第2章 魔法文明の狩人
第7話 ベータ世界への転移
ローダンの街付近の山中にあるログハウス跡地に転移した俺は共に転移した春香の手を離し、今後の行動指針を立てるために戦力を確認しておく。
「なあ、春香の式神はどこに行ったんだ?」
式神の
「あーちゃんとうーちゃんは地球にいるんじゃないかな。気がついた時には異世界だったし、四聖獣を呼び出すこともできないみたい……」
そうして目を閉じて気配を感じ取っていた春香から別の声が届く。
『あれらは元の世界から出ることはできない制約がある。世界を渡っても付き従うものは、もう少し高い位階が必要じゃ。どれ、代わりを用意してやろうではないか。来たれ、始原の四姉妹』
春香の言葉に反応して聞こえた念話により目の前に巨大なエネルギーの塊が四つほど出現し、次第に人型を取ると跪いて頭を垂れた。
「火のイグニスフィア、尊様の御前に」
「水のティアミューズ、尊様の御前に」
「風のヴォルティニア、尊様の御前に」
「土のグラテアージュ、尊様の御前に」
地球で春香が呼び出していた四聖獣とは比較にならないほどの圧力を感じる。少し位階が上と言っていたけど、強すぎないか?
『妾の巫女、神宮寺春香に仕え守護せよ』
「「「「尊様の御心のままに」」」」
承諾と共に幻のように四つのエネルギー体は消えていったけど、これで大丈夫なのだろうか。少し不安になって春香に確認すると興奮した様子で答えてきた。
「凄い力を感じる! 四聖獣と同じように呼び出せそうだわ!」
「そうか? なんとなく凄すぎる気がするから、呼び出すのは慎重にしてくれな」
そう言いつつ俺は春香にしばらくローダンの街の宿屋で暮らすように話す。
「俺は以前行ったベータ世界に行って住む場所を確保してくる」
「ちょっと待ってよ。一人で行く気なの?」
「剣を腰にぶら下げていたり、エルフの女の子を白昼堂々誘拐したりするような奴らがいるところだぞ? 春香は辺境の田舎街でのんびりしていた方が精神衛生に良いと思うんだ」
なんせファンタジー世界だから、いつ襲われても不思議ではない。もっとも、先ほどの式神や春香自身の中の女神様がいる限り逆に問答無用で返り討ちだろう。だが、どんな悪党でも殺してしまったら目覚めが悪いはずだ。
そう言い聞かせていると、後ろから同意する声が聞こえてきた。
「そうですわ。アキト様のことは、このメリアーナに任せてください。私であれば、不心得者を百人や千人を切り刻んだところでなんら精神的に痛手は負いませんから」
見つかるのが早い。魔法を使った転移だからか、魔法文明が差し向けてきたメリアーナには転移先の探知は容易だったようだ。
それはともかく、彼女の申し出を俺は反射的に断った。
「いや、それは駄目だ」
「なぜですの? 私の実力をお疑いでしたら――」
「春香に限らず女の子に手を汚して欲しくない。どうしても必要なら俺がやる」
「…………」
真剣な目をしてメリアーナの翡翠の瞳を見つめて告げた言葉に、出会った直後から俺を手玉に取るような余裕を見せていた彼女には珍しく、顔を俯かせて黙り込んだ。
どうしたんだろうと屈んで彼女の顔を覗こうとしたところ、春香に思いっきり脇腹をつねられた。
「痛ぁ! なんだよ。今のやりとりで何か気に入らないことでもあったか?」
「大有りよ! そんなだから、アキくんは一人にできないの! 私もついて行くわ!」
こうして、未だ動揺した様子のメリアーナを置いて、春香と二人でベータ世界に異世界転移を果たしたのだった。
◇
アキトと春香の異世界転移を見送りながら、メリアーナは胸に手を当てておさまることのない胸の高鳴りに頬を赤らめていた。
「これはなんですの。先ほどからアキト様の真剣な表情が脳裏に焼き付いて離れませんわ!」
魔法文明の頂点に君臨するメイガス一族の中にあって、王家を支える四家筆頭の家の長女として生まれた彼女は、厳しい躾と文武両道に渡る英才教育を受けてきた。他家に対して隙を見せることなく、悪党の類は進んでその手で滅ぼして『フォース』のミドルネームを賜るほどの活躍を見せてきた彼女にとって、同年代の男子にあのように気を遣われることなど初めての体験だったのだ。
そう。端的に言えば、彼女は初恋を知ったのだった。
しかし当の本人はそれに気がつくことなく、あまりのチョロイン振りにイリーナをはじめとした例の仕掛けを覗き見る者たちは拍手喝采を贈っていた。
◇
「ふふふ、なんとも微笑ましいことよ。あのフォースの名を冠するメリアーナが年頃の少女のように慌てふためく様を見ることになろうとは思わなんだ」
魔法文明の皇帝ヘイゼルリースは、メリアーナに持たせた国宝『世界を見通す目』を通して送られてきた異世界からの映像に、その表情を和らげた。
「お母様。若者の恋模様をそのように覗き見るなど感心しませんよ」
「何を言う。イリーナとて、ずっと遠見の間を離れぬではないか」
「アキトは私の息子なのですから、母として身を案じるのは当然のことです」
「であれば、私も祖母として初孫の心配をするのも自然であろう」
そう、実はアキトは魔法文明と科学文明の両方から監視されていた。互いに約定を守るかどうかを確認するための処置とはいえ、問題ない箇所については双方の銀河中に『今日のアキト様』という専用チャネルで立体放映されている。
なお、先ほどのメリアーナの一件は編集の独断と偏見で問題無しと判断され、視聴率九十パーセントを超える勢いでアキト様旋風が吹き荒れていた。当のアキトが知ったら、いつぞやのように精神的限界を迎えて絶叫を上げつつどこぞの世界に跳躍してしまうことだろう。
◇
ベータ世界に転移したアキトは、以前に訪れようとしていたルイーズの街に到着していた。門の前で、先日捕まえたエルフ誘拐犯をディメンション・プリズンから出して突き出し十分な路銀を得たことで、街での買い物に不自由はしなかった。
「ねえ。ひょっとして、ここはロールプレイングゲームみたいな世界なの?」
「そういえば、春香はまともに街で歩いたことなかったか。そうだぞ、アルファ世界には存在しなかったエルフもいる世界なんだ。探せばドワーフもいるかもしれない」
「ふーん、じゃあ魔法の杖とか見てみたいな」
「春香は薙刀、直刀、刀子、印地を使った古武術を使うから、杖は意味ないだろ……って、そういえば護身用の武器を何も持たせていなかったな」
遅ればせながら、俺は春香が丸腰であることに気がつく。なにかしら身につけていれば抑止効果にはなるかと思い、ディメンション・ボックスから予備の槍を出して持たせる。
「全然、ファンタジーって気がしないわ。いつもの得物て感じで」
「実用品なんだから、慣れている方がいいだろ」
春香は渡した槍を持って少し俺と距離を取ると、一通りの槍術の型をなぞって重量バランスと間合いを確かめだした。幼い頃から叔父さんに鍛えられただけあって一糸乱れぬ綺麗な演武だ。フワリと舞い上がる黒髪から覗く美しい横顔に思わず見惚れてしまう。
やがて大体のところは掴めたのか、形稽古をやめて俺のそばに戻ってくる。
「どうせなら直刀や刀子が得意なんだけど」
「実際には使うことはないから安心してくれ。警察官が持っている銃と同じで、見た目の抑止効果しか期待していない」
どうせ、バリアと結界で近づくこともできないのだから問題ないだろう。
そう考えたが、ここはファンタジー世界。先ほどのような演武を街中で披露して何も起きないことはなかった。
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