第28話 邪神アラベスフィール

 色々と考えたが、まだ魔法文明の管理神だった邪神アラベスフィールの討伐が残っていることを思い出した俺は、そのまま事情を伝えることにした。


「先ほども言ったように俺たちは封印が解けた邪神の分体を討伐してまわっているんだ。この世界の管理神だったノイマンテイラーの分体は先ほど倒したから、すぐにこの世界を去る。晴翔、一度天元世界に戻ろう」

「わかったよ、パパ。ただ、後でそこのレイトンさんが相談しようとしていた事でちょっと相談があるよ」

「ん? それは一体なんの……」


 晴翔が深刻そうな顔をしていたので聞こうとしたが、その前に輝く光に包まれた俺たちは元の世界に戻っていた。


 ◇


「晴翔、あんなスカスカの状態で放置して良かったの?」


 転移して早々、愛佳が眉を顰めて晴翔に詰め寄る様子に、俺も晴翔の方を向いて返答を待つ。


「仕方ないよ。もう一方の邪神が同じことをしていたら、状況は悪化するばかりだろう?」

「そっか。じゃあ、早くアラベスフィールをやっつけにいきましょう!」


 二人の間だけで納得する様子に、どういうことかと尋ねたところ愛佳がとんでもない事実を伝えてきた。


「分体になった邪神が力を補うために、以前の管理権限を利用して世界を維持するためのリソースを大量に消費していたから、さっきの世界は放置しておくとリソースが枯渇して消滅しちゃうかなぁって話よ」

「それは大変だけど、天元世界の崩壊じゃなければ全体には波及しないんじゃないか?」


 女神様のシミュレーション空間で、天元世界の崩壊は多元世界全ての崩壊に繋がると聞いたけど、逆は必ずしも成り立たないんじゃないだろうか。


「それはそうだけど、さっきの世界は科学文明の極だったから半分近くは道連れじゃないかな。アラベスフィールがいた世界も魔法文明の極だろうから、両方合わせれば大半の世界が道連れになって消滅することになるよ」

「ということは、今まで訪れたアルファ世界、ベータ世界、ガンマ世界、デルタ世界も無事では済まないのか」


 俺は、それぞれの世界で知り合った人たちのことを思い浮かべる。どの世界でも気のいい者たちが生きているかけがえのない世界だ。失うわけにはいかない。でも、失われたリソースを補うにはどうしたらいいんだ?

 そんな思考の渦から俺を現実に引き戻したのは愛佳の声だった。


「もう! そんなこと考えてる時間はないよ! ほら、晴翔。早く転移してちょうだい」

「ええー!? 今すぐかい? パパ、連戦になるけど大丈夫?」

「ああ。このまま放置しておくと状況は悪化するんだろ。なら選択肢はないじゃないか」

「ふう、わかったよ。じゃあ行くよ!」


 晴翔の合図に再び光に包まれた俺たちは、次の瞬間、霧に包まれた不思議な空間に転移していた。ここは……


「異空間のようだが、異世界転移に失敗したのか?」

「やだなあ、ちゃんと成功してるよ。魔法文明では自分たちの力が最大限に引き出せる空間に居城を作る風習があるんだ。ここは、その入口だよ」

「どうして、本拠地に直接しなかったの?」

「寒すぎて、保温結界を張らずにいたらパパたちが凍って死んじゃいそうだから。アラベスフィールは寒いところが好きみたい。そういえば、全てが凍った世界が理想だって言ってた」


 そう言って、晴翔は自分の両腕を抱えてブルブルっとさせた。


「ふーん、じゃあアラベスフィールは不安定な異空間に居座って、罠を張って待ち構えているわけだ。じゃあ、話は簡単だな」


 俺は多数の不可視の狩人を発動させると、時間経過の早いディメンション・ボックスに放り込んだ。メリアーナもアリシアもその様子を見て不思議な顔をしたが、愛佳は俺の考えを読み取ったようで愕然とした表情をしている。


「パパ……まさか、またなの!? ちゃんと、バトルしようよ!」

「愛佳、世界の危機のために浪漫を捨て去らなくてはならない時もある」


 考え方はノイマンテイラーの時と同じだ。敵が安全で有利な場所に陣取っているのであれば、その場所ごとぶち壊してやればいい。大体、そんな凍えそうな亜空間に行くのはごめんだ。寒いのは苦手なんだ。

 やがてディメンション・ボックスに入れた不可視の狩人が空間を食い破りそうなほどに進化したことを感知すると、晴翔に合図してアラベスフィールが待ち構える亜空間に通じる穴を開けてもらい、そこに全て放り込んだ。


「これでよしっと。ノイマンテイラーの権能で超並列化した不可視の狩人だ。どれくらい耐えられるか見ものだな」


 魔力がゴリゴリと削れていくが、メリアーナに補助してもらってなんとか亜空間に放り込んだナノマシンが投影する複数の魔法陣を維持する。

 一時間ほどしただろうか。荒れ狂う不可視の狩人でボロボロになった亜空間からアラベスフィールが堪らず姿を現したかと思うと、俺たちに向かって罵倒を浴びせた。


『ふざけるんじゃないわよ! よくもあんな下品な魔法を私のテリトリーに放り込んでくれたわね! おかげで氷の居城はズタズタよ!』

「なんだ、科学的な攻撃で良かったのか? 権能で作った亜空間崩壊爆弾を放り込んでも良かったんだが、余計な気を回すこともなかったな」


 俺は不可視の狩人を解いてディメンション・ボックスから草薙の剣を取り出すと、目の前の青い幽体に向かって油断なく構えた。


『科学など認められないわ! 私は選ばれた優れた者たちによる統制された世界を望んでいるだけよ。どんな愚者でも巨大な破壊の力を行使できる科学文明は滅すべきだと、なぜ分からぬ!』

「そりゃ人間だからな。神様ならそれこそ魔法でも科学でも、一部の優れた者による統治でも全員による合議制でも同じ結果だろうよ」


 ノイマンテイラーもアラベスフィールも理想は高いのだろうけど、俺たちはそこまで頭が良くないんだ。察してくれ。

 それより、魔力の使い過ぎで結構キツい。さっさと終わりにしよう。


「晴翔、愛佳。準備はできているか? 短期決戦で行くぞ!」

「あれだけ時間があれば、もう準備万端だよ。パパの作戦は楽チンでいいや」

「楽をし過ぎよ。ダンジョン攻略ゲームがあったら、どうして爆破したり水を流し込んで終わりにしないのかっていうタイプね!」

「それは心外だな。地下資源は貴重だから、俺なら酸欠や毒ガスで済ませようとするだろう」

「パパ。愛佳が言っているのは、そういう戦わずして勝つところだと思うよ。僕は大賛成だけど」


 むう、なかなか難しい年頃なんだな。大人になったら普通に戦って良い所を見せたいが、今は単純に力不足だな。愛佳が生まれるまでに、もっと体を鍛えよう。

 そう考えつつ、最後の一撃を加えるべくナノマシンを駆使した身体強化の魔法陣を並列起動して、草薙の剣を握る手に力を込める。


『舐めおって! これでも喰ら……』

「光技・俊光!」


 ドスッ!


 アラベスフィールが逆上して魔法を発動する前に草薙の剣で突きを入れると、青い幽体の核が神剣に吸収されていく。しばらくそうしていると、以前と同じように権能が宿るのを感じた。


「ふう、終わったな。それで、この世界のリソースの方はどうだ?」


 最大の懸案事項である世界のリソースについて確認すると、晴翔は肩をすくめて頭を振った。


「うーん、ダメだね。科学文明の極世界と同じで魔法文明の極世界のリソースもスカスカだよ。まったく、元とはいえ神だった者がする所業じゃないね。呆れちゃうよ」


 そんな晴翔に、ここぞとばかり愛佳が目を吊り上げて釘を刺してきた。


「世界の行く末より自分の理想を優先するようになったら邪神の道を辿ることになるのよ。晴翔がママ恋しさに過去に来たことも似たようなものなのだから、ノイマンテイラーやアラベスフィールを反面教師として少しは反省するのね!」

「ちぇっ、わかったよ……」


 大雑把な性格をしているとはいえ、やっぱり愛佳はお姉ちゃんのようだ。締めるべきところは弁えている。

 それはともかく、こうなっては頼れるのは一人だけだ。


「仕方ない、最前は尽くしたんだ。とりあえず春香の、いや女神様のところに戻ろう」


 そこでふと世界の座標と位相を調べてみると、魔法世界も科学世界と同じように年単位かけないと転移できない場所にあった。だが、アラベスフィールの権能を手に入れた今では、魔力が回復すれば自力で転移できそうな気がする。

 そう考えている内に俺は光に包まれ、再び天元世界の神社に戻って来たのだった。

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