65 Homecoming Part 2




 雨あがったのちつゆらはたわむれて――――


 花弁や波紋と共に踊りだす――――


 浮世は流れ、宴の夜――――


 ふと見つけた、水たまりの水面に咲く、虹色の花に――――


 ああ、この世のいと面白きを知る――――


 これぞ、あの日輪にも劣らぬ大一輪か、と。――――




   ◇ ◇ ◇




 地球に一つの隕石が近づいていた。

 研究機関はこれが太陽系内に侵入した時点で発見していたものの、各所に注意喚起を行うことも、発見以降に注目することもなかった。


 この隕石は、実のところ隕石とも呼べぬほどに小さかったからだ。直径が長いところでも100メートルに満たないくらいの岩石なのである。速度も60日で地球圏に達すると、普通より少し速い程度だった。


 要するに危険度の無い対象であると判断したのである。地球を掠めるか、直撃コースであったとしても簡単に大気によって燃え尽きるだろう。

 おまけに中が空洞・・であるとも判明して、増々研究者たちの興味は失われた。これくらいの特徴を持つ物体は、よく飛来するからである。


 そして60日が経過した。





「なんじゃこれは……」


 ハークは壁面に取り付けられた3D放映法器から発せられた立体的な映像を観て、思わずと絶句する。決して映像が見事であるとかましてや不思議であるとかの称賛的な気持ちからではなかった。


「どうかしたッスか?」


 美しい大人の人間種の女性に変身した虎丸が素直に訊く。

 今流れている映像の観賞を薦めたのは彼女であったからだ。放射される映像では2人の人物が、戦いの時を今や遅しと対峙している際中だった。


 その片側をハークは指差す。どこかで見たような和服っぽい服装に身を包み、髪は金髪。髷とポニーテールの中間あたりで長髪をまとめている。もはやエルフ族でも着ない、時代がかった遥か昔の格好だった。

 更に身の丈と同じ程度の長刀を肩に担ぐように装備していれば、誰を模しているか一目瞭然である。


 ただし、明らかにおかしな点があった。胸元に2つの果実が実っているのだ。

 羽織った上着を身体の中心で合わせる服装なので、どうしても谷間が見える。しかも結構な大きさゆえの、深い谷間だった。


「なんで儂が女性になっているのだ!?」


 これまでハークが暇な時間にと観た、自身を元にしたり題材とした映像戯曲でも、演じる俳優が女性であることは多かった。最初に演じてくれたレイリーティアを始めとして、割合としては女性の方に傾いている気がする。

 前に聞いた話だと、男性が演じるとイメージが崩れて不評だという話も聞いた。何がイメージだと訊いてやりたかったが、今回のものに比べれば些細なものだ。言うに事欠いて自分が女性と設定されているのである。


「最近の流行はやり、ってヤツッスよ」


「流行り!?」


「そッス。女体化ってヤツらしいッスよ。最近は歴史上の人物を可愛い女の子に置き換えるのが大流行りッス」


「何故に……? ぶっ!?」


 ハークが驚いた声を上げたのは、対峙するもう片側の人物がアップに映されたからである。

 道着を元にしたような服装、短髪、何より額より突き出ている角。間違いなく、アレである。


「フーゲインまで女体化しておるのか……」


 東洋系の特徴を携えた、紛れもない美女であった。大柄で筋肉質でありながらも肉感的である様子がシアやヴィラデルを想起させる。

 場面はハークとフーゲインが初めて会った頃合だった。

 つまり、フーゲインから模擬戦を申し込まれた時である。


 心躍ったあの時の戦いを思い出す暇も無く、フーゲイン役の女性が画面の中でニヤリと不敵な笑みを見せ、飛んだ。


『アッチャーーー!』


 懐かしい怪鳥音と落下の勢いも伴った拳が、先程までハーク役の女性が立っていた場所に打ち込まれる。

 途端に大地が裂け、大きくひび割れた地面の間から赤い粘性の謎の液体が漏れる。

 ハーク役はというと後方に飛んでこれを回避していた。大きな隙に攻撃を叩き込むべく突進する。


『奥義・『大日輪』!!』


 防御した相手が軽々と吹っ飛んでいく。なんと遥か先に見える地平線の雪山の頂上付近に直撃し、その山を粉々に粉砕した。


「おいおい地球を壊す気か!? 地形が変わっておるぞ! 儂もフーゲインもああまで加減知らずではないし、そもそも当時はあそこまでの力は発揮できん」


「これくらい派手にしないと、今は誰も観ないんッスよ」


 ハークの反論に、虎丸はさも当然のように、そしてあっけらかんと返した。

 にしても地盤を砕くとかやり過ぎである。一瞬見えたのは溶岩が噴出した様子ではないのか、などハークは思ってしまう。が、虎丸が製作している訳でもない。これ以上を彼女に文句をつけるのもお門違いである。


「コレ、人気なんッスよ。もう第9シーズンまでやってるッス! だからわざわざ公式パンフなんてものが出たんッス」


「パンフ……か」


 ハークは手元の資料に再び視線を戻した。虎丸が見てきた電子書を紙に写し換えたものである。

 その2ページ目に秘密があると虎丸が事前に語っていた。


「まさか虎丸よ……。このページに記載されておる者が全部……」


「はいッス! 全員、性別が逆になっているッス!」


 当たっても嬉しくない。被害者が増えたことを同病相憐れむのみだ。

 ちなみに、これら全て、3D映像を流す法器やハーク達の座るソファ含め周辺にあるもの全部が、虎丸が得た視覚情報を元にハークが物質変換で産み出した品々である。


〈何が『斬新な設定も加えている』だ……〉


 などと、問題のパンフレット2ページ目の記載内容にまで文句をつけたくなるが、我慢して別の言葉を吐く。


「お主……、本当に人間社会に慣れたな」


 ハークは感心半分、呆れ半分でそう評した。人間社会とは文化とも言い換えられる。

 実際そうなのだ。

 地球に生きていた頃とは、お互いが逆の立場となってしまったのである。


 あの日、ハークと虎丸は地球を、人類とその守護者と自覚したヴォルレウスに託して確かに宇宙へと旅立った。ただし、まったく何も残していなかった訳ではない。

 それが、かつて日毬の持っていた能力、『分け御霊』である。これは日毬の細胞のほとんど全てを吸収、融合した虎丸が受け継いでいた。


 元々は縁の深い相手の周囲にいる精霊と術者の魂の一部を混ぜ合わせ、対象の状況を虫の知らせの如く感知することのできる特殊なスキルである。自由度も低く条件も限られ、効果さえも微妙なものだったが、虎丸に受け継がれた際に彼女の能力に合わせて変質。精霊と同化することができるところまでは一緒だが、その数が段違いである。更に一定量集まれば受肉も可能であり、実際に虎丸は自身の獣人形態と瓜二つの存在を造り出して相互リンクさせた。


 これにより強さは生体レベルの限界以上の力は発揮できないものの、かなり自由に動けて戦闘もある程度こなせるもう一人の虎丸が産まれたのである。

 本体であるこちらの虎丸が全力戦闘中の際にはさすがに無理だが、分け御霊の方の行動を本体側がコントロール可能であり、分体が得た経験もほぼタイムラグ無しで取得することができる。


 ちなみにハークも、虎丸に教わる形でこの分け御霊の分体化を習得してはいる。しかし、常時相互リンクは不可能で、本体側からアクセスしないと受肉できずに戦闘どころか行動もままならない。アクセス中は本体が行動できなくなってしまい、しかも姿は地球にいた頃の少年のままであり、発揮できる力も虎丸の分体の生体レベルよりも低い。力関係が地球上限定で元に戻ったようなものだ。そのため、虎丸ひとりでは手が足りないような状況でしか使用する価値はなく、おのずと常時相互リンク可能な虎丸との経験の差は離れるばかりなのである。


 ハーク達がこれを使用している理由は多岐にのぼるが、人間種のいざこざに介入することが主たる目的ではない。彼の最終目的として絶対に死んでほしくない人物を多少導きはするのみで騒動が起きても早期解決の手助けは極力行わないし、特に騒動そのものが起こらないように原因となる元を取り除くことだけは絶対にしない。


 では主たる目的は何かというと、ハーク達が広すぎる宇宙で方向と帰り路を見失わないためである。

 分体がいれば常にその存在を感じることができるので、その座標から自分が今どの位置にいてどこへ向かっているのかを逆算して的確に把握できるのだ。

 また、地球の状勢も多少は仕入れておかないと、ハークの予測能力を充分に活かせない。更には地球外の生活に慣れて、あまりにも生物としての感覚と精神を失い過ぎるのを防ぐ意味合いもあった。


「そりゃあそうッスよ、ご主人。あれからもう一万年も経っているんッスから」


「そうか。そうだよな。あれからもう一万年か……」


 ハークは自分たちを包む隕石・・を透かすかのように眼をやる。

 きっとその視線の先には、懐かしき青に輝く星がそろそろ綺麗に視える頃合いに違いない。

 薄い岩盤など、ハークがその気になればいつでも透過してその先を眺めることができる。

 だが、やらない。これだけは肉眼で見ると決めていたのだから。




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