第17話 勇者パーティとの邂逅

「グギャギャー!」


 翻訳も効かないし、何か意味のある言語を話している訳ではなさそうだ。春香の以心伝心なら何か感じ取れているかと隣を見たが、首を振るばかりだ。見た目といい、ひょっとしてゴブリンというやつか?


「エア・ブリッド」


 身体構造は人間に近いようなので、顎に空気弾を当てて脳を揺らしてまとめて昏倒させると、その場を後にした。


「エルフとドワーフが共存する世界を狙ったんだが、ゴブリンやオークもいるのかもしれない」


 探知魔法を発動すると、今いる森の中に無数の赤い光点が表示された。バリア結界を張って森を進んでいくと、バリアの外周にコボルトやトレントのようなものまで張り付く始末だ。


「これだと、前みたいに森の中で住むのは難しそうね」

「今のようにバリアを常時展開していれば、周囲にパントマイムをするモンスターが居るだけで住めないことはないぞ」

「嫌だよ! 落ち着かないじゃない」


 槍でつついて前方の視界だけ確保して進むが、張り付いているモンスターの数が半端なくなってきて、ちょっとした筋力トレーニングになりつつある。猪とか鹿なら大歓迎なんだが、二本足で立っていると食う気がしない。

 そうしてモンスターを引きずるようにして進んでいるうちに、湖の畔の開けた場所になってきた。


「そういえば春香は魔法を覚えたのか?」

「アイスランスなら覚えたよ。木が燃えないから安全だと思って」

「へえ、じゃあ湖に向かって撃ってみてくれよ」

「わかったわ。アイスランス!」


 唱えなくても発動するが、気分の問題なのかポーズまでつけていると微笑ましく思った次の瞬間、眼前の湖が全て凍りついた。


「どこら辺がアイスランスなのかわからないな。コキュートスと間違えてないか?」

「そんな魔法陣、渡された本になかったじゃない」

「そりゃそうか」


 だが、周りに張り付いていた魔物も凍りついたし、これだけ周りが魔獣だらけだと広範囲魔法は大歓迎だ。この調子で春香が自発的に異世界転移魔法を発動できるようになれば、案外、遠くの世界線まで簡単に行けてしまうかもしれない。


「春香が異世界転移魔法を覚えたら、魔法か科学が発達した世界に行けるかもしれないな」

「ええ!? あんなの覚えられないよ!」

「でも、無意識下では知っているって女神様は言っていたぞ」


 異世界転移魔法陣は高次元図形だからノートや立体映像では伝えられないけど、無意識でも図形が頭に入っているなら、それを表層に呼び出して魔力を込めれば済む。思い出す魔法なら二次元魔法で十分だ。


『発想は良いが、今の春香の出力制御では思い出し過ぎて精神が壊れかねん。やめよ』

「あ、ハイ……」


 速攻で女神様からダメ出しを喰らってしまった。調整が効かないのは攻撃魔法だけに限らないってか。やっぱ、地道に威力調整魔法陣を覚えてもらうしかないな。


「アキくん、向こうから誰か来るよ」

「え? あ、本当だ。こんな世界でも人間は生きていたんだな」


 マップに表示される青点から、四人パーティのようだ。騎士風の男が一人、戦斧を背負ったドワーフの男が一人、魔法の杖を持つエルフの女が一人、最後にメイスを持った僧侶の風体の男が一人……って、なんだか勇者パーティみたいな構成だな。


「あんなテンプレパーティ初めて見たぞ。なんだか感動しちまった」

「ちょっとアキくん、そんな呑気なこと言っていいの? なんだか警戒されているみたいだよ」


 以心伝心でコミュニケーションを取っているだけあって、単純翻訳の俺より春香の方が感情を読み取るのに長けているから警戒しているのは確かなのだろう。でもおかしいな。


「十五歳の男女に警戒する要素なんてあるか?」

「遠くからカメラで私たちを撮ればわかるでしょ」


 俺は春香の言う通りパーティの方向の自分を魔法で投影してみると、多数のモンスターの氷像に囲まれ、武器を持たず普段着でのほほんと構えている様子が映し出された。


「……確かにちょっと不気味か」


 仕方ないので申し訳程度に刀を装備して、春香に魔法の杖を手渡して周りの氷像を砕く。


「よし、これでどこから見ても普通の冒険者だ」

「ちょっと無理があるんじゃないかなぁ……」


 やがて目の前まで来た四人パーティに、手を挙げて気軽な様子で声をかける。


「ちわーっす。クエストに出かけたら森で迷ったんだ。街や村の場所を知っていたら方向だけでも教えてくれないか?」

「迷っただ? 嘘つけ! 魔の森に入り込む必要があるようなクエストが坊主や嬢ちゃんみたいな歳の子に出るわけないだろ!」


 どうやらベータ世界と違ってガンマ世界の冒険者ギルドはランク制限付きのようだ。またEランクからと思うと面倒くさいな。


「気をつけて、ザックス。どちらも、上限がわからないほどの魔力の持ち主よ」


 エルフの魔法使いが警戒した面持ちでこちらを見ているが、隣の僧侶は春香を見ると早々に構えを解いた。


「リーリア、この方達は少なくとも魔王の手先ではないでしょう。後ろの女の子から膨大な神力を感じます」


 ちょっと待て。今、何か不穏な単語が出てこなかったか。魔王がいる世界なんてどうすんだよ。通りでたくさん魔獣が湧いていると思ったぜ。


「そっちの男に幻惑を掛けられているかもしれないじゃない! そうじゃなくても、天然ジゴロの特徴が顔に滲み出ているわ!」


 ひどい言いようだ。こら、春香。そこで大きく頷いているんじゃない! もう、ここは何事もなかったように爽やかに立ち去るのが吉だろう。考えてみれば、コイツらが来た道を逆に辿れば街に着くはずだ。


「いい魔物日和っすね。ではご機嫌よう。いくぞ、春香」

「う、うん」


 そう言って春香の手を引いてパーティの横を通り過ぎようとしたところ、後ろから戦斧が振り下ろされた。


 ギィーン!


 しかしバリアによって途中で遮られた。なんだか魔物でも人間でもやること変わらないと思いながら、そのまま歩を進める。金属が擦れる音が微妙にうるさいが、さっきに比べれば視界も良好だし問題ないだろう。


「ねえ、アキくん。道を聞かなくて大丈夫なの?」

「ああ。特殊な撮影法でコイツらの足跡を浮き彫りにしているから、それを逆に辿れば人里に着けるって寸法だ」

「すごい、なんだか探偵みたいね」


 まるで相手にせず平和な会話をする俺たちに毒気を抜かれたのか、やがて攻撃の手もやんで静かになり、代わりに後ろから野太い声が聞こえてきた。


「ライアン、見たじゃろ。ワシが全力で打ち掛かっても空気同然じゃ。少なくとも魔の森で死なないだけの実力を持っておる。心配はいらんじゃろ」

「そうか。ドーハンがそう言うなら先を急ごう」


 あれで心配されていたとは驚きだ。どうやら騎士風の男は、あれでお人よしだったらしい。案外、本当に勇者だったりして。


『よくわかったな。今から魔王討伐に向かうようじゃぞ』

「はあ!? あんな装備で大丈夫なのかよ!」


 勇者の剣とか賢者の杖とかトールハンマーとか、俺のバリアくらい楽に抜ける装備を与えればいいじゃないか。


『たわけ。そんなものを与えたら世界のバランスが崩れるわ。ここの管理神が寄越した情報によると三割くらいの確率で勝てるようじゃの』

「そっか。今から名もなき勇者が散っていくんだな」

「ちょっと待てーい! なんだ今の会話は! 俺の名前はライアンだ!」

『「あ……」』


 そうか。勇者ということは、意識しなければ女神様との会話も筒抜けってことか! というか、女神様も忘れていたな!


 俺は物凄い形相で駆け寄ってくる勇者ライアンと楽しい仲間たちを遠目に見ながら、上手い言い訳のシミュレーションを始めていた。

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