第30話 そして、再び異世界へ

 それから叔父さんと叔母さんに改めて事情を話し、神社の社で春香の指導のもとで参拝や滝行、食事制限をして身を清めた俺たちは、神降しの儀式に臨んだ。儀式は無事に終わり、ノイマンテイラーの半分をアリシアに、アラベスフィールの半分をメリアーナに降ろし、残りをさらに半分ずつにして俺と春香が分担して取り込んだ。

 春香は女神様を宿していたから違和感を覚えない様だが、俺を含めた三人は内包する力の大きさに驚きを隠せないでいた。


「なあ、これ多少寿命が伸びるどころの話じゃなくないか?」


 管理神の半分を取り込んだことで延びた寿命は、数千年ではきかないような気がする。もちろん魔力もとんでもないことになっており、儀式を終えた直後に女神様にどういうことか尋ねていた。


『晴翔や愛佳が独り立ちするには、それくらいは二人に生きていてもらわないと不安になってな。神格をもつ存在として成熟するには、長いモラトリアム期間が必要なのじゃ』

「そうは言っても、こんなに長いと、どうやって社会に溶け込んでいけばいいんだ」


 元々地球で生活していたら寿命の違いで騒がれていただろうが、親父やお袋の国であっても他人と比較にならないほど長い時を生きることになる。生まれた頃から死ぬまで同じ姿をした者がいたら、どう考えても浮いてしまうだろう。


『色々な世界を見て回ると良い。今までは逃げるようにして異世界を転々としていたようじゃが、これからは興味の赴くまま多元世界を巡ることができよう。以前の其方では自力で行くことができなかった遠い世界にも行けるはずじゃ。余人の干渉を避けることも容易であろう』


 確かに、今では科学文明の極世界や魔法文明の極世界といった遠い座標にある世界線にも自力で転移することができる。同じように力をつけたメリアーナやアリシアはともかく、祖父母の干渉を受けない世界で過ごすこともできるはずだ。


「というか、極世界のリソースもまだ数千年は大丈夫じゃないか! スカスカって言うのは嘘だったのか?」


 強化された権能でリソースの残量が朧げにわかるようになった俺は、魔法文明と科学文明の極世界に残されたリソース量を感知したところで残りの猶予が差し迫ったものでないことに気がついた。


『何を言うておる。宇宙が数千年しかもたないなど、風前の灯火もいいところじゃ。すぐにとは言わんが、数百年以内には子をもうけるのじゃな』

「アキト様、私は今すぐでも構いません。地球のことわざで善は急げと言いますわ!」

「その通りです。きちんと順番は守りますのでご安心ください。春香さんのご両親には事情を話して、もう床の間を準備はできています!」


 そう言ってアリシアが新たに得た力で全員を転移させると、目の前に一つの布団に二つの枕が置かれていた。おいおい、基本的に日本では十八歳まで結婚できないはずなのに、それでいいのか?


「ちょっと! お父さんとお母さんに何を話したの!?」

「はい。こちらの映像をお見せしたところ、春香殿のお母上は大層お喜びで、お父上も涙を流していました」


 そう言ってアリシアが投影したのは、先日、邪神を倒して帰ってきた時のダイジェスト映像だった。叔母さんはともかく叔父さんが流したのは嬉し涙なんかじゃないだろう。実の娘が熱烈なキスを交わすシーンなど見せられて、春香に甘い叔父さんが嬉しいわけがない。


「きゃあああ! なんてものを見せるの!」


 とんでも映像に真っ赤になった春香がアリシアに映像を消去するように言うが、俺はその映像で気になることがあった。所々に、


『ああっ! 私のハルくんが他の女に若い欲望を吐き出すなんて! でも、最後には私のところに戻ってきてくれると信じている!』


 とか、


『くっ、もちろん春香が一番だが、メリアーナやアリシアのことも見捨てられない! 俺はどうしたらいいんだ!」


 などと、やけに恣意的しいてきなモノローグが挟まれているのだが、その声色に嫌な予感がぬぐい切れず、よせばいいのに思わず確認してしまう。


「なあ。この声、ものすごく聞き覚えがあるんだが、誰が喋ってるんだ?」

「サリオン様とイリーナ様です。お二人とも、とても興に乗って収録しておられました」

「だぁあああー! やっぱりかぁ!」


 本当にプライバシーもなにもあったもんじゃない。俺は春香の手を取ると遠い世界線へと異世界転移を発動させる。


「行くぞ、春香! 親父やお袋の目から逃れないと、いい見せ物扱いだ!」

「ええ!? ちょっと、待ってよ。ハルくん!」

「アキト様! 私も付いて行きますわ!」

「私もです。今度は離れて護衛などせずお側にいます!」


 そうしてアキトたち四人を包み込む巨大な魔法陣が収束すると、床の間には静寂のみが残された。


 ◇


 同じ頃、祭壇に祀られた神鏡の中の特殊空間で女神の本体と会話していた晴翔と愛佳は、アキトたちの転移を察知すると浮き足だった。


「あらら。パパたちが異世界に転移しちゃったよ」

「え!? じゃあ急いで追いかけないと!」


 しかし後を追って転移しようとした二人を女神は引き止める。


『ならぬ。其方たちはそろそろ未来に帰るのじゃ』

「そんな! せっかくママと会えたのに!」


 そう言ってしがみ付く晴翔の頭を撫でながら、女神は慈愛の籠った目で言い聞かせる。


『晴翔、其方のためにアキトと春香の寿命を延ばしてやったのじゃ。もう、瞬きする程の間に春香が亡くなるとは言わせぬぞ。それに、二人ともいつまでそのような姿でいるつもりじゃ』

「なんだ、ばれていたんですね…

「それはそうでしょう。最高神である母上であれば、私たちのまやかしなど児戯に等しいと申したでしょう」


 二人が柏手を打った瞬間、祭壇の間には長じた姿の晴翔と愛佳が佇んでいた。


『まったく。誰に似たのか悪戯好きなことじゃ。其方らのせいで、二人とも随分と波瀾万丈な人生を送ることになったぞ』


 女神が掲げた右手に未来分岐を示すツリーダイアグラムが映し出され、分岐点でアキトと春香が様々な喜怒哀楽の表情を浮かべる様に、晴翔がその端正な表情を曇らせる。


「父上と母上には申し訳ないと思っています。でも、ひと目でも女神の母上にもお会いしたかったのです」

「私も心の内に同じ想いを抱えていたため、弟を抑えることができませんでした。申し訳ございません」


 そう言って手をついて深々と謝る二人に、女神は目を細めながら告げる。


『自らの愛し子に会いたかったのは妾も同じじゃ。其方らの転移など、防ごうと思えばいくらでも手はあった。今、ここに其方らがおるのは、妾の気持ちの表れじゃ』

「「母上……」」


 顔を上げ涙を浮かべた二人に近づくと、女神はその額に口付けをして祝福の聖刻を贈る。


『遠い未来、多元世界の特異点となった妾の夫の行く末を見守ってくりゃれ。妾の愛し子たちよ』


 その後、女神が柏手を打つと晴翔と愛佳はその場から姿を消し、神鏡の空間に女神のみが残される。その表情には、穏やかな微笑みが浮かんでいた。

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魔法と科学の申し子の多元世界逃避行記 夜想庭園 @kakubell_triumph

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