第5話 不干渉宙域の巫女

 我に返ったアキトは森林を思わせる周囲の風景に異世界転移したことを思い出す。


「ああ、また大自然での生活に逆戻りか」


 ナノマシンに記録されたログを辿ってどれくらい跳躍したのかを確認したところ、便宜的にお袋に飛ばされた異世界をアルファ世界とするなら、ここベータ世界は位相は同じで距離もそれほど離れていないから、アルファ世界のパラレルワールドに近い環境のはずだ。

 そう考えて安全確認のため周囲を魔法で探っていたところ、それほど離れていない場所で争いの気配を感じた。


「数人の男と……人にしては少し波長がおかしいけど女性なのかな?」


 なんともトラブルに巻き込まれやすい体質だと苦笑しつつ、俺は気配の感じる場所に飛行した。


 ◇


「まったく手こずらせやがって。諦めて大人しくしろ」

「おい、顔には傷を付けるなよ。エルフは高く売れるからなァ」


 アキトが気配を感じた場所の上空に到着すると、耳の長い若い女の子が下卑た顔をした男どもに地面に押さえ付けられ、縄で縛られようとしていた。


「痛い、離して!」


 これは、もしかして人身売買ならぬエルフ売買を目的とした誘拐の現場というやつだろうか。正直言って、それがこの世界で悪いことなのかどうかわからなかったが、異種族とはいえ可愛い女の子が盗賊紛いのおっさんたちに酷いことをされそうになるのを見過ごすのは目覚めが悪い。

 そう考えた俺は、バリアと結界を張ると縄で縛ろうとしていたおっさんの頭に蹴りを喰らわせて女の子を背に庇うようにして大地に降り立った。


「おっさんたち。女の子一人に集団で襲いかかるなんて感心しないな。この子が借金をしているとか、なにか理由でもあるのか?」

「馬鹿かテメェ! エルフの森に来てすることと言ったら女エルフを捕獲して高値で売り捌く以外にねぇだろ!」


 ああ、テンプレな悪党で手加減する必要がなさそうだ。話が早くて非常に助かる。


「そりゃよかった。じゃあ眠ってくれ。ウォーターボール、からのライトニングボルト!」

「「「アババババッ!」」」


 定番の感電コンボでまとめて気絶させた俺は、悪党どもをディメンション・プリズンに放り込んで助けた女の子の方を向いて縄を解いてあげる。


「大丈夫か? 怪我をしているようだったら治してやるが」

「いえ、大丈夫です。ありがとうございます。あの、あなたは?」

「ちょっと森で迷っていた単なる旅人だ。じゃあ気をつけてな」


 そう言ってその場を立ち去ろうとしたところ、後ろから引き止める声が聞こえた。


「待ってください! 迷っているなら、森の出口まで案内します」

「あー、じゃあお願いしようかな?」


 しまった。適当なこと言ったら気を使わせてしまった。いまさら「嘘でーす!」などと言うのは気まずいので思わずお願いしてしまった。


「俺はアキト、冒険者……だったが今は旅人だ」

「私はフォートレス族の族長の娘、ユーフェミアです」


 そうして互いに自己紹介をしたあと、出口まで遠かったら帰りにまた襲われてしまうかもしれないと思い、やんわりと断ってみる。


「もし森の出口まで遠いようだったら、方向だけ教えてくれれば十分だ」

「え? すぐ近くですよ。私も街に買い物に行った帰りですし。もしかして、街からいらしたのではないのですか?」


 う、そうなのか。試しに探査魔法を発動してみると、確かに数キロ先くらいに多数の人間の反応を感じる。こりゃ、迷うような距離じゃなかったな。

 せっかくだから、ベータ世界の街の様子も見てみよう。もしかしたらアルファ世界よりも文明が発達しているかもしれないし、エルフなんて面白い種族もいるようだしな。


「街からじゃないな。じゃあよろしく頼むよ、ユーフェミア」

「はい! アキトさん!」


 こうして俺はしばらくベータ世界を見て回ることにしたのだった。


 ◇


 その頃、メリアーナとアリシアは思わぬ障害に神社の敷地に入れないでいた。


「ちょっと。なんですの? この強力な結界は」

「わかりません。魔法による結界でもバリアでもないようです」


 そうして鳥居の前でパントマイムをする二人に、神社の掃除をしていた巫女姿の少女が気付き、こちらに寄ってくるのが見えた。それは二人が探していた神宮寺春香の姿だった。


「どうされましたか? コスプレ……と申しますか、なにか撮影するようでしたら参拝する方々の邪魔にならないようにお願いしますね」


 それに応えるようにして、アリシアが本題を告げる。


「いえ、あなたに会いに来たのです。単刀直入に申します。アキト様の側室になっていただけませんか? あなたもアキト様を好いているのでしょう?」

「な、なにを言っているの! べ、別にアキくんのことなんてなんとも思っていないんだからね! いえ、待って。アキくんは今どこに居るの? 家に行ってもずっと留守で心配……いや、心配なんてしてないけど!」


 カッと顔を赤らめて照れたように捲し立てる春香にメリアーナもアリシアも互いに顔を見合わせると、アリシアがわかったとばかりにポンッと手を叩いて口を開く。


「ああ、ツンデレというやつですね。イリーナ様が提示なされた資料に記載がありました。アキト様の好みである巫女属性まで完備とは、さすがですね」

「な、違うわよ! そんなんじゃないんだから!」


 そうして抗議をするために鳥居を超えてきた春香の手を握ると、メリアーナとアリシアはそれぞれの手法で読心を試みた……が、次の瞬間、精神的にも肉体的にも弾き飛ばされた。


「クッ、いったい何が……」


 倒れ伏した二人が身を起こすと、そこには先ほどの年頃の少女が見せる恥じらいや慌てぶりからは想像もつかない、冷え冷えとした表情を浮かべた春香がそこにいた。


『巫女のを通して妾の精神に触れようとするとは不敬な。ん? なんじゃ。どこの者かと思えば、いつぞや追い払った別銀河の人間ではないか。不干渉の誓約を忘れたとあれば、汝等の銀河ごと宇宙の藻屑に戻してやっても構わぬのだぞ?』


 そう一方的に言い渡すと、神力による圧倒的な霊圧でメリアーナとアリシアを圧する春香の中に宿る何かは、尊大な態度で二人を見下ろした。


「申し訳……ありません。まさか、かのみこと様の巫女とは知らず無礼を働きましたこと、平にお詫び申し上げます」

「私たちは……ただアキト様の側室の誘いに参っただけです。どうか……ご容赦ください」


 切れ切れに伝えられた内容に、春香の中に潜むものは関心を示した。


『なんじゃと? ふむ……確かに春香もそのアキトとやらに思慕の念を抱いておるようじゃ。これは無粋な真似をしてしもうたか。じゃが春香の中には妾の分体がおる。安易に読心などの精神干渉はせぬ事じゃ。さもなくば……』

「さ、さもなくば?」

『妾の意志とは無関係に、精神が未熟な春香は其方らを無意識の内に吹き飛ばしかねん。妾が抑えねば二人とも魂ごと消滅しておったぞ。妾はそれでも一向に構わんが、妾の巫女は気に病むことじゃろう。気をつけることじゃ』


 そう警告を発したあと春香の中の何者かが目を閉じると、先ほどまでの霊圧は霧散した。やがて目を見開いた春香は、最初に出会ったときのように年齢相応の態度を見せる。


「今の話はアキくんには内緒です! 喋ったら許しませんよ!」

「はぁ、わかりましたわ。それにしても地球の恋愛作法は回りくどくていけません」

「まったくです。あなたも尊様の巫女ならそう言ってください。危うく、私たちの銀河が宇宙のチリに戻るところでした」


 そう。地球が属する銀河系が不干渉宙域に指定されているのは、神域だからだった。極限と言えるほどに発展した両文明でも、神の力の前には赤子同然なのだ。


「それより、どうするのです。尊様の巫女である彼女をアキト殿の側室に迎えるなどできないのでは?」

「確かに。でも先ほどの尊様のお言葉からすると、互いに好き合っている場合には干渉しないように聞こえましたわ。こうなるとアキト様次第でしょう」

「そうだわ! アキくんはどこに行ってしまったの? あなた達が来ているってことは、どちらかの銀河に旅立ってしまったとか?」


 思い出したようにアキトの所在を尋ねる春香に、メリアーナとアリシアは声を揃えて答える。


「「今は何処かの異世界にいらっしゃいます」わ」

「なんですってー!」


 二人から知らされた幼馴染の想像外の居場所に、春香は思わず絶叫したのだった。

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