第15話 科学文明の闘士
「アリシア、お前もか……」
俺は直後に闘技場外周に展開されたバリアフィールドに相手の意図を悟る。
「ええ。メリアーナと同じ条件で、正々堂々の勝負を申し込みます」
「なんでこんな大会で勝負しようと思ったんだ?」
「アキト殿は同年代で本気で戦える相手がおらず退屈されているとサリオン様からうかがいましました」
アリシアの言葉に俺は思わず舌打ちをする。クソ親父め。どうやらお袋とは全く別方向から俺の嗜好を漏らしやがったな。
「わかった。そこまで言うからには本気でやっていいんだな」
「ええ、私であればアキト殿の相手を十全に務められると証明して見せましょう」
俺はこんな状況にもかかわらず思わず満面の笑みを浮かべてしまう。
一定の年齢を超えてからは、春香の道場でも本当の意味で本気を出したことは無い。俺の相手が務まるのは常に親父一人で、しかし親父の相手は俺では不足だから切磋琢磨できる友はいなかった。
婚約者云々は置いておいて、目の前にいるアリシアからは確かに俺と釣り合うだけの闘気を感じる。これほど嬉しいことはない。
やがて審判が開始の合図を送ると、アリシアが剣を抜いて親父がいつも試合前に見せる作法に則って構えをとる。それに対して、俺も剣を抜き物心ついた頃から親父との稽古で続けてきた礼を返す。
「アリシア・ロードビア・サージェリオン、参ります!」
「アキト・サージェリオン・メイガス、参る!」
次の瞬間、観客の目から俺とアリシアの姿が消えた。絶え間なく鳴り響く剣戟の調べと、切り結んだ瞬間に浮かび上がる二人の残像に信じられない高次元の戦いが行われていることを悟ると、観客は湧き立った。
◇
「嘘だろ! アキトのやつこんなに強かったのかよ!」
闘技場の二人を唯一追い切れている春香は、ガルフの言葉に少し寂しげな表情を浮かべて答えた。
「うん。悔しいけど、私じゃアキくんの剣の相手はしてあげられなかったんだ」
薪を飛燕剣で三つに断ち切ったとき、ガルフは二人の技量を同じと捉えていたが、実際には二人の間には大きな差があったのだ。さらに言えば飛燕剣は春香の家に伝わる古武術でアキト本来の流派ではない。
今、闘技場の二人が使っているのは科学文明の頂点であるサージェリオンに数万年と伝えられた秘伝の剣術なのだ。完成度が違う。ナノマシンの恩恵で再現度が違う。
ナノマシンを利用した肉体の限界を超えた稼動がもたらす運動性能に最適化されたそれは、人類の限界を逸脱していた。
しかし、その極限を超えた戦いも次第に一方に傾いていく。僅か一歳、アキトとアリシアの間にある年齢差が均衡した戦いをアリシア優位に傾かせたのだ。
◇
「どうしましたか、アキト殿! 貴方の本当の限界はそんなものじゃ無いでしょう!」
互いにまだ成長期とは言え、内包するエネルギーは十六歳であるアリシアの方が僅かに
答えは一つ、俺の本当の限界が今の水準では無いことを知っているからだ。そしてその技はガンマ世界に来てから編み出し完成させたもので、親父が知らないはずの情報だった。
「アリシア。お前、いつからこの世界に来ていたんだよ」
「ガルフさんと出会うところからです」
「ほとんど、最初からじゃねーか! なんで完成するまで待っていた!」
俺の問いにアリシアは、出会ってから初めて心の内をそのまま表したような、どこか寂しげな微笑みを見せて答えた。
「アキト殿と同じですよ。私と釣り合うような存在が同年代に居たと思いますか? ロードビアの称号はそれほど軽くはありません」
「……なるほど、さすが親父が認めただけある。お前は、いい女だ!」
そう言い放つと、俺は体内のナノマシンが描く肉体強化の魔法陣に魔力を込めて科学の限界を超えた。
「俺の勝ちだ。アリシア」
一瞬の超加速で剣を跳ね上げられたアリシアは、俺に組み伏せられ首筋に剣を押し当てられていた。
「はい。私の……負けです」
しかし負けを宣言したはずのアリシアからは、ちっとも悔しさを感じられない。それどころか、満ち足りた表情を浮かべている。
俺は怪訝な顔をして思わず剣を引くと、その一瞬の隙をついてアリシアが俺の唇を奪っていた。魔法と科学による二重の肉体強化の反動で跳ね除けられないことをいいことに、長らくそうしていると高度な戦闘に静まり返っていた観客から大歓声が上がった。
「な、何をするんだ!」
たっぷり二、三十秒は経過しただろうか。なんとかアリシアを引き剥がすことに成功した俺は、突然の行動に訳もわからず声を上げた。
「戦いの前にメリアーナと同じ条件と申し上げたじゃないですか。敗北を喫したメリアーナは勝負の後にキスを交わしたとサリオン様から聞きました。それに……」
クソ親父め! ていうか、メリアーナもアリシアも負けても付帯条件があり過ぎだ……って待てよ? なんでそこで黙り込むんだ。
「それになんだ? 続きを言ってみろ」
「……いい女と言ってくださいました」
「う……」
強気なアリシアが恥じらう姿に思わず顔を逸らすと、その先に瞳を潤ませた春香がいた。激しい戦いで忘れていたが、この体制は不味いだろう。
俺はパッと起き上がると、春香の方を向いて首を振りながら訴える。
「いや違うんだ、春香。これはその場の勢いっていうかだな……」
自分でも何を言っているのかわからないほど狼狽して言い訳をしたが、その春香の後ろに更に信じられない姿を見つけた俺は、口をパクパクさせて黙り込んだ。
「まあまあ。これで正妃は春香さんで決定なのですから、そう嘆くことも無いでしょう」
「え? ええっー!」
俺の様子に怪訝な表情を浮かべた春香が振り向いた先には、何故かベータ世界に置いてきたはずのメリアーナがいた。
「どうしてメリアーナがそこで普通に観戦しているんだよ!」
「何故と言われてもアキト様の護衛を命じられていますし、サージェリオン銀河の行動を監視する必要もあるので最初からおりますわ」
そうか。アリシアが居てメリアーナが来ていないわけがなかった。俺が唖然としていると、更にとんでもないことを言い出した。
「むしろ初日の夜、春香さんに気を利かせるようにとアリシアさんを止めた私を褒めて欲しいですわ」
何の事かと怪訝に思っていると、アリシアが不満げな顔をして抗議してきた。
「何を言っているのです。私とてメリアーナに止められなくとも、こんな場面に入っていけるほど無粋ではありません」
アリシアが投影した立体映像には、決定的な一言を告げる春香の姿が投影された。
『私が一番アキくんのことを好きなんだからね。わかった?』
「わーわーわー!」
投影された映像を隠そうとするが、進み切った科学文明の産物なので障害物は巧みに避けて表示されてどうにもならなかった。
それより俺は嫌な予感で一杯になり、恐る恐るメリアーナに尋ねた。
「ちょっと待ってくれ。その映像、まさかお袋も見ていたりしないだろうな?」
「まあ。イリーナ様は大層お喜びになって、全銀河に放映されましたわよ。『今日のアキト様』シリーズで最高視聴率をマークしましたわ」
終わった。俺は手と膝を地面についてガックリと頭を垂れた。しかし、次に辺りに響いた念話に顔を跳ね上げた。
『たわけ! 春香を揶揄い過ぎじゃ! 転移に備えよ!』
気がつけば、お袋や俺が展開するよりも巨大な異世界転移魔法が展開されていた。
「どうして春香がこれを使えるんだ!?」
『春香の中に妾がいることを忘れたか? 其方ら人間が使うような魔法陣は深層心理では全て知っているものと心得よ!』
「はぁああ!? おい、春香。落ち着け! このままだと何処まで飛ぶかわからないぞ!」
俺が肩を揺すると、ハッとした春香はようやく辺りの状況に気がついたようだ。
「なにこれ!? アキくん、制御が効かないよ!」
「クッ! 俺にしがみ付け! こうなったら、春香共々転移して危険な場所ならすぐに転移だ!」
そうして光に包まれた俺と春香は、見知らぬ浜辺に転移していた。
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