10 前編07:Blue Vanguard & Red Win Bell
「おおっ! ご主人、カッコイイッス!」
生命の軛を引きちぎっても平常運転で、相変わらず虎丸はハークを褒めそやす。
様子が違ったのはハークの方だった。虎丸に対しすぐには反応せず、斬り上げた方角から未だに眼を離さない。
これは敵が完全に消滅したのを確認していたのではなく、その先の様子と結果を観察していたのである。
ハークは自らが放った斬撃の伝播が全てを斬り裂き、やがては虎丸の障壁まで届き貫通しまう光景を幻視して、即座に効果を分散。互いと互いを衝突し合わせて打ち消した。
〈予想した通りか。矢張り考え無しに放つ訳にはいかん〉
障壁内なら兎も角、空気の無い宇宙空間ではエネルギーの減退は尚のこと起こりにくい。
「まだまだ来るぞ」
言葉面とは裏腹に、ヴォルレウスから少々のんびりした調子での警告を受ける。
それもその筈で、先にも説明した通り今のハーク、ヴォルレウス、虎丸らにとって敵はあまりに実力不足だった。直接的なものもさることながら、内面的な浸食も受ける謂れはない。今の彼らに異常をもたらす存在などありはしなかった。
「ドラゴンんん・レイドッ!」
ヴォルレウスが形成の終わった黒いヘドロ群に自ら突撃。飛び膝2発から追加の水平飛び蹴りを見舞っていく。無論、光の軌跡も一撃ごとに伴って。
モログが返し技として使っていた『ドラゴン・ニー』から派生したような技であった。
思い起こすに、その昔ヴォルレウスが使っていたとアルティナから聞いたことのある技であろう。
敵の城壁すら蹴り砕いて突破したという逸話を元に、虎丸の新技を彼女が『ランペイジ・タイガー』と命名してくれたのだ。
アルティナが語ってくれた頃のヴォルレウスは今ほど無茶苦茶な存在ではなかっただろうが、それでも城壁を蹴り砕くなど簡単な話であったに違いない。
今も、一撃ごとに黒い闇の化物が消滅していった。実に気持ちの良い暴れっぷりだ。
「ほっ」
対してハークは、逆に勢いを失うが如くに光の属性を伴う単純な斬撃しか打てなくなった。抑えに抑えた先の『俱利伽羅大日輪』でさえ、影響が激しすぎる。
〈少なくとも味方や地球に向けては放てんな〉
こうなると本来大きなデメリットである筈の、ヴォルレウスが父親から引き継いだ鬼の特性さえも羨ましく感じてしまう。お陰で彼の攻撃は一切が飛ばないのだ。一撃一撃ごとに自分が行う斬撃の結果を事前に導いておく必要も無ければ、振った後で丁寧に手ずから霧散させる手間も要らない。
さすがに普通の斬撃であれば、余波で虎丸の限定空間外まで貫き、影響は及ぼさないだろう。
が、障壁自体はダメージを受けるため、面倒でも後始末は必須だった。
拳が直接届く距離という制限付きの戦闘能力であるが、寄れば解決する問題だ。そして、ヴォルレウスにはいとも簡単にそれを実現させる手段と技術と能力がある。
斬り放つ前に目標の直線的な先に何があるのか、距離的、タイムラグ的に到達まで自身が打ち消せる暇があるのか、これらを全て正確に計測しなくてはならないハークからすると、むしろ羨望を感じてしまうのも無理はなかった。
ただし、
「なぁ、ハーク。あの子に攻撃のやり方を教授してやらないのか?」
次々と大気に満たされた障壁内に侵入してから形を変えて襲いかかってくる黒いヘドロ化物群を、ハークとヴォルレウスはいとも簡単に迎撃し、連続で撃破を重ねていく。そんな中、虎丸もまた次第に人間の肉体に慣れてきたのか一応、回避だけはサマになってきていた。
一方で攻撃にはまだまだ迷いがあるようで、手足をただ振り回しているだけのように見える。
ヴォルレウスが語る『あの子』とは、虎丸のことを指しているのだと、ハークも瞬時に理解はできた。
しかしながら、ハークの中で本来の虎丸とどうにも噛み合わず、合致はしない。
「危なげなようには、まだ見えぬが……」
ハークは自身に襲いかかる1体を斬り払いながら答える。
ハークからすれば、今の虎丸は美しい少女の姿をしていてもそれはあくまでも仮の姿でしかない。彼が知る本来の彼女は圧倒的で、頼りがいのある相棒なのだ。
人化を解けば即座に状況は好転する。にもかかわらずそれをしないというのは、彼女にとって今の苦戦も意味あるものという考えがあるのだと、ハークにはそう思えてならなかった。
「確かにそうだが、少々困っているようにも見受けられるぞ。虎形拳なんかが良いんじゃあないか?」
ヴォルレウスも自分に突撃してきた黒いヘドロを殴り飛ばし、消滅させながらも些か焦れたように言う。
その理由に思い至ったハークは、こみ上げてきた笑いを隠すために、一瞬、敵を確認する振りをして明後日の方向へと顔を向けてから笑みを漏らした。和んでいる場合ではないのだが、どうにも抑えが効かなかったのだ。
ヴォルレウスにしてみれば、実際の年齢には関係なく、眼の前で、彼にとっての子供と思える人物が困ってさえいれば助ける理由に足るのである。それだけで良いのだ。先程のハークの、所謂少年時の形態でさえ彼の庇護範疇に入ってしまうのだから、困ったものである。
これだけを説明すると、ヴォルレウスは相当に
正確に言えばベクトルが完全なる別方向だった。
彼の長大な庇護欲の発生源は、強過ぎる年長者としての使命感、つまりは父性愛的な欲求によるものである。そこに、彼自身にもまだ認識しきれてはいないものの、人間を大きく超える力を持った者としての責任感も加わっているようだった。
こうなってしまったのには理由がある。
既に生命の軛を超越する前から、300年以上の前から人間種を大きく超えた龍人としてのぶっちぎりの力を持っていたというのもあるが、再誕の際に彼の母であるヴァージニアが施した、理性回復の手段が直接的な原因だった。
鬼と龍が混ざり合った結果、強烈過ぎる闘争本能を得てしまった旧ヴォルレウスは、それに対抗するため一度仮死状態へと陥っていた間に自身の魂に残された過去の記録、つまりは度重なる前世をヴァージニアによって追体験させられている。
ゆっくりと精神を成熟させることによって、旺盛過ぎる闘争本能に対抗できる理性を獲得させようとしたのだ。
この試みは見事に結実し、成功を収める。
ヴォルレウスは思慮深く、落ち着きのある泰然とした人物へと変化した。もはや不必要に暴れることなどない。
しかし、ヴォルレウスの中では多少なりとも新たな問題が発生していた。
今の彼ではなく、過去の彼に起因した問題であった。
原因は我が子との別離だ。
正確に表現するならば死に別れである。
生命体にとって自身の子との死出の別離は、別段珍しいことではない。大抵は親が先に寿命が尽き、不幸にも子の方が病や事故などで先立つこともある。それ単体では悲しむべきことではあれど、仕様が無いと表現しても良いことだろう。
ただし、積み重なった際にはどうなることか。
ヴォルレウスは約1千年にも及んだ幾度もの前世への記憶の旅路、そのほとんどを記憶してはいない。残っているのは、本当にごくわずかな一部だけだ。
しかし、記憶には残らずとも経験はしている。愛する我が子との数え切れぬ別離の経験が、彼に年長者としての強烈な責任感と庇護欲とを与えることとなった。
いくら限りの無い寿命を得たとしても、その最初期の数十年、下手すれば百年に及ぶ期間を、初めて会ったばかりの少年に捧げるのは簡単ではない。たとえ少年の持つ夢に感動し、賛同できたとしてもだ。
ところが、当時のヴォルレウスに迷いは全くといって無く、むしろ使命と目的を得た充足感さえ心に湧き上がっていた。
そして、彼は今も他者のために、己の時間を捧げ続けている。
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