20 中編05:元凶②
ここまで来て、ヴォルレウスは一度口を完全に噤んだ。
「なんじゃ、どうしたヴォルレウス?」
突然話が止まってしまったことに、当然の如くアレクサンドリアがまず不満を表した。
彼女に次いて、ハークも含めた全員の視線が集まってもなお、ヴォルレウスは決まり悪げな表情を浮かべて一言だけ返すのみであった。
「言いたくない」
唖然、呆然とした表情を浮かべる者、隠された真意を探ろうと眼を凝らす者様々だったが、不貞腐れたような息子の言葉に対して最初に返したのはヴァージニアだ。
「今更なに子供みたいなこと言ってんのよ。これからが本題なのでしょう?」
「いや、待ってヴァージニア。もう敵は闇の精霊だってことで決まりだし、本拠地があるのも分かったから、後はその場所さえ話してもらえばもう良いんじゃあないかな?」
取り成そうとするガナハであるが、さすがにまだ早い。
「そういう訳にはいかん。精霊は自らで考える術を持たぬ筈じゃ。あまりにも小さ過ぎるからの。群生し、有機体を纏うたとしても、普通に考えるならば性質保存の期間が延長されるのが精々じゃ。何者かが大元の意志を植えつける必要がある」
「あ、そっか」
「ええ、その通りよ。大体からしてこれじゃあ話半分だわ」
「そりゃそうなんだがよぉ……」
頑ななヴォルレウスの様子にハークが違和感を抱き始めた頃、エルザルドの記憶が突如流れ込んできた。
ヴォルレウスが話したがらない理由にまで思い至ったハークは、ここで自分から名乗りを上げる。
「分かった。ここから先は儂らが話そう」
「え!?」
「なんでハークが!?」
虎丸を除いた女性陣が戸惑いを見せる。
当然の反応と言えた。
「儂は今やエルザルドと記憶を共有している。なので、まぁ、大体の事情は把握しているよ」
「確かに200年ほど前、妾らを含めた大多数の龍族からヴォルレウスへの助力を直接的に取り付けたのはエルザルドじゃ。そういう意味では、妾などとは知り得た情報の量が違うのは当然であろうの。妾としても異存は無い、とでも言いたいところではあるが……」
「ダメよ。実際の当事者より詳しいってワケはないんだから。ハークもアレクサンドリアも甘やかさなくていいのよ?」
実の母たるヴァージニアが少し厳しいことを言う。
「甘やかすというか……、同病相憐れむ、とでも言うか。まぁ、野郎同士でしか解らぬこともありましてな」
そう。
そしてこの場には、ヴォルレウスとハークしか野郎はいないのだ。
「でも……」
「ふむ。では、こうせぬか? 儂とエルザルドの説明でも至らぬのであれば、改めてヴォルに質問をする、ということで」
この言葉に龍族の女性陣たちの表情も、ハークがここまで言うのであれば、という妥協に近い納得の表情へと変わっていく。
「いいのか、ハーク?」
遠慮がちなヴォルレウスの様子に、似合わぬ姿だと内心思いながらもハークは首肯する。
ヴォルレウスがもしも存在していない、もしくは若き頃にあそこまで力を尽くしてくれていなければ、ハークのここまでの旅路や出自たる森都アルトリーリアも全く別の混沌とした有り様と変わっていたかも知れない、そう考えるとこれくらいの便宜など幾らでも図るべきであろうと思うのだ。
「うむ。では始めよう。ヴォルからエルザルドへと連絡が来たのは、彼が闇の精霊群との戦闘を開始して、今換算してみれば4~50年ほどの月日が経過した頃であった」
◇ ◇ ◇
人の感覚であれば4~50年は相当な時の長さであろう。
これはハークとて同じだ。しかし、眼の前の龍族の女性陣は、千を超える年齢を全員が軽く上回っている。
なので、話が飛び過ぎだなどと文句を言う者はいない。ただし、その年月を戦闘しっ放しだというのであれば、たとえ龍族であっても驚愕に値する期間だった。
そう。その長い年月をヴォルレウスは闇の精霊群とずっと戦闘を継続していたのである。
この時ヴォルレウスは全く知らなかったのだが、というより先程ハークが己の卓越した能力により導き出したところ、精霊は約1万年前の誕生の後、光を好むものとそうでないものに2分されていた。
つまりは簡単に言うと総量の2分の1、全精霊の約半数がヴォルレウスの敵となっていたのであった。
これは、地上にいて魔法による事象改変を行ったり、他者に宿って毒や病気を完全に防ぐほどに生物の肉体自体を強化する精霊の全てを合計した総量と、まったくの同じということになる。
幸か不幸か、入り組んで視界の通らぬ暗き洞窟であること、凝縮された存在であることが、ヴォルレウスに全体像をつかませてはいなかった。
だからこそ、彼は折れずに戦い続けられたとも言える。
また一方で、この頃のヴォルレウスの実力は、魔族には一対一でならば負ける可能性の無いほどにまでは達していたものの、エルザルドやアレクサンドリア、ガナハなどの生物最高峰と比べれば、まだまだ勝ち筋のみえぬくらいであった。
それでも、ここまでの長期間に渡り闇の精霊群と戦い、抗い続けることができたのは、この当時、ヴォルレウス以外に在り得なかっただろう。
というのも、たとえばエルザルドであれば攻撃力や防御力など全ての面で大きくヴォルレウスに勝ってはいても、何十という年月をその身一つで戦い切ることなど不可能である。いかに最強種の中の頂点であっても、スタミナや、攻撃スキルや魔法を発動するためのリソースである魔法力がもつ筈がない。
ヴォルレウスとてそれらの総量、最大値ではエルザルドに負けていた。
ところがである。ヴォルレウスはその生まれ持った特殊な出自により、とある一点に於いては他に比べ抜群に無類であった。
それは、龍の血に鬼族の特性が混ざった結果。ドラゴンの基本値の圧倒的な高さに加えられた鬼族の、人間種離れした
地上でただ1人の
しかし、さすがに殴っても殴っても、戦い続けても一向に減らぬ大きさも変わったようには見えない敵の様子に、ヴォルレウスも大苦戦を強いられることとなる。
一見、光の属性で攻撃を打ち込むことにより、消滅していくように見えた闇の精霊だが、実際には有機体を砕かれるのと同時に精霊同士の結合を解かれただけであり、寄る辺となる感情さえあれば凝縮し再び結合してしまう。
ヴォルレウスがこれに気づいた時、彼の心と闘志が折れかけるのも無理はなかった。
心境としては、自身の消滅すら覚悟したほどであったようだ。
消耗しきり、彼は闇の集合体に呑まれかける。
その時に気づいた。闇の集合体は人の悪意が元となっていることを。
裏切りや騙し討ちで死んだ者たちの数多くの恨み、復讐心、単純に今生きる者たちへの嫉妬、怨念。そういったものが内部に渦巻いていたのである。
闇の集合体とは、言わば過去一万年に渡って溜りに溜まった悪意の集合体と同意であり、他の精霊のように分かち合いバラけることもなく全てを一つに集約しようと取り込み続けた結果、筆舌し難いほどに強大な力を得て、力の基準だけでいうならば神と同義とすら考えらえるほどに成長した存在であると、ヴォルレウスは気づくのだった。
(これは……、さすがに無理かも知れねえな……)
光あるところ、正に闇あり。逆もまた然り。
核の汚染に塗れて、生きる場所を失いつつあったこの星の生物たちに、もう一度繫栄する機会を与えてくれた奇跡であるが、同時に世を蝕む最悪の腐敗を振り撒く呪いの元凶でもあったのだ。
さすがにどうにもなるものではない、とヴォルレウスの心でさえ絶望に包まれる。
直後だった。ヴォルレウスは悪意の集合の中に別の感情も感じ取ったのである。
これが、ヴォルレウスが彼自身での告白を拒否した理由の1つだった。
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