第18話 間違いだらけの魔王討伐
「じゃあ、アキトと春香は次代の勇者と聖女だって言うんだな」
「ああ。今はこうしてレベルアップに励んでいるところだ」
神妙な顔をしてライアンの問いに答える俺に、春香は呆れた表情を浮かべている。
「アキくん……」
そんな顔をするな、春香。ここの管理神だってうちの女神様のポカミスのリカバリーのために、適当に辻褄を合わせてくれるはずだ。
「なんだか胡散臭い話ね。お人よしのライアンは騙せても、このリーリアの目は誤魔化せないわよ!」
しかし見た目からは想像もつかないほど歳を取ったエルフはなかなか信じようとしない。こうなったら、嘘みたいな本当の話をして信憑性を上げてみよう。
「実は全部嘘だ! 本当は駆け落ちした両親のしがらみで二つの大国から婚約者という名の追っ手を送りつけられて、色々な世界を渡り歩いて逃げ回っているんだぜ! 本命はここにいる巫女の春香なんだが、今回は中に居る女神様のうっかりミスで勇者に情報漏れをして、ここの神様も頭を抱えているところだ!」
「なんだ。初めからそういえばいいのよ」
「ウッソだろ! 今の話を信じたのかよォ!」
あれほど疑いの目を向けていたのが嘘のように、俺のふざけた口調の与太話を丸ごと信じた彼女に思わず正気かと問いかける。
するとリーリアは、無言で俺の隣に居る春香の方を指さした。そこには顔を真っ赤にした春香が居た。
「分かりやす過ぎるのよ。三百歳越えのエルフに十代の人間が嘘をつけるなんて思わないことね」
「あ、ハイ……」
嘘発見器が隣に居たらどうにもならなかった。だが、それなら開き直るまでの話だ。
「じゃあ、そういうわけで俺たちは人里に行って平和に暮らすから、勇者パーティは頑張って魔王を倒してくれ。じゃあな」
「いや、待ってくれ。さっきの会話のような神託によると三割しか勝てる見込みがないって話じゃないか」
おいおい。勇者なら「たとえ一パーセントの確率でも、俺はそれに賭ける!」って言うのはところだろ。ここは気合を入れてやるしかないな。
そう思った俺は真剣な顔をしてライアンの瞳を覗き込むようにして発破をかける。
「ライアン。男には駄目と分かっていてもやらなきゃいけないことがある。玉砕しても後世の歴史家は勇者ライアンの勇気ある行動を後世まで語り継ぐことだろう。さらばだ、勇者よ」
「いやいやいや、お前だって勇者だろォ! 俺と一緒に戦ってくれよォ!」
そう言ってしがみついてくる勇者ライアン。男にしがみつかれても全く嬉しくないぞ! というかだな。
「魔王が悪とは限らない。何かしら世界の役に立っている可能性があるのに、俺がぶっ倒したら世界のバランスが崩れるだろ」
『いや、もう手遅れじゃ。偶然とは言え、妾とパスが繋がったパーティに負けは許さぬ。ゆけ、勇者アキトよ!』
「おぉーい! 偶然じゃねーだろォ! てか、いつの間にデルタ世界の勇者にされてんだよ!」
しかしそれに対する答えは返ってこなかった。調子のいい女神様だ。
「アキくん、仕方ないよ。それに、以心伝心でも意思疎通できない魔獣を量産するようになったら調整失敗だから倒して問題ないって」
「なんだ。それなら話は簡単じゃないか。じゃあ、さっさと倒しに行こうぜ。夕飯までには済ませたい」
「簡単に言ってくれるな。だが時間がないのは確かだ。みんな、行くぞ!」
こうして勇者パーティに加わった俺たちは、魔王討伐のため進軍を開始したのだった。
◇
魔の森を進むこと半刻ほど経過しただろうか。半径十メートルを境としてパントマイムのように透明な壁を叩く魔獣を尻目に魔王城を目指すやり方に納得がいかないのか、ライアンが物言いをつけてきた。
「……なあ、アキト。お前、これは反則じゃないか?」
「は? なんでだよ。魔王と戦うまで体力も魔力も使わないのがベストだろ」
それに対してリーリアは別の角度から文句を言ってくる。
「呆れたわぁ。こんな力を持っていながら、『さらばだ、勇者よ』は無いわぁ。後世の歴史家に語り継がれるのはアキトの方よ。悪い意味でね」
「仕方ないだろ。俺には聖女春香を、命を賭して守る使命があるんだ」
「はい、嘘ぉ。お子ちゃまの誤魔化しは通用しないって何度言ったらわかるのかしらぁ?」
チッ、やりにくいぜ。今から考えれば同じエルフでもベータ世界のユーフェミアは天使だったな。それにしてもドワーフのドーハンと僧侶のザックスはさっきから押し黙ったままだが、どうしたんだろう。
後ろの二人を気にする態度に気がついたのか、リーリアがその理由を告げてくる。
「あんんたね。そこの春香って子には本物の女神様が宿っているんでしょ。言わば今の私たちは神兵なのよ? 私みたいに年齢を重ねていなければ、緊張で普通はああなるものよ」
「そんなこと言われてもピンと来ないな……って、あれじゃないか? 魔王城」
こんな森の中に城を建てるなんてご苦労なことだ。試しに探知魔法をかけてみると、それなりに大きな魔力を持つ存在が確認できた。
「じゃあ始めるか。ディメンション・プリズン」
シュン!
もう一度探知魔法をかけて取りこぼしがないことを確認すると、踵を返してきた道を戻りながらパーティの皆に告げた。
「はい、終わり。帰ろうか」
「「「「いやいやいや! 一体何をした!」」」」
一瞬にして消えた魔王城に、勇者パーティの四人は口を揃えてツッコミを入れてきた。仲の良い奴らだ。
「別に時空の牢獄に城ごと閉じ込めただけだ。出てこないところを見ると時空間魔法の対策を立ててなかったんだろ。よかったじゃないか。楽に終わって」
これで、もし魔王が再び必要になったら解放してやれば良いだけだから、世界バランスにも優しい最善手だ。
「釈然としない。剣や魔法の修行に明け暮れた日々はなんだったのか」
「だから言ったじゃないか。俺がぶっ倒したらバランスが崩れるって」
とにかくこれで用は済んだと街に向かおうとしたところ、女神様から念話が届いた。
『いや、アキトよ。さすがに魔王ほどの存在を別の世界に持ち運んだら魂の循環が崩れる。この世界にいるうちに輪廻の輪に戻してやれ』
「そんな制限があったとは……仕方ない」
俺は念のためバリアと結界を展開した後、自作の日本刀を構えて魔王を解放した。
「貴様ァ! よくも魔王たる我を時空の牢獄などに閉じ込め……」
「飛燕剣」
ピシュ……ドサドサッ!
羊の角に蝙蝠のような羽をはやしたアークデーモンのような悪魔が現れたが、出現と同時に三等分に輪切りにされ息を引き取った。
「はあ、すまんな。本当だったら最終決戦で盛り上がるところだったのに……メギド・フレア」
ボヒュ!
せめてもの手向に火葬にしてやった。
「こうしてデルタ世界は魔王の脅威から解き放たれ、人々は平和に暮らしたのだったって感じか。じゃあ、あらためて人里に戻ろうぜ」
「嘘だろ。お前、剣でもそんなに強かったのか」
「いや。単なる不意打ちだから強いも何もないだろ。せめて二、三合くらい切り結ぶ姿を見てから言ってくれ」
比較的平和になった魔の森の帰り道で、俺はふと興味が湧いたことを尋ねていた。
「勇者パーティって、魔王を倒して目的を達成したらどうするんだ?」
「私は普通にエルフの森に帰るわよ。森が平和になれば、それで十分だわ」
「そうか。森暮らしは結構気楽だもんな。そっちの二人は?」
「ワシは鍛冶屋をしようと思う。ドワーフ生は酒と鉄が全てじゃ」
「私は、故郷の村に戻って教会を建てるつもりです」
やっぱ、好き好んで勇者パーティに入るやつは一味違うな。神父さんは当然のこと、ドワーフのおっさんも砕けた態度のリーリアですら、ただ平和を願って決死の覚悟で魔王に挑もうとしていたんだ。
妙なところで感心してしまった俺は、ついでに弱気だったライアンにも話を振ってしまった。
「そうか。ライアンはどうすんだ?」
「俺は……いや、私はグレイス王国の王太子として公務に戻ることになるだろう」
「……へぇ」
やっべ、聞くんじゃなかったァ! ここは、自然な雰囲気でさっさと離脱するに限るな。しかし、その判断は少し遅かった。
「なあ、アキト。この世界にいる間、辺境伯として魔の森を開拓してみないか?」
そう言って俺を見つめるライアンは、どこまでも真剣な表情をしていた。
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