第10話 想起魔法のレクチャー
「今日はクエストに行かないっていうから普通の服を着てみたけど、どう……かな?」
翌日の朝、着替えを終えた春香を見た俺は、幼馴染の見慣れない服装に思わずジッと見つめてしまう。
「ああ、似合っているぞ。巫女服と制服以外の春香を見るのは久しぶりだから新鮮だな」
およそ冒険者らしくない街娘の服装だが、白地のワンピースは長い黒髪によく似合う。
「そう……ありがと。ところで今日はどうするの?」
「食材調達だな。春香も宿屋の晩飯と朝食を食べて気がついたと思うけど、この世界の料理はそんなに発展していない。つまり、美味いものを食べたければ自分でつくるしかないんだ」
単なるパンに牛乳ならさほど差は出ないと思ったら大間違いだ。柔らかい食パンやロールパンに慣れた春香には口に合わなかったことだろう。当然のことながら、菓子パンや調理パンなどは望むべくもない。
幸い、ナノマシンで発酵したり熟成したりするプロセスを加速させて調味料を作る事はできるので、市場で素材を用意すれば元の世界のクオリティは保つことができる。
そんな異世界食事情を説明すると、春香は軽く頷いた。
「わかった。じゃあ私が料理してあげる!」
「え? こっちにはコンロやオーブンとかないんだぞ」
「どうせアキくんのことだから、それくらい用意しているんでしょ?」
うーん。ナノマシンで合成食品でも作ろうかと思っていたが、それならディメンション・ボックスに入れたログハウスをどこかに設置した方がよかったか。でも街の中に勝手に建てるわけにもいかないしなぁ。
「春香は森の奥の一戸建てで暮らすのと、宿屋の街暮らしとどっちがいい?」
「それは断然一戸建てに決まっているじゃない! 森なんて神社と大差ないしね」
転移してきた直後の山奥での生活に戻る気がするが、やっぱりその方が便利か。ただ、転移すると探知される可能性が高くなるから、街に用があるときは徒歩で通う必要があるのが面倒なんだよなぁ。
でも、エルフの子も森から街に訪れていたわけだし、森から街に通うというのは常識の範囲内か。ここは春香の要望を聞いてあげることにしよう。
「わかった。じゃあ、街に隣接する森の一部を開拓してログハウスを建てよう」
「ログハウスって一から作るの?」
「いや、山で暮らしていた時に建てたものをディメンション・ボックスに入れてあるから、適当な更地を用意して置くだけだ」
「ええ! アキくん家まで収納できるの!?」
「まあな」
そこで俺は異世界転移してきた当初の山奥での生活を話して聞かせた。大体の生活設備は魔道具中心で揃えてあること。山奥でも以前と変わらない生活レベルを維持できていたこと。そして山奥で人間どころかペットもおらず、俺一人の状況で孤独に耐えられず街に出て行ったことを順を追って説明する。
「なんだか意外ね。アキくんが人恋しさに街に出るなんて」
「ネットもテレビもないんだ。当然、漫画やアニメ、それにドラマの類も過去に見たことのあるものしか見られないんだぞ」
最悪、人間が一人もいない世界ということも考えられたが、そこまで位置や位相がずれた世界線ではなくて幸いだった。
「そうなんだ。小説の続き楽しみにしていたのに……」
『それくらい、妾が取り寄せてやってもよいぞ』
「本当ですか! ありがとうございます!」
女神様の申し出に素直に応じる春香に思わずツッコミを入れる。
「いやいやいや! 叔父さんや叔母さんも心配しているだろうし、俺はともかく春香だけでも元の世界に戻してやったらどうなんだ」
『夏美には妾が神託で連絡を入れておいたから心配いらぬ。あと、春香が望まぬ限り元の世界には帰らん』
「叔母さんへの連絡はともかく、帰りたくないわけあるか」
『大ありじゃ。例の二人の女子が、其方が異世界に行ったと知らせてきてからというもの、あれほど真剣に願い続けられては妾とて耳にタコが……』
「わーわーわー!」
女神様の念話の途中で春香が俺の耳を塞いできた。念話だから耳を塞いでも意味はないだろうと思いつつも、どうやら春香には心配をかけてしまったようなので神妙な顔をすることにした。
「ありがとな、春香。俺のそばに居てくれて」
「……うん」
そうしてはにかんで俯く普段と違う服装をした春香に、何だか妙にドキドキしてきた俺は、変な雰囲気を振り払うように努めて明るく振る舞う。
「よし! じゃあ今日から森を開拓して移り住もう!」
こうして街の宿屋から森の奥を切り開いて設置したログハウスに移り住んだ俺は、森の住人として大自然を謳歌するのだった。
◇
それから数週間というもの、朝起きて春香の純和風と言った朝ごはんを食べて昼間はクエストをこなして金貨を稼ぎ、夜は森のログハウスで日本的なカレーライスや和風ハンバーグを食べて風呂に入って寝るという実に健康的で満ち足りた日々を過ごしていた。
コメや味噌など、こちらに存在しない食材はナノマシンによる合成品を使用しているが十分に美味しい。春香がこんなに料理が上手になっていたなんて気が付かなかったな。どういうわけか母さんの味付けに似ているし、好物ばかりを的確に突いてくるので依存してしまいそうなくらいだ。
そんな感想を抱きつつ味噌汁を啜っていると、対面に座る春香が箸を置いてあらたまった態度で話を切り出してきた。
「アキくん、そろそろ魔法を教えて!」
「そういえばそんな約束もしていたんだっけな」
あまりにもクエストが簡単すぎて必要性を感じず、すっかり忘れていた。まあ魔法を教えるといっても、緻密に記憶した魔法陣に魔力を込めて発動させるだけなんだがな。アルファ世界やベータ世界の詠唱魔法と違って、想起魔法は記憶の正確さと保有魔力の大きさが全てだ。
朝ご飯の食器を洗い終わった後、とりあえず簡単な魔法陣を中空に映写しながら、それを頭の中で想起することで発動させるメカニズムを春香に解説していった。
「こんなふうに、詠唱によるプロセスをより密度の濃い魔法陣で代用する事で、一瞬で発動させることが出来るようになる。慣れてくれば、魔法陣を多層にしてもいいし立体にしてもいい。なんなら四次元でも、並列起動でも、それを緻密に思い浮かべることが出来るなら、より複雑なプロセスも一瞬で完成する」
俺の解説に合わせて、ナノマシンにより多層魔法陣、三次元魔法陣、四次元魔法陣が中空に投影され、俺がそれを極小規模で発動させることで、それぞれ発現した魔法の規模や強度を実演で示していく。
「アキくん、そんな複雑な魔法陣を全部記憶しているの?」
そう言って大口を開けて呆然とする春香に、肩をすくめて言い含める。
「言葉で表現した長文を覚えるより定型の図形を沢山覚える方が、人間の頭はより多くを理解できるように出来ているんだってさ。だから、脳の作りに最適化していくと言葉の羅列ではなく図形で覚える形に発展したみたいだ」
大雑把に言えば、美しい絵画を百万言費やして表現するより脳裏に刻みつけられたそれの方がより鮮明で正確に記憶されるものだ。
ついでに言えば、ナノマシンにその記憶を代替させれば、その記憶した絵画を圧縮エンコードする事で更に密度を高めることができる。つまり、魔法と科学の両方を極めれば、より効率的な魔法を発動することができるようになるのだ。
「ねえ、アキト。魔力を込めるって言うけど、私にも魔力があるの?」
「あるはずだ。さっきの一番簡単な着火の魔法陣に、例の不思議パワーを込めてみたらどうだ?」
「不思議パワーって、霊力と呼んでよ。えっと……こうかな?」
「……ッ! 全周バリア!」
俺は直後に感じた強大な熱波に全力のバリアを俺と春香、それからログハウスにかけた。その後、巨大な火柱が立ち上がり、温泉のような音を立てて近くの湖の水分が蒸発していく。
「春香! 魔法陣に込める霊力を抑えろ!」
俺は追加で防御結界をかけて二重の防御を敷くと、数秒後に火はおさまっていった。静けさを取り戻したログハウス前の庭で、春香の中にいる神様の念話が強く響いた。
『春香に威力の指定がない単純魔法陣を使わせるでない。妾に願って発動する法術は程良い威力で現出させてやれるが、なんの制約も無く力を振るったら妾の分体が直接魔法を使うようなものじゃ。惑星ごと消滅しても知らんぞ』
女神様から知らされた念話の内容に冷や汗をかきながら、俺は遥の方を向いておもむろに言い渡す。
「春香は威力の調整に関わる魔法陣を完全に記憶するまで魔法禁止な。それまでは、いつも使っていた法術で我慢してくれ」
「えー! せっかくアキくんと同じ魔法が使えると思ったのに!」
「同じ魔法でも威力が桁違い過ぎるだろ。なんで着火の魔法陣で火柱が立つんだよ」
霊力というか女神様の神力はよほど効率の良いエネルギーなのだろう。初級のファイアーボールで惑星が吹き飛んだら笑えない。
「話を元に戻すと、こういう風に魔法陣に力を注ぎ込めば誰でも素早く簡単に発動できるのが想起魔法の特徴だ」
「誰でも簡単にって、周りを見て言おうよ。焼け野原じゃない」
確かにひどい有様だ。この森にはエルフも住んでいるはずだし、迷惑はかけたくない。そう思った俺は、魔法で水を撒いてもらいながら、焼けた中庭の土壌を育成促進魔法とナノマシンによる土壌改良により元の緑豊かな森を再生する。
しばらくして、木漏れ日が眩しく花壇に咲く花々が美しい元通りの庭が姿を現した。
「これでよしと。とにかく今日見せた魔法陣は本にしてあるから、しばらくはこの本を見ながら威力調整に関わる魔法陣を早く覚えるんだな。発動規模は体験した通り保有魔力次第だ」
「わかった。これを覚えたらまた声をかけるかお願いね」
これでレクチャーは終わりと気を抜いたところで、異世界転移魔法による転移門が生じ、そこからアルファ世界に置いてきたはずの少女が姿を現した。
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