07 前編04:英雄の主②




『それで? ヴォルレウス殿が未来に仕える人物がその盗賊団に捕まっていたとして、どうしてヴォルレウス殿の助けになったのだ?』


 話が急に止まってしまったヴォルレウスに対し、虎丸が続きをせびるように発信する。


「ああ、身代金だよ。ハルフォードの分を国に請求するつもりだったのさ」


「成程。国を相手にデカい儲けを得ようとしたのか。国の第一王子を捕らえたのだものな。事が上手く運べば見たこともない巨額が手に入るチャンスだ。もうしがない盗賊業にやつす必要すら無い。だが、リスクも大きい。国を相手に交渉を行うのは面倒だし、手間も時間もかかる。所詮は賭けだ。奴らの中でも真っ向から意見が分かれたのだろうな」


「そうだ。彼がいたから、ハルフォードが捕まったから、奴らはアジトからすぐに移動できなかった。無論、彼も捕まるために盗賊団のアジトに潜入した訳じゃあない。協力者もいない、力も無いなりに、見つからぬよう獣人たちを救おうとしたんだ。まぁ、経験も無いし訓練さえしたことも無い素人のスニーキングミッションなんかが成功することはない。が、当時のヒト族は亜人種を明確に一段下と決めつけて見下していた者がほとんどだったし、そもそもどこかの村で何人かがさらわれた程度で役人も軍も動くような国は無かった。それでも彼は、己で何とかしようともがいたんだ。俺はそこに感動したよ。たとえ無謀で無茶で、考え無しだと謗られてもね」


 ハークは肯く。

 そう、その通りだろう。何と言われようとハルフォードの心意気だけは正しく、その勇気は讃えられるべきである。


 ただその一方で、結果論的な話ではあるものの、ヴォルレウスが助けてくれなければ更なる危険を招いていた可能性もまた高い。盗賊団がハルフォードの身代金目的に動くことへと全面的にシフトしていれば、ハルフォード以外、つまりは捕らえられた獣人たちは全員はした金にしかならぬ邪魔者となってしまう。

 自分たちでさらっておいて業腹な話だが、邪魔者を始末しない盗賊はいない。

 ハルフォード以外の獣人全員が、殺されてもおかしくはなかったということだ。


 正しい意志と行動が必ずしも正しい成果を導けるとは限らない。

 今更このようなことを指摘しても意味は無いし、結果論に過ぎるから口に出して言いはしない。大体からしてハークだってやらかしたことはある。

 ロズフォッグ領トゥケイオスの街にて、『黒き宝珠』が操る途轍もない数のスケルトンを敵に回して抗った際だ。


〈あれは無謀過ぎた。今から考えれば、あの時はアルティナ達を強引にでも説き伏せ、場合によっては力づくであっても少数脱出を選択するのが正解であった〉


 最後の最後で日毬の命懸けの援護とデュランの導きが無ければ、最悪、ハークと虎丸以外は全員『黒き宝珠』に骨の化物と変えられていたかも知れない。日毬のことを差し引いても奇跡に近い勝利だった。それくらい無謀な選択だったのである。


 しかし時に、無茶無謀と思われる選択や行動を起こす者が、他者に強い感銘と感動をもたらすことも、また真理と言える。かく言うハークも、モーデル王国の次期女王を目指すアルティナの強い決意に当てられ、覚悟を決めたのだから。


「ところで、ヴォル。盗賊団に捕らえられていた獣人たちだが、もしかして猫の獣人か?」


「お、やっとヴォルって呼んでくれたな、ハーク。そうだぜ、頼んできた子供を始め、猫族の獣人たちだった」


「と、いうことは頼んできた子供の獣人とは、ラギア。後のラギア=ウィンベルか」


『ラギア=ウィンベル? 聞いたことがある名前ッスね?』


「ああ。赤髭卿、ヴォルレウスのウィンベル家を継いだ人物だ。ランバートやロッシュフォード、リィズのご先祖様だよ」


『ああ、思い出したッス!』


 虎丸はポンと手を叩きそうな勢いで納得した。獣型なのでやらないが。


「ついでに言えばモーデル王国第3軍の初代将軍で、同軍を結成した人物でもある」


 自分で言っておきながら、ついでに言うような情報ではないとハークは感じる。

 ちなみに設立自体は現在も続く王国3つの軍の中で最も早く、モーデルの前王国時代より存在していた。つまりは所属する王国よりも歴史の長い軍という訳である。現第1軍と現第2軍が組織された際に第3軍を名乗り始めたのは、初代将軍ラギア=ウィンベルのこだわりだという。


「その通りさ。獣人だろうと危険を顧みず家族や村の仲間を助けようとした人物、身分違いとて、齢もほとんど変わらない子供同士にはそんなこと関係無え。ハルフォードとラギアはすぐに仲良くなったぜ。ラギアが強引に俺に弟子入りしてきて、ハルフォードがそれに続いた後もずっと切磋琢磨していた」


「ほう。その後、ラギアが自分の子供たちを、将軍職を辞してまで王族の無二の親友としてずっとあてがい続けたのは、その時の経験が元だったのだな」


 ヴォルレウスが肯いた。

 制度というほどでもないが、この慣習はウィンベル本家が無くなった今も分家であったワレンシュタイン家が受け継いでいる。

 1人ではない、友がそばにいる。これがどれだけ人の心を救うのか、ハークは身をもって知っている。ラギア=ウィンベルは正にモーデルを支える基礎を作ったのだ。


「ま、そんなこんなで俺はハルフォードの夢に賛同して、仕えることにしたんだ。龍人は寿命の無え存在だ。その内100年にも満たねえ時を、この子の理想のために費やすのも悪くないと思ってな」


「生きる指標とは、そういうことか」


 ヴォルレウスはもう一度肯いた。


「実際には100年どころじゃあなかったがな。とにかくハルフォードの側近となった俺はまず彼の叔父、前国王の弟と謁見させてもらったぜ。そこで異常には気づいたが、どこの馬の骨とも分からねえ冒険者上がりがいきなり王族を診察なんてさせてもらえる筈もない。なので何度か深夜に忍び込んで回復魔法をかけた。身体の中の毒素は解消させられたが、疲弊した臓器までは治らない」


「回復魔法では元の状態にまで戻すのが関の山だからな。寿命までは伸ばせない」


「歩けるまでは回復させられたが、5年後には力尽きたよ。その間ずっと、ハルフォードの後ろ盾を務めてくれた。おかげでその後の基盤ができたんだ」


「そういえば、ハルフォード殿がどこかの貴族を潰した、などという話は聞かないな。粛々と前王国の王位を継承し、その後他国から戦争を吹っかけられ、次々と勝利していく。その過程でどんどんと彼についていく仲間が増え、版図が広がって、今のモーデル王国へと改めた、のだったな」


「随分と端折ったな。しかしまァ、大筋はそういうこった。前国王の王妃の実家は有力貴族だったからな。わざわざ潰すことはしなかったが、暗殺の証拠品を押収した後は便利に・・・使わせてもらったよ。何度か懲りずに暗殺者を仕向けてきたが、俺がいたからな」


「成程。ヴォルの五感をかいくぐることなど普通では不可能か。龍族だものな。モーデルと名づけたのは、ヴォルか? ハルフォード殿か?」


「最終的にはラギアだ。俺が、この王国を他の西大陸や周辺諸国のモデルケースにしましょう、って言ったら、じゃあ新国家の名前はモーデルで良いんじゃね、って言い出してな。ハルフォードが気に入って使ったんだ」


 ヴォルレウスが当時を思い出したのか、笑いをこらえる表情となる。

 彼らの仲が良かったのが解るエピソードだ。

 ヴォルレウスは更に続ける。


「その後は君らの知ってる通りだ。モーデル王国は西大陸の最有力国家となり、亜人種も取り込んだ一大国家となった。ハルフォードが寿命で永眠し、10年ほどモーデルに留まってから俺は死を偽装した。それから髪や髭を白く染めて、常に顔面をフルフェイスヘルムで覆うようにもしたよ」


「どこか、モログに似ているな」


「ああ。あいつが顔を隠す必要があると決めた際に、俺の昔話を思い出しのかも知れん。ンで俺は、諸国を、西大陸中を流離さすらいながら、ハルフォードと俺たちの夢の結果を確認しようとしたんだ。モーデルに影響され、同じような、言わば善意の国家は時間の経過と共に増えていったよ。ところがだ。……ん?」


 ハーク達と同時にヴォルレウスも気づいたようだった。

 自分たちの足の下、地球の大地、その地の底より巨大な何かが近づいてくるのを。

 それは、明らかな敵意を放っていた。


「どうやら邪魔が入るようだな」


「そのようだぜ、まったく」


 ハークとヴォルレウスは再び龍人形態へと変化する。

 そしてハークは背に負う真なる『天青の太刀』を抜く。

 ここ・・でならば良し、であった。




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