12 前編09:等価交換
「……成程、そういう事か……。理解した」
「何、もうか!?」
さすがに戸惑う様子を見せたヴォルレウスに対して、エルザルドが解説を入れる。
『ハーク殿は余ったリソースを『
「ほう。肉体だけの俺に対して、実に万能なのだな」
「買い被りし過ぎないでくれ。龍族の貯めに貯めた知識が、大元としてあってこそだ。……しかしまぁ、ナノマシンとやらから精霊への進化は、病気の克服に肉体能力の超強化と人類にとって都合が良いことずくめとは思っていたが、矢張り逆の結果も生じていたか」
「……そこまで解っていれば、買い被りでもない気がするぞ。光あるところには常に闇あり。実に使い古された言葉だが、真理だよなァ。あちらを立てればこちらが立たず。どっかのデッケえ砂漠を緑化したら、海を越えた別大陸の森林が危機に陥る可能性がある、とかな」
「そんなことが……、いや、砂都トルファンや龍王国ドラガニア周りの砂漠と、新大陸南部の熱帯雨林との関係か」
「知ってンのか。旧世界末期にゃあパンドラの箱扱いされた難問だ。全知全能かよ」
ハークは心外だと言わんばかりに苦笑して手を振った。
「冗談はよしてくれ。自分の眼に見える事柄への感知が精一杯だ」
その視野が確かに全知とはいかぬまでも圧倒的に広大なのだ、と言いたげなエルザルドの雰囲気を察するが、流して次に行く。
「大体からして、儂は貴殿の過去の行動にすら、まだ解らぬことが残っておるよ」
「ん? 質問の残りか?」
どうぞ、と言わんばかりにヴォルレウスは手を差し伸べる仕草をする。ハークは肯いた。
「鑑定のシステムだが、どうにも理由が解らなくてな。何故、名の発音基準だけを日本語から除外したんだ?」
「何?」
ヴォルレウスは意外そうな表情をさらす。
その真意は恐らく、いや確実にこうだ。何だ、またそんな事か、と。今度は口に出して言わないだけマシではあった。
次にヴォルレウスは、にっと笑みを漏らす。理由はすぐに解った。
「そりゃあ当然さ。除外しなきゃあ、君の名前はヘラクレスとなっていたんだぞ」
「そうだったのか!?」
ヴォルレウスはコクリと大きく肯いた。
「ああ。他にもギガンティックとか、日本語独自の読み方というのは数多くあってな。日本語表記や発音を優先させると、システム的にどうしても無理があったんだ。鑑定してみたら、親御さんから貰った名前が別の表記をされていたなんて、大問題だろう?」
「確かに。成程、色々考えて設定を行う必要があったのだな」
「そういうことさ。話す言葉は日本語が席巻しているから、丁度バランスが取れたとも思っていたしな」
「儂はてっきり、『ユニークスキル』持ちを世間に解け込ませるため、あるいは紛れ込ませるためかとも思ったぞ」
「まったく狙っちゃあいなかったが、そういう効果もある仕様だったか」
「ああ、当初は日本語名と気づけなかったくらいだ」
「そうか? この時代の人々にしてみれば、珍し過ぎて判る人には判るといった感じらしいがな」
『ガルダイアによると、彼らは2つの『
『
「ほう、2つか」
ヴォルレウスの興味津々といった眼差しが、ハークの左胸に宿るエルザルドへと真っ直ぐに向けられる。
『1つ目の法器は『
「腐りかけの探求者? もしくは腐敗を探す者、か? 酷い名前だな」
「ああ、まったくだ」
『我もそう思うが、言い得て妙でもあってな、新たに新生児となった魂の中から、歪みが進んで壊れかけの魂を探し当てることができるのだ。といっても、毎年産まれる何千、何万という新生児すべての魂を探知し、検査するには複数の魔晶石であっても賄えないくらいの膨大な魔力が必要となる。そこで奴は、ガルダイアは探知する魂の条件を限定することにしたのだ』
「限定?」
ヴォルレウスが鸚鵡返す。
『うむ。限定したのは、旧世界末期の日本を経験した前世を持つ魂だ』
「何? となると……」
「西暦20世紀後半から21世紀にかけて、だな」
ハークが即座に説明を捕捉する。ヴォルレウスは首を傾げた。
「何でだ? 解らねえな。その頃の日本って、世界的な歴史で見ても稀なほどに平和だった筈だろう? 魂が歪む要素なんて少ない筈だぜ。トラウマの原因となる悲劇や、残虐行為にも遭遇することすらほとんど無い筈だ」
『だからこそだよ。そこで異常を持つ魂はかなりの高確率どころか、ほぼ確実に、致命的な歪みが生じている魂ということだ』
ここで、またもハークが捕捉を行う。
「善きにつけ悪きにつけ、な。儂が記憶を有している前世の時代であれば、ちょっとやそっとの歪みは当然であり、生き抜くゆえの必然でもあったろう。が、人類史上稀に見る平和な地域と時代に産まれながらも歪みを得たというのは、余程特殊な人生の経験者か、特別過ぎる素質、素養を持っていたということに他ならない」
「費用対効果ってヤツだな。そうか、だから勇者、いや、ユニークスキル所持者は特定時代の日本人ばかりだったという訳か」
『そういうことだ。更に、『
「イクスヒューメイションか……。正に発掘、ってコトかよ。そりゃあ、何十年かに一度しか現れない訳だ」
「好き勝手に与えられる訳でもないからな。そして余程運が良くなければ、その後の転生も危うくなる。魂が本当に壊れるか、枠を外れてしまってな」
「ひでえ話だ」
『ガルダイアを庇う訳ではないが、奴は素質ある者に才能を与えているのだと信じ、魂の破壊や再転生の不可も意図してのものではない。……あまり言い訳にもならぬがな』
「兎に角、そうやって刻まれた前世の記憶から鑑定を行い、生まれたばかりの赤子や物心つく前の幼子に命名が行われる。ユニークスキルを身につけた彼らを保護した者によって。だから、鑑定のスキルが登場する前と違い、現在ではユニークスキル所持者の名が奇妙な発音となってしまう。これを、以前は双方の『
ガルダイアが創り上げた『
『ハーク殿の言う通りだ。これが奪われたものだとしたら、その奪った者こそが、我らに闇の精霊をけしかけている敵、ということになるのかも知れないな』
「その2つの『
その時、ハークは下の方から何かが自分たちに向かって飛んできているのを感じた。ただし邪悪な気配ではないし、攻撃性のあるものでもない。
黒いヘドロ群と戦い続けている虎丸が、一瞬動きを止めただけで戦いに戻ったのもその証拠であった。当然、ヴォルレウスも気づいて視線を下に向ける。
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