22 中編07:Reversal




 強烈な触手の一塊による一撃を避けきれず、ヴォルレウスは後方に向かって大きく吹き飛ばされる。


「ぬうッ!」


 龍の翼を広げ、目一杯羽ばたいて逆制動をかけるも、ヴォルレウスは壁に激突した。質量が違い過ぎるのだ。

 ダメージはほとんど無い。龍麟と龍皮が衝撃の大半を防いでくれている。

 だが、勢いに負けて背中が壁面にめり込んでしまった。そこに塊状の触手による追撃が迫る。


「おおォおっ! 『疾風・星空脚』!」


 力任せに身体を引き抜きながら、ヴォルレウスは勢いを利用しつつ技を繰り出す。

 通常の回し蹴りと異なり、片足を90度、身体に対して直角に足を突き出す前蹴りの体勢から高速回転で振り回し突進するという、明らかに奇妙な蹴り技だ。

 しかし、彼のとんでもない身体能力から行われるそれは、まるで丸太のような太い足をそっくりそのまま武器に見立て振り回すのと同じようなものであり、驚異的な破壊力をもたらす。弱点である光属性もまといつつとはいえ、いとも簡単に一塊の触手を打ち砕いた。


「グォオオオオオオオオオオオオオ!?」


 有機体で構成された闇の集合体が巨大な咆哮を上げる。しかし、それはヴォルレウスの内包する力に対する恐れからの威嚇のようでもあった。

 その証拠に、他の触手群が僅かながらに彼から距離を取る。


 一方でヴォルレウスも、無理に畳みかけるようなことはしない。


(よし、いいぞ)


 様子見が如くに周囲を旋回しつつ、体力と魔力の回復に努める。

 焦らずじっくりと行かねばならない。ヴォルレウスはそう自身に言い聞かせる。最初期は突っ込み過ぎた。


 龍族最大の切り札である龍言語魔法を約半数ほどしか習得できなかったヴォルレウスだったが、代替的に他の龍族よりも非常に優れた点も有している。

 それが、戦闘中での体力、スタミナ、魔法力値の自然回復能力であった。人間種の中でも特別な頑強さを誇る鬼族の血は、龍族との邂逅により凄まじい継戦能力となってヴォルレウスの中で結実していた。

 特筆すべきは、他の存在からすれば睡眠することでしかマトモな回復手段の無い魔法力である。これは元より周囲に伝播せず、従ってごく限られた近距離にしか効果を及ばせぬがゆえに、使用した傍から消費したばかりの己の魔法力を、まるで循環するかのように再度取り込めていたからこそだった。


 リスクを極力排し、と言っても攻撃の度に危ない橋も渡らなければならない。それでも当たるごとにまとわりつく亡者の魂を幾つか引き剥がし、負の感情の影響下によって互いに結合していた精霊も分散させることに成功していた。更に、分散したごく一部の精霊は、微量とはいえ地上の精霊と同じようにヴォルレウスの肉体に寄生、融合する。


 如何に巨大でも一見無尽蔵であっても相手のリソースを削りつつ、逆に自身の能力をほんの僅かずつでも増していけるならば、歩みは遅くとも着実に勝利へと近づいている筈。そう思っていた。


 しかし、いつまで経っても戦況が自分の方へと傾いてきている感覚が持てない。大海の一滴とでも言おうか。巨大な水がめに手を突っ込んでやれる限りの水をすくっても、全体的な総量からすれば取るに足らぬ微量で、確実に減ってはいても外見上変化が見られない。

 最初期はコレだと思った。あまりにも相手が巨大且つ大量過ぎて、影響を与えられている実感が得られていないと。


 この時、ヴォルレウスは戦いに集中し過ぎていたこと、太陽の一切見えぬ地底にずっと居続けていたことなどが原因で、闇の集合体との戦端が開かれてからの正確な時間の経過を全くといって把握していなかった。

 精々が4、5年程度で、まさか50年近くも時が経っているなど夢にも思っていなかった。


 それでも一つの戦闘としては異常な長期間であり、同時に、数え切れぬほどのそれこそ星の数にすら届く無数の有効打を撃ち込んだ確信だけはある。

 であれば、自らを覆う有機体のストックをいくらでも無尽蔵に近い形で用意し続けられたとしても、敵の力の大元である負の感情に凝り固まって囚われた亡者の魂の数は減らせている筈であった。


 しかし、未だ戦いは正に一寸先は闇とばかりに、一瞬の油断と無策が命取りとなる薄氷を踏み進むものだった。


 ここでヴォルレウスは己の予測に基づいた前提条件を疑い、迫る無数の触手の間を縫うように躱しながらも、答えを求め友と交信を繋ぐべく『通信コール』を行った。


『エルザルド。エルザルド=リーグニット=シュテンドルフ。聴こえているか、ヴォルレウスだ』


 たとえ地上の光の一切が届かぬ地の底にあっても、龍言語魔法は万全であった。すぐさま交信成功の感覚が伝わってくる。


『……おお、どうしたヴォルレウス=ウィンベル。……そこはどこだ? 随分と深い所から話しておるな?』


『ああ、君と別れてからずっと探していた敵の親玉というか、大元を見つけてね』


『魔族と違い、世に混沌だけ・・をばら撒く存在。……本当にいたのか』


『残念ながらね。……っと!』


 予想外に伸びた触手の一本がヴォルレウスの鼻先を掠めた。当たるところを、上体を仰け反らせることで躱したのである。ただ、思わずと声が漏れた。

 龍言語魔法『通信コール』は『念話』の派生魔法に近い。従って似通った部分は多く、会話の相手に伝えたいと思う言葉のみが伝達され、口頭で発する発さないにはかかわらない。素質を持った者が相当に訓練すれば、口で発した内容と全く別の事柄を伝え合うこともできる。


 だから反射的に出てしまった声も、ヴォルレウスがエルザルドへと伝達されぬようにすることも可能と言えば可能だったのだが、そもそも特別に訓練したことも無ければ、普段からほぼほぼ使ってもいない魔法に碌な習熟などできている筈もなく、筒抜けとなってしまうのは当然のことであった。


『既に交戦しているのか? ……だが、今のお前であれば、全力で戦っていれば、どこであろうとも……』


 何の因果か龍族にしてはヴォルレウス定期的な付き合いのあったエルザルドは、友の実力の程も彼自身と同じくらいに良く知っていた。当時、既に最強の一角にすら届きつつあった彼が全力で暴れれば、同等からそれ以上の実力と感覚を秘めたエルザルドに感知できぬ筈は無い。このように考えての言葉であった。

 だが、さすがに場所が悪い。


『全力なんだ。地上じゃあないからね。深すぎるんだよ』


『そんなところに潜んでいたか。道理で影も形も見つからぬ訳だ。して、求めるのは我の助力か?』


『そうなんだよ。申し訳ないけど、また頼めるかい?』


『無論だ。以前も伝えたが、我個体の望みというものは最早無い。ならば友の頼みに全力を尽くし、命を懸けるのもまた良きことだ。懐かしき遥か昔の友のことが思い出される。さて、では向かうべき座標を教えてくれ』


『いや、今回は共に戦って欲しいワケではないんだ。今、地上の情勢はどうなっているんだい?』


『何? それは人間の国家の、ということか?』


『うん』


『ふむ……。西はお前が活動していた影響からかしばらくは平穏だったが、ここ10年ほどでかなり乱れてきておる。東は元々がずっと戦乱であったが、更に酷い状態になりつつあるな』


『……やっぱりか。エルザルド、本当に済まないが、龍族に働きかけて、何とかそれら人間種世界全体の混乱を治めてはくれないか?』


『まさか今更、世界の調整役にでもなれと申すのか? しかも我だけではなく、龍族全体に?』


『そうだ。頼む。俺も無理を承知でお願いするしかない』


『友の願いだ。我自身は全力を尽くすと約束しよう。だが、我ら種族全体をも巻き込むためには、それなりの理由がいる。どれもこれも己が納得しなければ行動を起こす者などいないからな』


『解っている。敵は人間種などの知能の高い生物が抱く負の感情を己のエネルギー源としている』


『何!? では現在の地上の混乱はその為の!?』


『十中八九そうだ。君と地上で別れて10年ほど流離さすらい、敵を見つけてから今の今までずっと戦闘を続け、攻撃も絶え間なく攻撃を撃ち込んでいるが……』


『なっ!? 今の今まで、だとぉっ!?』


 これにはエルザルドも本気で驚きを表した。戦いの集中と日の昇り沈みが見えぬことから日付感覚が完全に狂っていたヴォルレウスの一方、地上のエルザルドは年月の経過を当然に、正確に把握していたことで、友が50年にすら届きかねない期間をたった1人で戦い続けていたことを逆算し、気づいたのである。

 しかし、肝心のヴォルレウスには、エルザルドの驚愕に対して構っていられる余裕は無かった。自分の話を先へと進める。


『ああ。だが、正直、あまりに削れた様子が無い。今戦っている敵を倒すには、地下で直接の戦闘を行う者と、地上で世界の混沌を防ぎ奴のエネルギー摂取を阻む両輪が必要だ』


『成程、解ったぞ。龍王国ドラガニアが攻め込まれ、先日、ロンドニアが力を振るう場面も起きた』


『何だって? あの辺りは単なる砂漠だ。奪うものなんてほとんど無いだろう。そんなところまで波及しちまっているのか』


『うむ。このまま手をこまねいているばかりでは、いずれ我ら種族も混沌に呑み込まれかねん。我らもお前の片翼としてどうあっても立ち上がらせよう』


『エルザルド。俺は命に代えてでも、今回の敵を撃破してみせる。どうか、地上の方は頼んだぜ』


『任せてくれ』


 ヴォルレウスの並々ならぬ決意を受け取ったところで、『通信コール』はその繋がりを停止した。




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