06 前編03:英雄の主




『ヴォルレウス殿の、生きる指標となる人物?』


 虎丸が鸚鵡おうむ返す。


「ああ。虎丸殿にとってのハークみたいなものさ」


 この一言で、何故か虎丸の眼の輝きが幾分増したように視えた。


『興味あるな』


「そうかい? ま、君の主と1つ違うのは、その子は当時、本当に何1つ眼に見えるものを持っていなかったことだね。富も、権力も、仲間も、自分の身を護る力さえも」


〈虎丸と出会った当時の儂も、あまり変わらんな〉


 無論、今の記憶となった己である。ハークはそう思った。


『そうだな。オイラの主は最初から強かった』


 だが、虎丸にとっては違ったらしい。些か胸を張っているようにも視える。

 これは恐らくハークと虎丸に於いての価値基準が、別のところにあるからに違いなかった。

 訂正しようかとも思うが、あまり話の腰を折るのもいただけない。


「彼と最初に出会ったのは、とある盗賊団にさらわれた姉と村の仲間たちを助けようとしていた獣人族の子供に請われて、その盗賊団のアジトに乗り込んだときだったよ」


 ヴォルレウスが昔を増々懐かしむ表情となり、言葉を止める。

 ここまできて、さすがに我慢できずにハークが口を挟んだ。


「盗賊団が獣人をさらう? 奴隷にでもするつもりということか? モーデルの辺りは昔から奴隷制度など無いと聞いていたが……」


「いや、今でこそ西大陸側じゃあ奴隷制度を認めている国は1つも無いが、300年以上前にはまだ西の外れの方の国で横行してやがったんだ。今でもそっちの方じゃあ規制が緩い。小さい頃のモログも、たぶんそっちで取引されちまったんだろう」


「その盗賊団も、わざわざ大陸の西の方の国くんだりにまで行って、売りさばこうとでもしていたのか」


「そういうことだな。当時は、役人は碌に仕事をしねえし、貴族連中はほとんどが無能か馬鹿の集まりだった。先に国を出られていたら、捕捉は正直難しくなっていただろうな。だが、その子まで捕まっていたおかげで助かった」


『捕まっていたのが助かった?』


 虎丸がまたも可愛く首を傾げる。確かに事情が分からなければ謎であろう。


「ああ。盗賊団を全員気絶させてからとっ捕まえて、アジトの奥に行ってみると檻の中に獣人たちと一緒に1人、ヒト族の少年が閉じ込められていたんだ。彼の名はハルフォード=シフォン=リュクセイ」


『え? それって確か……』


 虎丸も憶えていたようだ。ハークもその名を勿論憶えている。


「ハルフォード=シフォン=リュクセイ=モーデル1世・・・・・・。偉大なる『英雄王』。後のモーデル王国初代国王となる人物か」


「うむ。当時の身分は継承権第1位の王族であり、王子だったよ」


『そんな人物が、なんで盗賊団なんかに捕らえられていたのだ?』


「彼はね、一般的な王族どころか、そのたった2週間前までは王城にすら足を踏み入れたことすら無い身分だったんだ」


『王族なのに王城に足を踏み入れたことが無い?』


「庶子か?」


 ハークがそう訊ねると、ヴォルレウスは肯いた。


「ああ。それも、庶子も庶子。父親である前国王からは実子認定すらされず、ハルフォード自身も、自分は田舎の中級騎士の跡取り息子であるとしか思っていなかった」


御落胤ごらくいんではないか」


「そういうことさ。母親は物心つく前に他界、ハルフォードは祖父に育てられた。祖父は事実を知る王族と国の上層部に口止めを強要され、更に金銭的な援助も受けていたのでハルフォードには伝えられなかったらしい。尤も、ハルフォード自身が知っても決して王族として迎え入れられることなど無いと解っていた、ということもあったようだ。ハルフォードを産んだ彼の母は若い時中々の才女であったようで、王城で奉公することになったのだが、そこで前国王の手がついてしまったらしい。だが、身分が低過ぎるのと、前国王はまだ若く、弟もいて、しかも妊娠が発覚したのが正妻を迎えた矢先のことだった。実子として迎えられる状況じゃあなかったんだ」


「それで強制的に実家に戻されたか」


 ハークの眉間に自然と皺が寄っていく。彼にとっては何度か聞いたことのある話だ。母子揃って消されないだけまだマシとも言える。ただ、ハルフォードの母が、子供が物心つく前に亡くなってしまったというのは、失意の所為であるのかも知れない。


「それが、ハルフォードが12歳の時に急に風向きが変わったんだ。俺と出会う約1カ月前のことだ。彼の実の父である前国王が病死した。正妻との間に子は無し。前国王の血を引くのはハルフォードただ1人だけとなってしまった」


「ほう」


 それまでは俗に言う、よくある話のように感じられたが、ここからは中々に無い展開である。日本では昔からあまり身分の差が絶対的ではなかった為ハルフォードのような例は少ないが、それでも多少は伝え聞いたこともある。

 しかし、実子入りを拒んだ挙句に10年以上経って子種を残さずその本人が死亡するという展開は初耳だ。


「前国王の死亡後、彼の弟が初めてそのことを知り、ハルフォードを王族に迎え入れた」


「ハルフォードのお祖父さんは気の毒だな。娘を奉公に出したら妊娠させられて強制的に返された挙句に、跡取りとして育てていた孫も王族に取り上げられてしまうのか。だが、その前国王の弟は何故自分で王位を継がず、ハルフォードを迎え入れたのだ? 贖罪か?」


「いや、贖罪の気持ちも決して無かったわけではないだろうが、彼も病に侵されていたんだ。兄である前国王と同じ死病さ。それで自分では王位を継げなかった。子供もいない。ただな、彼は本当は病じゃあなかった。彼が侵されていたものは病じゃあなく、毒だったんだ」


「毒?」


『何やらキナ臭い話になって来たッスね』


 虎丸の言葉にハークはそうだなと肯く。


「10年以上、ずっと同じ毒を盛られ続けていたようだ。後で俺自身が診察したから発覚したんだが、弱い毒を少しずつ少しずつ与えられていた形跡があった。恐らく病気で死んだっていう前国王も同じだったんだろう」


「毒を盛った相手は判ったのか?」


「ああ。前国王の正妻と、その実家だ。元々国の有力貴族の1つだった」


「成程。王位を、国を乗っ取るつもりだったのか」


「そういうことだな。薄々勘づいていた前国王の弟は正妻が王位に就くことを阻止するため、ハルフォードを呼んだんだ。だが、今まで平民と殆ど変わらない田舎中級騎士の出で、後ろ盾である前国王の弟も病で虫の息。余命は約半年と医者に宣告された有り様だ。誰もハルフォードに未来があるなんて思わない。味方はゼロに近かったよ」


「酷いな」


「正妻やその実家側からの画策や干渉もあったんだろう。だが、ハルフォードは諦めていなかった。彼は王族に迎えられた際に1つの夢と決意を抱いたんだ。『誰も理不尽な死を迎えることのない、幸せな国を創る』ってな」


 ヴォルレウスはより一層昔を懐かしむ表情となり、いよいよ両眼を瞑った。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る