって軽視していたのではとハークは予測していた。しかし違った。効果の1つと期待していた部分もあろうが、少なくとも第1目標は別であり、病であった。


 ハークは改めて思考を巡らせてみる。

 ハークの中の認識で、病で死んだ子は『仕方が無い』ものだった。これは、ハークに限らず戦国、江戸初期と生きた人々にとっての共通認識に近い。不運であり、当然のこと罪など無いが、仕方が無い、それで済ますしかなかった。そういう時代である。


 助かる確率も低かった。世の支配者である天下人ですら同様であったのだ。豊臣秀吉は生涯3人の子を持ったが、最終的に豊臣家を継いだ豊臣秀頼以外は全員病で幼くして亡くなっている。

 それくらい、子供が生き残って無事に成人となれる確率は低かった。だからこそ跡継ぎ問題で多少家がゴタつこうとも、側室まで設けて世継ぎである男児を得ようと励む大名が後を絶たなかったのだ。

 伴天連の宣教師たちは特にこれを好色と事あるごとになじったが、必要な制度でもあったのである。それに元来、日本では好色は決して罪ではなかった。こういった考え方の違いも、キリスト教が日本に真の意味で根付かなかった理由の1つと視ることができる。


 前世のハークの周囲でも、10に届かぬ内に病で亡くなる子供はたくさんいたものだ。

 だが、可哀想とは思えど、仕方が無いで済まし、深くは考えなかった。それくらい、本当に珍しいことではなかったのだ。

 しかし、改めて考えれば救える数のなんと多いことか。


『戦争で死ぬ数など、比較にならんな』


 敗戦国の首都を皆殺しなどという愚行を行ったバアル帝国のものを含めてもだった。


『だろう?』


 ハークは首肯する。軽く計算してみたが、人類の未来の歴史を1パーセントは先に進ませる効果があった。


〈如何に未来を見通す能力があろうと、儂の頭の中身が足りんでは効果が薄いな〉


 自嘲しつつも、目前の龍人、その内面に対し俄然興味が湧いてくる。


『素晴らしいな。何を考え、どう経験し、何故その志に思い至ったのか、じっくりと聞かせて欲しい気分だ』


『何? 俺の? 人生でも語れってのか? そんな面白えモンでもねえし、長ぇぞ』


『構わないさ。エルザルドの記憶には、ごく表面的な経緯しかなかったからな』


『そうだな。我も改めて聞きたいぞ』


 エルザルドからの催促が決め手になったようだ。

 渋面を作りかけたヴォルレウスは、やれやれとも言わんばかりに伝える。


『解った。ただし、人間の姿で普通に喋らせてくれねえか? 考えをまとめながら話したい』


 ハークは虎丸と顔を見合わせる。念話に馴れていなければ、そういうこともあるのだろう。

 虎丸が肯いた。


『ではオイラが、大気を満たそう』


 そう言うと虎丸が、先程までは無意識下で自身の身体を覆っていた防御障壁を押し広げていく。内部は充分な空気が満たされており、その空間内だけは地表付近と全く同じ環境となった。


 日毬の風属性の適性と、虎丸本来の特性が混ざり合った結果であった。

 彼女は最早、大気があれば全てを支配し、なければ生み出すことのできる存在となっている。SKILL『森林の王者キングオブフォレスト』が昇華した能力、その名は『風の王』。


「おお、凄いな」


 虎丸の特殊な防御障壁の範囲内に迎え入れられたと同時に、ハークとヴォルレウスは龍人化を解き始める。

 ハークは先と同じく鎧状の甲殻が龍麟に細かく分解され、服や靴、籠手の内部へとまとめられていく。


 一方で、ヴォルレウスは赤や紅など色が薄い部分はそのまま浅黒い人肌へと変化し、色が濃く赤黒い部分は真っ赤な頭髪と顎鬚、または衣服へと変わっていった。

 その姿は伝え聞く赤髭卿そのもので、獅子のたてがみに似た剛毛な頭髪、もみあげと繋がった顎の髭、精悍そうな壮年男性の顔立ちにモログと同等かそれ以上の背丈と肉体を、修行僧用の僧衣のような服の内に包んでいた。


「お? 随分とまァ、可愛らしい姿になっちまうんだな」


 そんな彼の第一声は、少年の姿にまで縮んだハークに渋面を作らせた。




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