18 中編03:200年前②




 貴族連合軍に比べ、国王軍の方は惨憺たる有り様と視えた。そろそろ夜も更ける頃合だというのに、未だ軍議の真っ最中であったのだ。しかも、結果というか回答は、先の見えぬ遥か前の霧の中といった感じであった。


 原因が、ずっと怒鳴り声を発し続けているからだ。


「――――貴様ら! あの体たらくは一体何だ!? 敵の軍隊に完全にやり込められていたではないか!?」


「申し訳ありません、陛下! しかし……!」


 今日の負けは戦略的に敗北した所為だ、そう言い返したいに違いない。しかし、彼らの盟主は更なる勢いでまくし立てていた。


「言い訳など聞きたくはない! 貴様らは敵を倒すことだけが任務だ! 言葉を並べたてることよりもな! そうであろう!?」


「は、はい……、仰る通りです……」


「では、役目を果たせ! 奴らを殺す算段をつけろ!」


 (皆、委縮しているな)


 ヴォルレウスは軍議の行われている天幕から、その周囲を守護する兵たちに存在を気取られないよう少し離れた場所の暗がりに潜んでいる。にもかかわらず、ハッキリと聞こえすぎるほどに聞こえてきていた。ヴォルレウスが常人とは大分違う聴力を持っていることを差し引いたとしても同じことだったろう。上司どころか自分の国を統べる存在にあれほどの剣幕を押しつけられ続ければ、如何に正論であっても返すのは難しい。これは、胆力や度胸などとは別の問題だ。


「わ、解っております……。ですが、陛下、1つ提案が……」


「何だ!?」


 しかし、何事にも時に勇者は現れる。


「貴族連合軍と一度、話し合いの機会を持たれてはいかがかと……」


 当然のことだと、ヴォルレウスは思う。昼間の戦いを見る限り、純粋な戦闘では敵わない。数の上では互角に近くとも、戦術、戦略面で大きく上をいかれていた。

 恐らくは経験の違いによるものだろう。

 今のままでは百回やっても一回勝てれば良い方だ。まともにやって勝利する見込みがほとんど無いのであれば、別の方法を模索するのは至極理に適った考えと言える。則ち、調略、或いは和睦だ。


 だが、主の反応は激烈なものであった。


「貴様、何を言っている!? まさか奴らに対して余に頭を下げろと申すのか!」


「い、いえ! そこまでは。ただ……」


「ただ、何だ!?」


「開戦して、もうすぐ1カ月経ちます。そろそろ多少なりとも解決の糸口を探っておかねば、他国の侵略を呼び込む隙と成りかねません。彼らの主張を聞き、今の内に我々としても協議を行っておく必要が……」


「奴らの要求を呑めと申すのか!?」


「全てを、という訳ではありません。突っぱねるところは突っぱね、譲歩すべきところは譲歩すべきと……」


「奴らは国王である余の……、我が国の根本的な権威への反逆者であるのだぞ!? それを……!」


 この日の軍議が終わるのは、更に2時間近く先となった。





(やれやれ)


 ヴォルレウスは楽々と、本来ならば警備は超厳重である筈の国王専用天幕の中へと侵入していた。


 日の出までもう3時間足らずしかない。夜が明けてしまえば、またあの地獄のような戦場が再開される。それまでに、ほとんど全員が死ぬ気で休息を貪っているのだろう。周囲は静まり返っていた。

 また、夜通しの警備兵たちも、今日のような日々を既に約1カ月間近くも経験してきたのだろうか。誰も彼も疲れ切っているようであり、注意力も散漫で忍び込むのに苦労はしなかった。


 ヴォルレウスはここで改めて視覚、眼で視えているもの以外に感覚を集中させる。

 誰かが騒いでいたり、何者かが近づいてくる気配はなかった。


(さて、今の内にやってみるか)


 意を決してヴォルレウスは右手に火の属性の魔法を、左手に水の属性の魔法を発現させる。

 そして意図的に混ぜ合わせて相互干渉による反発、拡散現象を引き起こした。

 パッ、と一瞬だけ天幕内が強い光に照らされる。次いでヴォルレウスは、寝静まる王に向かって水系統の回復魔法を使用した。気持ち荒かった彼の呼吸音が、幾分穏やかになった感覚があった。


 ここで、もう一度ヴォルレウスは周囲に向かって己の規格外な感知能力を発揮させる。

 すぐ外の兵士が何事かが起こったことに気づいたようで辺りを右、左と見回すも一瞬過ぎて分からず、また眠気に負けてコクリコクリと舟を漕ぎ始めていた。


 ヴォルレウスは最後に三度、自身の間隔を研ぎ澄ます。未だ何の異常も無いことを検知し、するりと天幕を抜け出て闇に再び紛れた。




   ◇ ◇ ◇




 翌朝、向こうの連中の主張も一度くらいは直接耳にしておかなければな、と急に態度を軟化させた王に対し、陣営の誰もが驚きつつも安堵したかのような表情を浮かべる様子を数キロメートル先から眺めながら、ヴォルレウスは一つの確信に至っていた。


(やはり、魔族はいないな)


 魔族とて、他者の思想に激烈な変革を与えることができる。洗脳魔法がそれだ。

 しかし、洗脳魔法は単体では機能しない。あくまでも思考誘導を可能とするだけなのだ。最終的な調整は、何者かが絶対にしなくてはならない。

 この作業を魔族以外が担当したとしても、数週間に一度の重ねがけの作業は術者本人が必ず行う必要がある。洗脳魔法には元々の人格を変化させたり、ましてや失わせる効果は無いため、時間の経過と共にそれらが表に現れて効果が薄くなっていってしまうからだった。


 よって、洗脳魔法を施された者の近辺には、必ずと言っても良いほど術者、則ち魔族の姿がある。

 が、王の周りには四肢の一つに大きなダメージを負った者の姿などは見られない。洗脳魔法が強制的に解除されると、呪いが返ってきて術者の両腕両足のどれか1つを焼け焦がしてしまうからだった。これは回復魔法でもすぐに癒すことはできない。治しても、即座に元の状態へと戻されてしまうのである。


 そもそも昨夜の軍議では、王の剣幕に対して軒並み全員の委縮している様子がハッキリとヴォルレウスには感じられた。洗脳魔法の術者、つまりは思考誘導の張本人が、それを施した対象の人物に対して委縮することなど、まず有り得ない。


 更にこの時点でヴォルレウスは、エルザルドと共に魔族の封印された地である北の果ての半島の周囲の海底を地形ごと変化させ、常に逆巻く激流の発生する渡航不可能な海域へと改造している。魔族の可能性は元々ゼロに近いものであった。


 実際には魔族の完全封印を施した頃には、ハークと後に交戦することとなるイローウエルら4体の魔族が既に人間側の大陸に潜入していたが、その潜伏先は全くの別方向であったことが、ハークの『可能性感知ポテンシャル・センシング』を元にした解析によって判明している。


(大体からして、ありゃあ洗脳というよりは、トキソプラズマみたいな症状に近いような気がするな)


 トキソプラズマとは、旧世界で最も人類に感染していた寄生虫の一種である。

 その感染率は全人類の約30パーセントから、場合によっては50パーセントに達していたという見方もある。これ程の大規模であるにもかかわらず、問題視され難かったのは、感染してもほとんど自覚症状も無ければ健康被害も表れないからであったようだ。不安や一部の恐怖に対しての感受性が鈍くなるくらいで、起業家に多い症状でもあったらしい。


 感情の起伏、情緒面の傾向を大きく変化させられているように見受けられた。そこが魔族の洗脳とは違う。


(何かがおかしい……。何かがな……)


 このような事例は、魔族の完全封印を成し遂げた丁度1年後くらいから見受けられるようになった。

 洗脳者のいない、人格への干渉。まるで、世を乱す魔族の代わりを務めるかのようだ。


 既に同じような症状を3つか4つ治めていたヴォルレウスは、この国の混沌が収まるのを待たず、次の地へと旅立っていった。




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