第9話 煮え切らない二人
「ねえ、十件も受けて大丈夫なの?」
「クエストといっても、Eランクだから採取ばかりだ。この地図の光点に行って薬草やキノコの採取をすればいい」
俺はナノマシンで空中にマップを投影して春香に半分以上はピクニックと言っていい道程を説明した。魔獣を示す赤い光点を避けて素材を示す青い光点の場所に行って素材を回収すれば、それでミッション・コンプリートだ。
「本当にロールプレイングゲームみたいなお手軽さじゃない」
「まあ、Eランクだからな。例えば高校一年生の同級生がいきなり狼と戦ったら死ぬだろ」
もっとも、普通は魔獣を避けたりあらかじめ採取場所がわかったりしないから時間がかかるはずなのだが、そこはアルファ世界で半年過ごすうちに開発した魔法で時間短縮をしている。これも、いきなり異世界に放り出されて培われた生きる術というやつだ。
「一応、春香も周囲の気配を探った方がいいぞ。叔父さんにならったことが実践に活かせるなんて、そうそう機会も無かっただろ」
「だと良かったんだけど、最近は熊が増えて駆除が大変なの」
「熊? 猟銃かクロスボウでも使っていたのか? 弓なら作ってやれるぞ」
「……普通に直剣と格闘術で倒すの」
はあ? そりゃ確かに田舎だったけど、熊とか猪とかは自治体に連絡して猟銃会とかそういうのに頼むと思っていた。
俺は耳に入ってきた情報と常識の齟齬に混乱して思わずもう一度確認してしまう。
「熊を古武術で狩る女子高生ってなんだよ。いや、この間まで俺ら中学生だっただろ。普通、麻酔銃とかを使うんじゃないのか?」
「それが神社の伝統なの! 大体、おかしいと思わなかったの? あんな危険な技ばかりの武術なんて現代に存在しないんだから」
「そうだったのか。他に比較対象がなかったから知らなかった」
「あきれた! そんなんだから、お父さんや各地の師範代たちが嬉々としてアキくんを鍛えに鍛えたのよ」
なんてこった。どうやら、あそこに居たのは全国の有名格闘家ばかりだったらしい。なんで俺はそんなスパルタ教室に通っていたのだろう……って考えるまでもないか。
「仕方ないだろ。親父の稽古の方がキツいんだから、そういうものかと思っていたんだ」
異世界に飛ばす段取りも整えていたことから、いつか役立つ日のために、厳しく鍛えたのかもしれない。アリシアの話だと、親父は英雄と謳われていたらしいし普通じゃなかったのだろう。とんだスパルタ教育を受けてしまった。
「そんなことより、薬草の群生地に着いたぞ。ほら、あれがそうだ」
癒し草。主に中級ポーションの材料に使われる。地脈の力を使った錬金術で作るらしいが、詳しいことは専門外でわからない。
「あ、神社の裏の山中で生えている薬草じゃない」
「なんだって? 地球にも生えていたのかよ」
「あの山には他の地域で見られない種が沢山あるから、一般的に生えているかどうかは知らない」
あの神社の周囲は妙な結界で守られているし、何かあるのかもしれない。
「というか薬草ってことは春香もポーションを作れるのか?」
「そんなわけないでしょ、傷薬くらいよ。いつも稽古の後に塗ってあげていたでしょ」
「ああ、あれがそうだったのか」
通りで市販の塗り薬より効くと思った。でも、それなら教わったら春香もポーションを作れるようになるのか? まあ、機会があったら考えてみよう。大抵の傷や病気はナノマシンで治してやれるが、保険は数多く持っておくに越したことはない。
◇
マップ通りの道順でナノマシンの予想遂行時間通りに事を終えた俺たちは、冒険者ギルドに戻って素材を収めてクエスト達成の手続きをしていた。
「信じられません。あれだけのクエスト数を日が暮れる前に達成してしまうなんて! しかも、どれも文句無しの品質です!」
ナターシャさんは驚きの表情を浮かべて素材を確認しているが、素材の後処理もナノマシンにさせているから完璧なはずだ。一時期は、これだけで生きていこうかと思ったくらいだからな。
「じゃあ、適当に買い物して夕飯食って帰ろうか」
「待ってください。アキトさんと春香さんはDランクに昇格です!」
そう言ってDランクのタグを渡してくるナターシャさんに、俺は疑問を投げかける。
「今日登録したばかりだろ。制限はないのか?」
「制限、ですか? ありませんよ、そんなもの。例えばAランクのクエストをクリアすればスキップだって出来ますよ!」
なんだ。それなら、もっとハードな奴を受注しておけば良かった。しかし、登録していきなりAランクのクエストを受注できるなんて、とんでもないシステムだな。もはや違約金でギルドは運営されているのかと疑うレベルだ。まあ、今日は春香のはじめてのクエストだからこれでいいだろう。
「そうか、ありがとな。次からはもっと上のクエストを受ける」
俺と春香はランクアップしたタグを受け取って冒険者ギルドを後にした。
◇
市場に向かう道すがら、春香が俺に話しかけてきた。
「ねえ、アキくん。悪いんだけど服を買ってくれない? いきなり転移してきたから、着替えがないの」
「そうだったな。じゃあ帰りがけに店に寄ろう。いくら買ってもディメンション・ボックスで持ち運びできるから遠慮するな」
「それってアキくんが全部持ち運ぶってこと? マジックバックみたいなものは作れない?」
「作れることは作れるけど、かさばるだろ」
すると、春香は顔を赤らめて目を逸らすようにして言った。
「アキくんは、私の下着も持ち運び……」
「わかった、つくる! 腕輪みたいな邪魔にならない物にしよう!」
俺は春香のセリフの途中で被せるように言い放った。今まで自分のものだけだったから気が付かなかったぜ!
俺はその場で腕輪の形状のディメンション・ボックス・コントローラをナノマシンで形成して春香に渡した。個人認証機能付きで、俺も中身を見れないやつだ。
「魔力を使って思念で出し入れできるタイプだ。多分、霊力で代用できると思う。壊れたら元の収納空間に繋ぐのに時間がかかるから気をつけてな。見た目は単なるシルバーの腕輪だが、時計以上の精密機械と思ってくれ」
「わかった。ありがとね、アキくん」
さっそく春香は槍を出し入れして使い勝手を確かめている。
「ああ。精密機械と言っても水とかも収納できるから、ある程度の食糧や飲料水も入れておいた方がいいぞ。ほとんど時間経過はないから長持ちするはずだ」
「そうなんだ。それじゃあ冷蔵庫もいらないのね。地球にいた時に作ってくれたら便利だったのに」
「あの頃は、まだ知らなかったんだ。異世界に飛ばされる前に、親父にまとめて情報を渡されたからな」
というか、ディメンション・ボックスは科学と魔法の融合技術だから普通は作れない代物だ。最初から教えてくれていれば楽だったろうが、渡された情報の中には地球の兵器を超越するような威力のものまである。本来、未成年には過ぎた知識だろう。
◇
そんな事を考えているうちに、服飾店にやってきた。店主のお姉さんは俺たち二人を見ると、頬に手を当ててのたまう。
「いらっしゃい、ミースの店にようこそ! お似合いのカップルね。彼女の服を選びに来たのかしら?」
「どうして、春香の服を買いに来たってわかったんだ?」
「あらあら、年頃の二人が一緒に入ってくるなんて、それ以外考えられないわよ」
男性なら一人で買いに来ると。女性でも同じだが、二人の場合は男性ではなく女性の服を買い求めるものだという。まあ、言われてみればそうか。
そう思って春香の方を振り向くと、なぜか顔を赤くして俯いていた。
「どうした、具合でも悪いのか? 金の心配は要らないぞ」
「別になんでもない! アキくんのバカ!」
◇
春香が動揺を見せたのは、彼女の服を選びに来たというミースの言葉を、否定するどころか何故わかったんだと遠回しに肯定したからだ。
しかし天然なアキトはそれに気がつくことはなく、嬉しいながらも恥ずかしさが勝る微妙な年頃の春香の態度に首を捻りつつ、金の心配など的外れな推測に基づいて機嫌を取ろうとしている。
そんな二人の初々しいやり取りを見てこれはカモだと感じたミースは、日が暮れるまで春香に似合う服を取っ替え引っ替え着せてはアキトに購入させまくるのだった。
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