第2話 レイノールの街への旅路

「見たところ裕福な家の者なのだろう? どうしてこんな辺境に来たんだ」

「数ヶ月前に、大規模な魔力の波動が感知されて原因を突き止めに来たのです」


 それって、もしかしなくても俺が転移した時のことだろうか。お袋にしても俺にしても、この世界の一般水準とはかけ離れた魔力のようだし、天変地異が起きたと思われても仕方ないか。ここは誤魔化しておこう。


「いやぁ……数ヶ月前からここにいるが、今まで何もなかったし何もないんじゃないか?」

「そんなことありません! 地域一帯が丸ごと吹き飛んでもおかしくない規模でした!」


 助けた女の子、リーファは興奮気味に答える。彼女は父親のライエルデール辺境伯と共に視察に来たのだという。


「お嬢様は、ローデルシア王国でも有数の魔法使いでございます。間違うはずがございません」


 そう言って従者のバートンさんは深く頷くけど……有数と言うけど、彼女からは微弱な魔力しか感じない。魔力ゼロの地球人よりはマシだけど、やっぱりお袋や春香から感じる圧力とは雲泥の差だった。

 魔法が珍しくない世界だから使い放題でいいと思っていたけど、少し自重した方がいいかもしれない。


「それで? その有数な魔法使い様がどうして襲われているんだ?」

「この際ありのまま申し上げますと、お嬢様は王太子妃争いに巻き込まれているのです」


 魔法の才能があるリーファは有力候補なのだとか。辺境伯が離れたところを見計らって襲ってきたらしい。

 面倒なことに関わってしまった気がするが、原因が自分の転移のせいとなると、それで迷惑がかかるのは目覚めが悪いので、護衛を引き受けることにした。


「わかった。じゃあ、そのレイノールの街までの護衛は引き受けよう。俺はアキトだ。よろしくな」


 どうせバックグラウンドでしている異世界転移魔法の改良以外にやることはない。より大きな街で文化的な生活を送りたいし、レイノールの街とやらに期待することにしよう。


 ◇


 こうして山の麓にあるローダンの街から、東にあるレイノールの街を目指して旅立った。馬車は遅く、一日三十キロも進めばいいところでスローペースな旅となっていた。十日くらいの道程だそうだから三百キロ……東京から愛知くらいか。車だったらすぐなのになぁ……というか、飛行魔法で飛んでいきたい。


「今日はここで野営としましょう」

「そうか、じゃあ寝床を用意しよう」


 変わり映えのしない風景に寝ぼけ眼だった俺は、いつものようにディメンション・ボックスからログハウスを出して道端に設置し、そのまま家の中に入った。

 晩御飯は何にしよう。レッドボアをベースにした肉をナノマシンでハンバーグに変化させて普通のディナーを楽しむか。野菜は合成キャベツと合成ニンジン、ソースはデミグラスソースを生成。主食はナノマシンで発酵させたパン生地を魔法でこんがり焼いて、後はゼラチンで固めた果汁のゼリーをデザートにすれば十分だな。

 そう考えつつ厨房で調理を始めると、後ろから絶叫が聞こえてきた。


「なんですか、この家は! というか、どうやってこんなものが建つのですか!」

「先ほど、魔法の気配を感じました! まさか、魔法ですか!? すごーい!」

「あ……しまった」


 つい、いつもの癖でログハウスを建ててしまった。でも野宿は御免だ。ここは頭を掻いて誤魔化そう。


「ああ、これは冒険で手に入れた魔道具なんだ。気にしないでくれ」


 そう言ってハンバーグを魔法で焼き始める俺に納得いかない表情を見せるが、ここは調理に専念する。

 いざとなればディメンション・ボックスに特化したナノマシンを体内のナノマシンで作って、使用者の魔力を動力とすれば作れるだろう。ここはオーパーツ設定でいける!

 やがて良い匂いがしてくると、テーブルの上に人数分のハンバーグと中央にパンの入ったバスケットと果汁ゼリーを置き、フォークやナイフと共に水の入ったカップを渡す。


「じゃあ夕飯にしようか。悪いが貴族のマナーは知らん。パンは好きなだけ取ってくれ」


 そう言ってパクりと口にする。うん、うまい。まったく、ナノマシンのサバイバル的な使い方を父さんから伝授されてなかったら、原始的な食生活で死んでしまうところだった。

 などと考えていると、リーファとバートンさんが揃って声を上げる。


「「美味しい! なんですかこれは!」」

「肉をミンチにして筋を取って焼いたものだよ。パンは、普通だろう」

「普通じゃありませんよ! なんでこんなに柔らかいのですか!」


 そりゃ発酵しているからだろう。あれ? もしかして貴族でもまともなパンを食べていないのか? 面倒なことになったが、これは別に魔力とか関係ないし、かえって説明が面倒だ。


「まあ、良いじゃないか。ちょっと料理の腕がたつ冒険者だってことだ」

「冒険者……ひょっとして、あなたが噂のAランク冒険者、アキト様ですか!」


 バートンさんが納得したような顔をしたけど、そんな噂なんて聞いていない。まあ、本人が噂を知っているのもおかしな話か。


「噂のアキトと同一人物かは知らないが、ランクはAであっているぞ」

「えぇ! アキトさん、その年齢でAランク冒険者なのですか!?」

「ああ。貴族護衛研修がクソめんどくさかったから苦労したぞ」

「いやいやいや、それ、合格した後の話で一番簡単な研修でしょう!」


 そうだろうか。昇格試験自体はちょっと魔獣を狩ったり魔法をブッパしたりするだけでよかった気が……対人戦闘は春香はるかに付き合わされて古武術を習っていたから、成熟した武技を持たないこの世界の人間じゃ相手にならない。斥候試験の課題も探索魔法で数キロ先まで一瞬でわかってしまうしな。

 それが試験に受かったらAランクは貴人の護衛を引き受けることもあると、強面のギルマスが真面目な顔をして急にマナーがどうとか言い出してBランクのままでいればよかったと思ったくらいだが、受かった後で研修は辞退できなかったのだ。


「別にいいじゃないか。とりあえず何人に囲まれても安全なのだから安心だろう?」


 というか、ログハウスにかけられたナノマシンが張るバリアと魔法の結界の二重防御を抜けるものはいない。いるとしたら春香はるかか、両親の関係者くらいだろうが、この世界には容易にやってこられないだろう。

 そう思いつつデザートのゼリーを配ってスプーンで食べ始めると、リーファが壊れた。


「こんなの食べたことありません! アキトさん、是非、辺境伯邸の料理長になってください!」

「いや、それはちょっと……」


 いや、待てよ。それは案外良いかもしれないな。別に好き好んで魔獣をぶっ殺したり貴重な薬草を取りに秘境に行ったりしたいってわけでもないんだ。以前のシティ・ライフに戻れるなら、料理で生きていくのも手か?

 そんな思考を途切れさせたのはバートンさんの叱責だった。


「お嬢様。アキト様の戦闘力は超一流でございます。それを料理人になどと、ご自重ください」

「ごめんなさい。あまりの美味しさについ……」


 その後、薪も無く一瞬で用意された風呂に、今度は執事にと声を上げるリーファだった。


 ◇


 こうして順調な旅が続き、何事もなくレイノールの街につくものと思った矢先、どこかで見たような連中に俺たちは囲まれていた。


「よう、クソ坊主。ローダンの街ではよくもやってくれたな」

「すまんが覚えていない。なにかあったか?」

「アキトさん! 私たちを襲っていた誘拐犯ですよ!」


 本気で忘れていた俺は、リーファの言葉にポンと手を打った。


「ああ、あの雑魚か。通りでどこかで見たと思った」

「貴様ァ! 楽に死ねると思うな。野郎ども、やっちまえ!」

「キャアアアア!」


 しかし、狼藉者たちはバリアと結界に阻まれて馬車に近づくことはできなかった。


「ウォーター・ボール、からのライトニングボルト」


 バタバタバタ!


 水没による感電コンボで性懲りもなく全員倒れ伏した誘拐犯たちを見回しながら、俺は大きく溜息をつく。


「誘拐犯は役人に引き渡したら金になるのかな……もう面倒だから宇宙のチリになってもらおうか」


 俺は空を見上げて大気圏外に転移させてしまおうかと一瞬考えてしまう。このまま生かしておいて、リーファがまた襲われたら元も子もない。


「お待ちください、アキト様。辺境伯に引き渡していただければ、情報を引き出せましょう」

「そういう使い道があったか。じゃあ、このまま運んでいこう……ディメンション・プリズン」


 スゥ……


 縄で縛るのも面倒なので、街まで次元牢に閉じ込めておくことにした。もし俺が彼らの存在を忘れたり、死んでしまったりしたら一生そのままだが、その方がいいだろう。


「アキトさん。やっぱり、高度な魔法を使ってらっしゃいますね! しかもあんなに大きな水球を一瞬で出現させるなんて! リーファはもう騙されませんよ!」


 しまった。普通に魔法を連打してしまった。即死しないように、ものすごく弱く抑えているんだけど、あの程度のウォーター・ボールでも大きいのか。まいったな。


「秘密にしておいてくれ。冒険者は実力や戦い方を秘匿するものだ」


 俺はもっともらしいことを言って黙っていてもらうことにした。リーファやバートンさんが話しても、別に本気でブッパしているわけではないし、この程度なら問題ないだろうが、気持ちの問題だ。


「わかりました! そのかわり私に魔法を教えてくださいませ!」

「おいおい、リーファは国内有数の魔法使いなのだろう?」

「アキトさんは、国内一ですよ!」


 教えろと言われても、この世界の原始的な詠唱魔法から脳内魔法陣により一瞬で発動させる方式に慣れるまでに何年かかることやら。魔法名を唱えているのは、魔法の発動には特に意味はないのだ。

 俺の場合は脳の他に、ナノマシンにより魔法陣の呼び出しを機械的に並列かつ高速に実行できるが、リーファが魔法を発動する為の魔法陣を理解して脳内で呼び出すのは、それなりの訓練が必要だろう。


「約束はできないが、機会があれば教えてやる。俺の魔法は特殊だから理解できなくても知らないぞ」

「本当ですか!? やった!」


 こうして渋々ながらも了承したことで素直に喜ぶリーファを微笑ほほえましく思いながら、俺は馬車に戻るのだった。

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