13 前編10:分水嶺
「うおっ!? アレクサンドリアに、ガナハ! それにヴァージニアかよ!?」
「龍族か!?」
ハークも純粋に驚いていた。
自分たちの居場所を狙ってか、闇の精霊群を追いかけて昇ってきたのか、次第に近づいてくる赤と紅の巨大龍に良く見知った空龍ガナハの姿。
本来ならば、地上最強の種であろうとも今現在ハーク達のいる高度までは飛び上がることは到底不可能だ。飛行能力の随一たる空龍と字名されしガナハでも、限界高度の倍に近いと予測できる。単純に、体重に比べた推力が足りない。大気が薄くなれば揚力が得られず、翼も役立たずとなってしまう。
もし、ガナハ単体で現高度にまで到達を目指さんとするならば、ハークが計算するところ、上昇加速の最終段階にて、両翼を始めとするデッドウェイトの約3分の1以上を切り離す必要があった。無論、切り離したいからといって簡単に、そして本当に切り離せるものでもない。
恐らくは、自爆にも繋がりかねないエネルギーの干渉、爆発による余波を利用したのだろう。
〈随分と無茶をするものだな、まったく!〉
2手に別れた『
『虎丸! そ奴らを逃すな!』
予想外の行動は、その結果も予想外となる。
出現位置が悪かった。
いいや、悪過ぎる。ハークやヴォルレウスから見て、虎丸を間に挟んだ完全なる反対側。
『了解ッス! ってああっ!』
則ち、敵に最も近い位置である。咄嗟にハークが念話に切り換えてまで虎丸に命じ、命を受けた虎丸もまた即座に自身の結界を分厚くすることで彼らの動きを封じようとしたが、状況に聡い1体が体のごく一部のみを細く細く糸のように束ねて脱出されてしまう。
彼女らがハークの予測通りの位置に出現したのは、そのような時であった。
『いたぁ!』
『発見!』
『遂に見つけたぞ、ヴォルレウス!』
追跡者たちと目標、両者の視線が絡み合う一瞬の隙すら無かった。
『アレクサンドリア、ヴァージニア! 『
前置きの全く無いヴォルレウスからの言葉に、当然のことながら名を呼ばれた彼女たちも戸惑う。
ガナハの名だけが呼ばれなかったのは、両者に面識がゼロだからではない。彼女の得意属性が火ではないからだった。
『早く!』
2度目となるヴォルレウスからの強い指示にヴァージニアがまず従った。
僅かながらもアレクサンドリアが遅れたのは、反応が悪かったからではなく、咄嗟にヴォルレウスがガナハの名を呼ばなかった意味に気づいたからであった。
どんな危機が接近しているのかまでは解らない。
細すぎ、小さすぎ、背景の宇宙の色と同化していたために存在の感知もできていない。しかし彼女はすぐ横のガナハの安全も確保する方向へと『
火は闇の精霊への根本的な対処法にはならない。周囲の有機物のみを弾き飛ばし、焼却するだけだ。
ただし発する光が行動を阻害、退散させる力となる。
しかし、一瞬のタイムラグがアレクサンドリアに致命的な結果をもたらした。
彼女の口から火焔が吹き出される直前に、アレクサンドリアの至近距離にまで到達していた闇の精霊は、『
『うっ!? ぐわっ!? なっ、なんじゃ!?』
眉間を抑え、赤き巨龍が突如苦しみ出す。
『アレクサンドリア!?』
『どうしたの!?』
「しまった!」
『ぐうっ! ヴァージニア、ガナハ! わっ、妾から離れるのじゃ! きょ、距離を取れぇ!』
依然として苦しみながらもアレクサンドリアは仲間の龍族たちに指示を飛ばす。
しかし、彼女たちは素早く行動できない。高度を維持し続けるのに自分たちの力の大半を傾けていたからだった。
現在、ハーク達は地球の地表面に対して並行するよう横に向かって移動している。平たく言えば、地球の周囲を一定方向にぐるぐると回って飛行し続けているのだ。ただ、その速度が尋常ではない。時速3万キロメートルに迫る勢いで、秒速にしてほぼ8キロメートルである。
いくら生物における最高到達点に近いとはいえ、ヴァージニアとガナハも経験のない速度の中、維持も行いつつの素早い反応と挙動には限度があった。
「拙い!」
即座に最古龍2体への救援に向かおうとするヴォルレウスだが、彼の機先を制し、更に逸早く行動していた者がいる。
『儂に任せろ! ヴォル!』
ハークであった。
ヴォルレウスは視線で、良いのか、と問う。
ハークは自信を持って首肯した。アレクサンドリアも含めて、という意味もこめて。
『ヴォルは虎丸に倒し方の見本を示してやってくれ。ガナハ殿! ヴァージニア殿!』
『えっ!? まさかハーク!?』
『ハーク!? 背丈が全く違うけれど、雰囲気が……!』
ガナハもヴァージニアも面識のない青い鎧に身を包んだ者の正体に注目しており、念話により頭の中へと響く声音と口調から鋭敏に察した。
『両者とも、慣れぬ速度で自由には動けまい! なれば、そのまま高度維持に尽力するのだ! 彼女は大きく動く対象に向かって優先的に襲いかかってしまう! 相対距離を保て!』
『わ、分かったわ!』
『了解!』
2体に指示を与え終わったハークへと、エルザルドから直接的な通信が届く。
『ハーク殿、気づいておるな!?』
『おう勿論だ! あれは、お主を死に追い込む原因となった手段だ!』
エルザルドは1年以上前、ハークがこの時代での記憶を重ね始めて数日の後に古都ソーディアンへと襲来、ハークと虎丸が死に物狂いで、更にヴィラデルも人知れず介入し、撃破するが、その時エルザルドが陥っていた状態にアレクサンドリアも帰着しつつあった。
闇の精霊に意識は無い。結局は他者の意識に依存する存在であることにも変わりはない。
しかしながら、寄り添い、宿り続けていた者の残滓が、新たな宿主にまで影響を及ぼすことはあった。並みの生物であれば、忽ちのうちに死亡する量であろうとも、龍族でも一部ならば生き残る強靭さを持つ。ただし、どちらにせよ無事には済まない。
命じた1つ先の宿主による、意識と理性の破壊が行われるのだ。
あの時は助けられなかった。助けられる状態ではなく、その力も無かった。
だが、今は違う。
『助けるぞ、エルザルド!』
『了解だ! アレクサンドリアを頼む、ハーク!』
蒼い鎧に身を包んだハークは、滑るように空間を進む。虎丸の結界もするりと抜けて、苦しむアレクサンドリアへと一直線に向かう。
『え!? ご主人、危ない』
閉じ込めた黒い敵性体に四方からの攻撃を受けながらも、正確に反撃を繰り出しつつ虎丸がハークに念話を送る。
既に意識に侵食され、理性を阻害されつつあったアレクサンドリアの口蓋が、ぱかりと大きく開かれた。『
『ハーク、近づき過ぎだよ!』
『下がって! あなたを狙っているわ!』
それこそがハークの狙いだった。誰よりも素早い挙動を見せることで、アレクサンドリアの意識を自身に集中させるのだ。
ボォオオオオン!!
果たして、アレクサンドリアの『
『えぇええええ!?』
『嘘……、でしょう……!?』
ガナハとヴァージニアから驚愕と懐疑の声が上がるのも仕方が無いと言えた。
ハークはそんな龍族最強の火焔を浴びながら、腕を交差しつつ、その焔を掻き分けるようにして前に進んでいたのだから。
少しずつ、空中に居ながらもまるで一歩ずつ踏みしめるかのようにハークは進む。
やがて彼は右手を伸ばし、火焔の外部に露出させると、その人差し指と中指がアレクサンドリアの頭部、眉間に到達した。
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