11 前編08:Blue Vanguard & Red Win Bell②




「虎形拳か」


 ハークは改めてヴォルレウスからの提案の吟味を開始する。

 つぶやいた頃にはもうエルザルドからの知識を受け取っていた。


〈形意拳? 大陸の武術か〉


 中国拳法の一派で、その中でも更に細分化された、特定の動物の動きを攻防に採り込んだものの一種らしい。早い話が動物の動きを真似した武術のようだが、言葉面だけではどういうものだか良く理解できないので映像も観る。


 確かに両腕、特に手の平を虎の牙、咢、爪に見立てた武術のようだ。だからこそヴォルレウスが連想したのであろう。

 悪くない提案とも思える。気持ちも解るし、それどころか同型の精霊獣であった虎丸にはお似合いかも知れない。


 しかし、この手の中国拳法は秘密主義の塊のようなものだ。このような映像として残るものに全てをさらけ出すとは到底思えなかった。恐らくハークにとって技術の粋を集めた技である奥義の、おの字の片鱗のようなものでさえ映っていることはあるまいと、容易に想像ができる。

 それに動きが非常に曲線的で、何より複雑だ。人間の身体を動かして僅か数分程度の者ではこんがらがってしまうとも思えた。


「ふうむ。それよりも良いモノを見つけたよ。虎丸、少しこちらに来てくれ」


 ハークは一度、虎丸を呼び寄せる。


「あ、ハイ、了解ッス!」


 ハークの言葉を受けて虎丸は、自分に組み付こうとしていた1体をエイヤッと両手で押し返した。基本的な力が違い過ぎるので、相手は軽々と吹っ飛ばされた挙句に虎丸の障壁に激突して霧散する。


 行動の結果こそ強烈であったが、虎丸の行動に微笑ましさを感じたハークは笑みを漏らしながらも、寄ってきた虎丸の額に向かって再度手を伸ばした。


「こんなのはどうだ、虎丸?」


 虎丸に触れると同時に、ハークは情報を流し込む。


「おっ、おおっ! カッコイイッスね!」


「気に入ったかね? ならば動きの参考にしてみると良い」


「了解ッス!」


 よしっ、と両手を握って気合を入れ直すような仕草を1つした後、意気揚々と虎丸は黒いヘドロ群の中へと突っ込んでいく。

 そして、握りしめた拳を一直線に手近な1体へと打ち込んだ。まるで一点に捻じり込むかのようである。


「おおっ」


 ヴォルレウスの口から歓声が漏れた。


「せいっ!」


 虎丸は間髪入れずに、次に近づいて来た1体へと上段回し蹴りを打ち込んだ。拳を貰った方は後方に真っ直ぐ吹っ飛んでおり、蹴りを受けた方はあまりの威力に弾け飛びバラバラとなる。


「空手かっ!?」


「うむ。ヴォルからの案を参考に考えてみたんだ。虎丸には素手の攻撃で、かつ直線的で解り易い攻撃が良いと思った」


「確かに、良い見立てだな! 実に活き活きとしている」


 素直に感心したようなヴォルレウスの言葉通り、虎丸は先程とは状況一転、気持ち良さげに手足を縦横無尽に振り回し明らかに圧倒している。

 速度は元々からがとんでもない虎丸である。手足の振りの速さも当然に同じくだ。見えぬ攻撃は防ぎようが無いし、何をされているかの判別もつき辛い。判っていても止められるものでもないというのに、判らないのでは事実上尚の事不可能と言える。

 正に無双状態であった。

 次々攻撃が決まり、その度に敵が吹っ飛んでいる。


「よし。ではハーク、俺たちも行こう」


 だというのにヴォルレウスは助太刀を提案する。彼とハークだけで既に半分以上の黒いヘドロを消滅させているのだか、まだまだ飽き足らず、といった様相であった。


「まぁ、待ってくれ、ヴォル。丁度、虎丸にとって動きの良い訓練にもなるだろう。このまま続けさせてやってくれ」


「む。そうか。確かに練習台としてはアリか。余計な手出しをするところであったな」


「何の危険性も無かろうとも実戦は実戦さ。ここは虎丸に任せよう。それよりも先程の話の続きを聞かせてくれないか?」


「おう、勿論だ。構わないぞ。……って、どこまで話したのであったか……?」


「西大陸中に、モーデルに影響を受けた善意の国家が増えてきた、というところであったな」


「おう、そこからだったか……」


 ヴォルレウスは一度、そこで言葉を止めた。この先、どう言葉を紡げば良いかに思案を巡らせているのだろう。


 ちらりとハークは横目で虎丸の戦況を窺ってみる。

 左中段足刀に上段回し蹴り、最後に大上段から振り被った手刀打ちの三段攻撃が次々決まり、それぞれが敵を打ち砕いた。

 特に最後の手刀など、日本刀というよりまさかりかの如く見事に敵を一刀両断せしめている。


 表情を視れば疲れなど微塵もなく、自信と高揚感が感じられた。実戦の際中に自身の肉体と武が噛み合ってきた感覚を味わっているに違いない。ハークにもそんな経験はある。今が楽しくてしょうがないであろう。自分がそうと感じていることすら、自分自身で気づかないくらいに。

 あちらは依然、任せていて問題無いだろう。


「ふむ、頭髪や髭の色を変え、フルフェイスヘルムまで被り、別人として西大陸中を諸国漫遊する俺の眼に映ったのは、変わった、変えられたということだったよ。当初はな」


「当初?」


「ああ。モーデルのように内側を見直し、発展させることができれば奪い合う必要など無いと気づかせられた。『鑑定』によってレベルを数値に表したことによって、段々と人々の中に自身や子供の病気克服のためにレベルアップに励む者も富裕層を中心に数を増やしてきていた」


「良い傾向じゃあないか」


「だろ? 要素は増えてきていた。誰も、理不尽な死を迎えない世界、など夢物語だ。そんな事は解ってる」


「しかし減らすことはできる」


「ああ。限りなくゼロに近い数にまで、な。それが俺たちの夢だった。そして、その結果は如実に表れると思ってた。だがな、諸国漫遊していて気づいたんだ。最初の頃こそ効果が出て、実際の数にも表れていたんだ。しかし、数年が経つ頃、急に数が逆に増えだした。まるで幸せな人々が増えたしわ寄せが、別の場所で不幸を振り撒いているかのようだったよ。安定した地域が出たと思ったら、別の場所でトラブルが発生し、戦闘や紛争に発展するんだ」


「時代の節目の混乱期ではないのか?」


 ヴォルレウスは首を横に振った。


「俺もそれを疑ったぜ。その手の混乱期は、割とつきものだからな。それでもおかしいんだ。総数として、理不尽な死がちっとも減少しちゃあいなかった。愕然としたぜ。まるで何者かが、帳尻を合わせようとしているんじゃあねえのか。そうとさえ疑ったんだ」


「まさか、いるのか? そんな存在が?」


 言葉通り、まさかという気持ちでハークは訊いた。

 おかしな話である。そんな事ができるのならば、それは正に神の如き存在ではないのか。

 ハークはそう考えるも、ヴォルレウスの口ぶりに冗談っぽさは微塵も無く、寧ろより真剣みを増していた。


「ああ、いる。いや、いた、だな」


 その言葉と共に、ハークの脳裏にエルザルドの関連するであろう記憶が全て流れ込み、同時に先のヴォルレウスの発言と組み合わさり、1つの物語として結実しようとする。




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