魔法と科学の申し子の多元世界逃避行記
夜想庭園
第1章 異世界逃避行の始まり
第1話 平和な日常の崩壊
「アキトさん! もうクエストを終えられたんですか?」
「ああ。これが依頼の精霊草とユニコーンの角だ。確認してくれ」
「かしこまりました!」
ドラゴンが生息する高山にしか生えていない精霊草の採取と、気性の荒いユニコーンから角を取得するのは難易度が高いAランク・クエストだ。ほんの数ヶ月前に冒険者ギルドに登録した駆け出し冒険者がこなせるクエストではない。
しかし冒険者ギルドの受付嬢をつとめるミースをはじめとして、今では誰もそれを不思議に思わない。
「聞いたか? さすがアキトだな!」
「まったくだ。うちのパーティに入って欲しいぜ」
ソロで難易度の高いクエストを次々とクリアしていく俺に、今では誰もがその実力を認めていた。
「確認しました! これが報酬の金貨百枚になります!」
「ありがとう。また、面白い依頼があったら紹介を頼むよ、ミース」
そう言って冒険者ギルドの入り口の扉を開いて外に出ると、真夏の焼けるような日差しが頭上から照りつける。その眩しい日差しに、俺は数ヶ月前のことを思い出す。
◇
俺の日本名は
互いにとって不干渉の宙域である地球で知り合った両親が駆け落ちして生まれた俺は、ナノマシンの寄生に適した肉体と膨大な魔力を有する魂という両親の長所をあわせ持って生まれた魔法文明と科学文明の申し子だ。
幼い頃は両親の出自の特殊性も知らず、よく周りの人との違いを両親に尋ねたものだ。
「お母さん、どうして他の子は魔法を使えないの?」
「たまたまよ。別に気にしなくても良いじゃない、あなたがかわりに使ってあげれば」
「お父さん、どうして他の子は怪我をしてもすぐに治らないの?」
「あー、俺やお前の体内には便利なロボットが住んでいるからだ。喧嘩をしても、本気で友達を殴ったりしたら駄目だぞ!」
幸いなのか災いなのか、幼馴染の神社の一人娘の神宮寺春香は四聖獣を使役したり霊力による術を行使したりと妙なことが出来たので、他所は他所でそれぞれ特殊なことができるのだろうと誤解していた。両親の出自も身分も知らなかった俺は、あまり深く考えずに大きな神社のある田舎で平和な毎日を過ごして成長したのだ。
そんな平穏が崩れたのは、忘れもしない数ヶ月前のことだ。
夏休みの昼下がりの午後、突然、室内にワープゲートと転移魔法陣が現れたかと思うと、それぞれから変わったいでたちの人間が現れたのだ。
「見つけましたよ、サリオン皇子。いつまでこんな原始惑星で遊んで……」
「イリーナ様、どこに遠距離転移なされたかと思えばこんな辺境の銀河に……」
ほぼ同時に両親の居場所を突き止めた互いの近衛や侍従たちは、戦力の均衡から不干渉条約を結んでいたはずの仮想敵国の人間の存在に訝しげに自らの主人を見る。それから、その二人の後ろに守られるように立ちすくむ俺を見出すと、一様に驚愕の表情を浮かべた。
「魔力を持っているのにナノマシンの反応を感じる! これは、まさか……ありえない! 出生率はコンマ一パーセントにも満たないはず!」
「か、確保! あの奇跡の御子を我らが銀河に迎え入れるのだ!」
それから二つの勢力の間でレーザービームと攻撃魔法が飛び交う中、バリアと結界で安全を確保した両親は、俺が子供の頃に見ていた若い姿にその身を変えた。
「親父、お袋。その姿は一体……」
幼い頃に毎日目にしていた姿そのものとはいえ、両親のあまりの若々しさに思わず口を噤んでしまう。ずっと幻影で誤魔化していたのか? なんのために?
「アキト、説明している時間がないから今からナノマシン経由で情報を渡す。イリーナ!」
「わかっているわ、サリオン! アキト、今から魔法で異世界に飛ばすから、そこで元気に暮らすのよ!」
親父から流れてくる大量の情報により両親の出自を知った俺は混乱しつつも、若返った母親のぶっ飛んだ指示に反射的に声を上げる。
「はあ!? そんな魔法……あ、皇族の秘儀魔法か」
この日の為に備えていたのか、親父から流れてくる情報の中にお袋の魔法の知識も含まれていた。秘儀魔法で転移する世界は近接しているとはいえ同一次元ではないから、ちょっとやそっとで帰って来れはしない。逆説的になるが、片道切符でも生きてさえいてくれればいいと親父やお袋が判断するほどに、俺の存在は両親の実家にとって無視できないものだというのが伝わる情報からリアルタイムで理解していく。
やがて、お袋の膨大な魔力により巨大な転移陣が展開されると、両陣営は争うのをやめてこちらの方を向いた。
「これは!? 不味い、イリーナ様の異世界転移魔法陣だ!」
「なにぃ! お前たち、直ちにあれを止めるんだァ!」
近衛たちは両親のバリアと結界を破ろうとしたが、時すでに遅く俺は異世界に旅立つことになった。
◇
あれから山の中に転移した俺は、親父から受け取った情報でナノマシンを使って金属や木材を加工してログハウスを建てたり、お袋譲りの攻撃魔法を使ったりして何不自由無いサバイバル生活を営んでいた。人間、衣食住が足りているからといって、それまでの集団生活を忘れることなどできないものだ。
「はあ、このアニメの最終回見たかったなぁ……てか、俺はこのまま一生一人なのか?」
ナノマシンの記憶と魔法を併用してプロジェクターのように過去のアニメや漫画を視聴することはできたけど、その続きや新作は拝めない。次第に他人との交流がまったく無い生活に孤独を感じ、俺は山を降りて人間の集落を探すことにした。幸い、多少言語体系が違ってもナノマシンでも魔法でも翻訳する術はある。
「ディメンション・ボックス」
科学と魔術の併用で次元空間に物を収納する新魔法を編み出した俺は、人恋しさにログハウスを収納して下山した。その後、生体反応や魔力反応を頼りに人間が住む街を見つけて移り住んだのが、数ヶ月前の出来事だ。
◇
「それにしても、まさかテレビどころか電気も通っていないとは思わなかった」
中世くらいの水準のこの異世界で、俺は朝早く起きて狩りをして、日が暮れたら早く寝るという健康的な毎日を送っていた。特になりたい職業もなかったので、両親から受け継いだ魔法と科学がもたらすサバイバル能力を活かして、今では立派なAランク冒険者というわけだ。
街でのファンタジーライフは思ったより楽しいが、もう少し進んだ世界に行けないものかと、お袋が使った異世界転移魔法を狙った世界に自在に移動できるように魔法と科学の両方の観点から改良するようナノマシンで常時シミュレーションを走らせている。しかし、なかなか良い結果は出ない。
うまく説明できないが、お袋が使った魔法は、科学的解釈をすれば多元世界を移動する魔法のようで、距離や位相の違いにより異世界と言っていいほど違う世界や以前とほとんど変わらない世界に跳躍することもできるようだが、事象の観測が難しいようだ。
「キャアアアア!」
そんな取り留めもなく回想していた俺を現実に引き戻したのは、絹を裂くような若い女性の叫び声だった。前を見ると護衛や従者と思しき者たちが切り伏せられて地面に倒れ伏し、馬車から同い年かやや年下くらいの栗色の髪をした女の子が引き摺り下ろされようとしていた。
「こんな白昼堂々、道の往来で誘拐だなんて、この世界の治安はどうなってんだ?」
今まで魔獣しか相手にしていなかったが、弱肉強食のこの世界、このまま誘拐されたら何のお咎めもなく、あの子の人生は終わってしまうのか。そりゃ少し可哀想だな。
そう考えた俺は、柄でもなくホワイト・ナイトになることにした。
「あー、そこのオッサンたち。女の子はもう少し優しく……」
「「「お前はすっこんでろ!」」」
「……って聞くわけないか、エア・ブリッド」
気負いなく放たれた不可視の圧縮空気が誘拐犯たちのアゴに直撃し、彼らは一斉に倒れ伏した。脳を激しく揺さぶられたせいか、泡を吹いて完全に沈黙している。
「やりすぎたか? まあ、自業自得か。おい、大丈夫か?」
「あ、ありがとうございます」
アキトにとっては対して珍しい服装でもなかったが、白いブラウスに青いスカートを着た小綺麗な少女は、おそらくどこかの裕福なお嬢さんだろう。この世界、はっきり言って服飾も大して進歩していないのだ。
俺に礼をしつつも顔を青ざめさせている女の子を見て、一人では心許ないだろうと倒れ伏している従者の脈を確認していき、まだ息のある一人をナノマシンで治療して意識を取り戻させる。
立ち上がる従者を見て喜ぶ女の子の姿にもう大丈夫だろうと、俺は別れの挨拶をしてその場を去ることにする。
「じゃあな、気をつけて帰れよ」
「お待ちください!」
後ろから聞こえてきた静止の声に振り返ると、息を吹き返したばかりの従者が必死な形相で頭を下げてこう言った。
「対価は支払いますので、レイノールの街まで護衛を引き受けていただけませんでしょうか」
「はぁ?」
そう言って口を開けて立ち尽くす俺の側を、夏の風が通り抜けていった。
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