第4話 異世界転移魔法の改良
この数ヶ月、異世界転移魔法の改良に多くの演算リソースを割いてきたが、ついに一つの成果を得ることができた。それは往復できることだ。ナノマシンで次元振動の振れ幅を検知させることで、世界間の移動距離と座標を特定することができるようになった。
「親父もお袋も、初めから言ってくれていれば元の世界に楽に帰れたのに」
とはいうものの、帰ったら手ぐすね引いて魔法文明と科学文明の双方が待ち構えている可能性もある。それに、二人とも身分は高いのだから殺されることはないだろうが、国に送られて元の家にはいないだろう。とりあえず、試験的に別の異世界に転移して帰ってきてみるか。
そんなことを考えている時だった。次元振動を検知したのは。
「な、ここに転移しようとしている? しかも、反応が二つ!?」
二つの異なる座標から俺の目の前に転移なんて、すごくデジャブを感じる状況だ。俺はとりあえずバリアと結界の二重の守りで全周防御体制をとる。すると、右前方と左前方に生じた二つの次元門から、同い年かやや上と思しき二人の少女が姿を現した。
両者とも、門から出た途端に見出した相手の服装を見て互いの目的を察したのか、戦闘態勢をとり警告を発する。
「貴女は……素直に引き下がれば見逃してあげますわ。さもなくば、永久に眠っていただきます」
「それはこっちのセリフよ。消し炭にしてあげる」
魔法文明の魔法師の正装をした少女と、科学文明のサイバー闘士の装束を身につけた少女は、互いに引くきがないことを悟ると、同時に極大魔法の準備と極太のレーザー光線のエージングを開始した。
「待ったァ! そんなものをぶっ放したら、せっかく貰った店舗が壊れちまう!」
俺は魔法師の少女に結界を、サイバー武装した少女にバリアを張って互いの間にディメンション・ゲートを出現させて隔離した。その魔法と科学を混合させた術式に二人は俺の存在に気がつくと、そそくさと戦闘体制を解いて先程までの好戦的な態度を嘘のように引っ込め、こちらを向いて微笑んだ。
「あなたがイリーナ様の御子、アキト・サージェリオン・メイガス様ですね。私はメリアーナ・フォース・メイガス、貴方様の婚約者です」
「はあ!? 何言っているんだ! 俺には婚約者どころか恋人だっていないんだぞ!」
「まあ、それは好都合ですわ! さあ、さっそく子作りを始め……」
そう言ってメリアーナが俺に近づいてこようとしたところ、もう一方の少女がその進路を遮った。
「何を勝手なことを言っているのです。サリオン様の御子と結婚するのは、このアリシア・ロードビア・サージェリオンです! アキト殿、そのような胸が大きいだけが取り柄の女ではなく、このアリシアを選んでください」
「ちょっと待ってくれ、一体どういうことなんだ!」
いきり立つ二人を宥めて詳しく話を聞くと、両陣営の間である条件のもとで平和条約を結び、互いの総力を上げて異世界転移魔法の改良を行い、俺が転移した座標を突き止めて平和条約の条件である互いの手札を送り込んだらしい。その条件とは、
「アキト様を捕まえて先に籠絡した方が勝ちですわ!」
そう言って、メリアーナが俺の腕に絡みついて右腕に胸を押し付けてくる。ハーフアップにした金色の長い髪から漂って来る芳しい匂いに頭がクラリとする。悪戯好きな翡翠の瞳は、お袋が時折見せるそれと良く似ている。
振り解くこともできず慌てふためく俺の様子にムッときた表情を見せたアリシアも、負けじと左腕にしがみ付いてくる。ツーサイドアップの水色の髪から覗く凛々しいアクアマリンの瞳は、親父が立ち合い稽古の際に向けてくる闘志を込めたそれを思い出させる。
俺がチンタラと自力で異世界転移魔法の改良を進めているうちに、こんなことになるとは思わなかったが、籠絡はともかく彼女たちが話した内容には無視できない内容が含まれていた。
「平和条約を結んだということは親父もお袋も無事なのか?」
そう俺が尋ねると、二人とも一瞬キョトンとした顔をしたかと思うと、次の瞬間には笑い出していた。
「イリーナ様は、メイガス銀河皇国の皇位継承権第一位のお方ですよ。無事どころかかすり傷一つつけただけでも、女皇陛下の逆鱗に触れて関係した惑星のすべての住民の首が飛びますわ」
「サリオン様はサージェリオン銀河帝国の皇太子殿下です。今は皇宮で
嫌なお婆ちゃんだな。というか、俺の年齢を考えれば十五年以上もほっつき歩いていて皇族として問題ないなんてどうなっているんだ? 高度な文明による長寿命化で、地球と時間感覚が違うのかもしれない。
「親父とお袋がそんなに大事なら、なんで俺を回収しにきたんだよ。孫の一人や二人、放っておけばいいじゃないか」
「アキト様は初孫ですよ? それは無理な相談です」
どうやら両家とも、その特異な能力を維持するために出生率が低いらしく、俺以外に孫はいないらしい。ますます面倒な話になってしまった。
「というか、君たちは嫌じゃないのか? 会ったこともない男と結婚しろと言われて別の世界まで飛ばされるなんて」
「そんなことありません! 英雄と謳われたサリオン様の御子と添い遂げられるのであれば、この身にあまる光栄です!」
「私もですわ。慈愛の女神と謳われたイリーナ様のためなら、全ての民は喜んでその身を投げ打つでしょう」
崇拝の表情を見せるメリアーナとアリシアに俺は思わず引いてしまう。親父もお袋も、若い頃にどんなことをしてきたんだろう。
「アキト殿は私のことがお嫌いですか?」
そう言って顔を至近に寄せてきたメリアーナの綺麗な顔に否応なしに胸の鼓動が高まる。俺は声を上擦らせながら何とか声を絞り出す。
「き、嫌いじゃないけど……」
こちとら十五歳の健全な男子だ。二人の女の子の柔らかい感触や芳しい匂いに、さっきから頭がどうにかなりそうなくらいテンパっているんだよォ!
そう心の中で絶叫すると、アリシアがまるで心を読んだかのようなタイミングで相槌を打ってきた。
「なるほど、そういうことですか。健全な男子であらせられること、アリシアは安心いたしました」
「え? あ、ナノマシンによる読心か!」
さっきから二人ともゼロ距離だ。魔法的あるいは科学的に心の中が丸見えじゃないか! 助けて、春香!
「春香、とは? まさかアキト様に想い人が!?」
「ちょっと、メリアーナさん。読心は禁止ィ!」
「まあ。私のことはメリアーナと呼び捨てにしてくださいませ」
振り払おうにも、こうも綺麗な女の子だと強く出られない。一体、どうなっているんだ? どうしてこうもど真ん中ストライクと言っていいような好みの子が二人もやってくるんだ!
「それは公平を期してイリーナ様から双方に提供された、アキト様のベッドの下に隠された雑誌により、綿密に好みがリサーチされた結果ですわ」
「お母さーん! 何してくれちゃってんのォ!」
もう恥ずかしくてお婿にいけない!
幼い頃の呼び方に戻るほど精神を逆行させ、顔を両手で覆ってお茶目に舌を出す母親の表情を思い浮かべながら心の中で絶叫すると、またもやノータイムで返答が返ってくる。
「大丈夫です。アキト様のお相手は、このアリシアがつとめますのでご安心ください」
「ダァァーーー!」
こうして精神的に限界を迎えた俺は、二人の腕を振り解いて外に駆け出し、気がつけば異世界転移魔法を発動して別の世界に跳躍したのだった。
◇
止める間もなくその場に残された二人は、バツが悪そうに顔を見合わせて互いに相手を非難する。
「アリシアさん? 読心した内容にダイレクトに答えを返すなど、アキト様の繊細な御心に傷をつけるような真似をした貴女が悪いんですのよ」
「何を言っているのです。メリアーナこそイリーナ様のマル秘情報を考えなしに開陳するから、アキト殿が心の限界を迎えたのではありませんか」
実際はアキトの揺れ動く内心を察しながらも、二人とも発展しすぎた文明の激しい権謀術策が交錯する宮廷の中にあって、あれほどに純粋な男子の心に触れたことなど無く、絡めた腕を解くことができなかったのだ。事前情報で知らされていたものの、聞くのと触れるのとでは大違いだった。
「まさかアキト様があれほどに
「ええ、少しアプローチの仕方を変えねばなりませんね。それに、
そう言って、アキト様の心を大きく占めていたと、翡翠の瞳を細めて警戒を露わにするメリアーナに、アリシアも同意する。
「ええ。黒髪ロングスキーのアキト殿の心に、今一番近いのは彼女でしょう」
アキトが聞いていたら絶叫しそうなことを淡々と口にしたアリシアは、しかし彼女の名前を口にした時に浮かんだ彼の微笑ましい記憶に表情を緩める。
『アキくん。大きくなったら、春香をお嫁さんにしてね!』
『うん、わかった! 約束するよ!』
そう言って小指を結ぶ幼い頃の記憶は、サージェリオンの一員として厳しく躾けられたアリシアには眩しすぎた。
「夫の望みを叶えるのも正妃の務めです。春香殿は側妃として迎え入れて差し上げましょう」
そう言って元の世界に戻った二人の瞳には、アキトの幼馴染が住まう神社の前に立つ赤い鳥居が映っていた。
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