中編:Story of The PAST

16 中編01:200 Years Ago




 アレクサンドリア、ガナハ、ヴァージニアらの更なる情報開示要請に対し、ヴォルレウスは今度も口頭での直接的な会話を条件として提示した。


 龍族側もこれを何の逡巡も見せずに快諾。ただし彼女たちは、これを余計な念話のログを残さぬための処置と受け取っているようだった。

 実際のところはそちらの方がヴォルレウスにとって話し易く、慣れていて都合が良いというだけなのである。


 ハークも気持ちは良く解る。習熟は大事だ。

 ハークは虎丸の存在が間近にあったせいで、好む好まざるにかかわらず念話を使用する機会が多くあった。彼女と会話しようとすれば、ある程度使わざるを得ないからだ。


 虎丸は元々ヒトの言葉を完全に理解できていたが、どうしても獣型の喉の構造上、口頭での詳細な会話が行えなかった。そこで念話を使用して、自身の意思を明確に伝えていたのである。

 現在は人間型へも変化できるようになり口での会話も可能だが、ここまでの条件はそのまま龍族にも当てはまる。


 ただし、ヴォルレウスの場合は彼の周りに、念話を使わねば細かい意志疎通ができない相手が長期間いなかったというのが大きい。特にここ百年間は、会話を行うのは娘とモログ相手くらいだけであった。どちらも念話を使う必要性は無い。

 相棒であるだけに、純粋な会話量で言えば念話と口頭が半々でもあったハークとはそこが違っていた。


「では虎丸殿、よろしく頼む」


「了解だ!」


 ヴォルレウスからの依頼を受けた虎丸が伸びをするような仕草をして、自らの障壁を押し広げた。みるみる効果範囲を広げていくそれが3体の最古龍を飲み込む。

 と同時にハークが、『風の断層盾エア・シールド』の要領で空気を圧縮することによって足場を形成させた。密度が違い過ぎる所為で、本来は隠密性の高い空気の盾が光の屈折によってハッキリと視認できる。自分との相対距離を結合、鍵をかけることで自由落下も防ぐ。地球の周囲を回って飛ぶ人工衛星と同じ仕組みだ。


 アレクサンドリア、ガナハ、ヴァージニアと彼女らは順に着地し、姿をヒト族へと変化させていった。

 赤いドレスの貴婦人、活発な少女を思わせる青色のワンピースに身を包んだ成熟した女性、紅色稽古着の活動的な雰囲気の淑女。

 どれも扇情的、蠱惑的、肉感的に過ぎた。大事な部分こそ隠してはいるが、逆に、その部分だけ隠せば良いのだろうと言わんばかりでもある。々と他が駄々洩れだった。


 龍族である彼女らは、虎丸と同じで普段服を着ることはなく、その必要も謂れも無い。

 だからなのだろう。彼女らの服装には、邪魔な布の面積など少なければ少ないだけ良いという発想が垣間見える。


 アレクサンドリアは特に顕著だった。

 肩は全露出、3人の中で明らかに最も重量感のある胸こそ隠しているものの、背中は半分までがまろび出て、大胆なスリットは足の付け根や腰どころか肋骨のすぐ下にまで届く勢いである。


 一見おとなしめに見えるガナハもワンピースの肩口が開き過ぎて半分程露出しており、ひらひらのスカート部は尻のすぐ下までしか覆っていない。ほんの少し動かしただけで股座まで見えかねないと見てるこちらが不安になるくらいだ。


 一番マシな服装である筈のヴァージニアでさえ、紅色の派手な道着の合わせ目から覗く一本の深い線に視線が吸い込まれそうになってしまう。


 ハークは何となく、彼女たちを視ていて落ち着かない気分を味わった。

 試しに龍人化を解除してみる。横でヴォルレウスも既に人間の姿へと変化が完了していたのでおかしくはない筈なのだが、3体の元巨大龍であった女性たちにまじまじとした視線を向けられてしまう。

 落ち着かないので、今度は青年の姿から元のハーク、少年期の姿にまで戻してみた。

 すると、今まで感じていた居心地の悪さというものが急速に解消されていく。

 ハークはその理由に一人思い当たり、表情に出さぬままに少しながら落胆した。


〈むう……。如何に強くなろうとも、こういった生命の根源に根ざしたものは簡単に変わるものではないのか。……ふうむ、それとも存外、儂も思うほどに進化なぞしちゃあおらぬのかも知れんな〉


 そう言えば原初に近い西方の神はえらく奔放であったな、などと益体も無いことを思い出していると、ガナハ達の視線が未だ己に向けて真っ直ぐと向けられていることに気がついた。

 彼女らの無言の視線に対し、ハークは思い切って自分から声をかけてみる。


「何か?」


「ああ、いや、大分変っちゃったからさ! でも、こうして見るとハークなんだね、って思って!」


「そうね。力関係は、大分逆転しちゃったみたいだけど」


「ははは……、中身はあまり変わってはおらぬよ」


 ガナハとヴァージニアの言葉に、ハークはやや自嘲気味に返した。


「妾は初対面じゃ。先程のとても逞しい青年の形態といい……、ど、どれが貴殿の本来であるのか教えてもらいたいのじゃが……?」


「儂の本来? そうですなぁ……」


 アレクサンドリアからの些か熱を帯びた質問に、ハークも一度しっかりと己の考えを巡らせてみる。

 やがて程無く答えは出た。


「どれが本来で、どれが偽りで本物だかの区別は、正直ありませぬな。龍人は儂の全力に必要な姿で、先程の青年の姿はその下地。今のこの姿も……」


 そう言ってハークは自らの左胸に手を置く。


「ずっとこれまでこの姿、ナリでしたからなぁ。正体という訳でもございませぬが……、最も落ち着く姿形ですな」


「そ、そうか……! どれも素敵じゃ……」


「ど、どうしたの、アレクサンドリア?」


「…………」


 熱視線を送るいつもと様子の違うアレクサンドリアの姿に戸惑いを見せるガナハ。対して無言のヴァージニアは気遣いの表れか。


「……さて、そろそろ考えがまとまったんだが、……話を始めても良いかな?」


 些か遠慮がちなヴォルレウスの話とは、龍族たちが求めた敵性存在に関しての更なる情報開示のことであろう。


「む? そ、そうだな、始めてくれ」


「頼むよ」


「お願いね、ヴォルレウス」


「何か調子狂うんだよなぁ……」


 一呼吸置いて、ヴォルレウスはいよいよ本題を語り始める。


「俺がモーデルを出て、西側諸国を回ってた頃だ。各国は逃れようのねえ変革期に突入していたよ。あくまでも俺の眼から視てだが、今や西側一の大国家となった国からの影響は免れ得なかったってところだな」


「どの国も、底辺から発達していったわよね」


 ヴァージニアが言葉を挟む。彼女は若い頃、人間種の一員として活動しており、他の龍族たちに比べて圧倒的にそういった事象への理解と造詣が深い。論より証拠、案ずるより産むが易しとは言うが、高度なシミュレート能力を持っていても実際の経験には敵うべくもないものだ。


「ああ。冒険者の数が増えて、どこも働き口が増えた。二重に治安が向上してったよ」


「二重?」


「冒険者で安定して稼げる人が多くなった、ということは、盗賊業とかの傍迷惑な手段で生きていく者の数が減るということ。更に、冒険者の数が増加するということは、街道や、町や村を魔物の手などから守護する担い手の数も増えるということなの」


 首を傾げたガナハに対して、ヴァージニアが的確な解説を行っていた。


「へえ~~、そういうことなんだね」


「おまけに、稼げる人数が増えるってことは、お金を持っている人の数も増えるってことでもあるの。お金を持っている人が増えるっていうことは、使う人も増えるから、色んな店が儲かって数も増えるの。こうして経済が潤っていくのよ」


「へえ~~! 凄いんだね!」


 ガナハは素直に感嘆を示している。


「ま、そういうことだよ。そこに新しい法器とかが入ってきて、更に便利になる。金を使う当てが増えて、更に店が潤って増える。この繰り返しで経済が安定していくんだ。底辺が伸びるってことは、優秀な人材が世に出る機会も増えるってことにもなる。そういった人材が要職に就くことで、真っ当に国が発展していく」


「そうして、無益な死人の数は減る。レベルアップの概念が広まり、病に抵抗できる人々の数が増えれば更に、か」


「ハークの言う通りだよ。どんどん俺たちの『誰も理不尽な死を迎えることない世界』ってのに、近づけていると確信できたものさ。……しかしな、反乱やら反逆やらの大規模な動乱が急に増えていってよ、各地で無駄な死が次々と増え始めたんだ」


「世の変革期には、そういった混乱もつきものでしょう?」


 口を挟んだのはまたもヴァージニアである。彼女の言う通り、世の中の移り変わりに対し、自らの地位や既得権益を守るため暴力を振りかざす者は、残念ながらほぼ必ず現れる。


「俺も最初はそう思ったよ。だがなァ、生活がみるみる向上していく中で民衆が大規模な反乱なんかするかい? 国が順調に発展していく中で、反逆なんか起こすヤツについていく輩なんぞ、そんなに数多いなんて思うかい?」


「……確かに、言われてみればそうね……」


「急速な変革への混乱と抵抗とは申せ、時流に乗れぬ、或いは乗り遅れたような人物に続く者の数は少ない、か」


「だろ? だが、反逆は国を二分するようなデケえものも幾つかあったんだ。俺はどうにも納得できなくてなァ、1つ1つを詳細に調査してみることにしたんだ」





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